穏やかな昼と、拒めない夜の話
穏やかな昼下がり、
イーライは、静かな手つきで茶を淹れていた。
湯気がゆっくりと立ちのぼる。
差し出されたカップを受け取りながら、ユウはその様子を見ていた。
いつもと同じ。
――のはずなのに。
イーライの動きが、わずかに硬い。
何かを言い出す機を探しているようだった。
「……これ、すごいわ」
ウイの声が、空気を軽くする。
皿の上には、いくつかの菓子が並べられていた。
蜂蜜をたっぷり含んだ焼き菓子に、
赤いスグリを乗せた小さなタルト、
ナッツの香ばしい香りがする固めの菓子。
皿に並んだ菓子を見比べながら、目を輝かせる。
「どれから食べようかしら……これも美味しそうだし、こっちも……」
ウイは、楽しそうにそれらを見比べた。
迷った末に、蜂蜜の焼き菓子を手に取る。
一口食べた瞬間、ぱっと顔がほころんだ。
「……美味しい!」
その声に、ユウは小さく笑う。
向かいでは、レイが静かに茶を口にしていた。
鼻の先が、わずかに赤い。
けれど、その仕草は落ち着いている。
「姉様、ご機嫌だけどお茶会は楽しかった?」
レイの言葉に、ウイは顔をしかめた。
「退屈だったわ。それよりも、お茶会の後にメアリー様の部屋に寄ったら、ものすごい顔で言うの」
「どんな顔?」
レイが質問すると、
ウイは、声を少し下げてモノマネをしてみせる。
「早く、世継ぎが産まれることを楽しみにしているわ……って」
その表情が面白くて、二人は思わず吹き出す。
「溜まったもんじゃないわ。顔を合わせるたびに言うのよ。『コク家のために』って」
唇を尖らした後に、奥で給仕をしているイーライの姿を見て、口元を抑える。
ーー彼は重臣だった。
「イーライ!このことは内密にして!」
「承知しております」
イーライは目を伏せて話した。
その後、チラッとユウを見つめた。
「……イーライ。どうしたの?」
ユウが声をかけると、イーライはわずかに顔を上げた。
一瞬だけ、間が落ちる。
ウイが、次の菓子に手を伸ばす音だけが小さく響く。
レイは、何も言わない。
ただ、カップを持つ指先に、わずかな力が入った。
イーライは、静かに息を吸った。
「……お伝えしなければならないことがございます」
その声に、ユウの顔が引き攣る。
イーライは、ユウのそばに歩み寄り、少し声を潜めた。
「今晩、キヨ様がお呼びです」
ユウは、ちらとウイの顔を見る。
「明日、ウイは帰ってしまうわ。今夜は……どうしても、行かないとだめ?」
ユウの声も潜められていた。
イーライは、目を伏せた。
「私も進言をしたのですが……キヨ様は待てぬ、と」
「……」
ユウは、体を堅くしたまま拒絶をしようとした。
「……ご理解ください」
イーライの形の良い眉が、少し下がる。
二人だけの重い空気に、ウイが菓子を持ったまま顔を上げる。
レイは、気づかぬふりをしてお茶を飲んでいる。
「……わかったわ」
国王命令に背くのは、許されない事だった。
「……お待ちしております」
イーライの黒い瞳の奥は、感情の火を、必死で踏み消そうとしているものだった。
それに気づいたウイは、菓子を口につけず静かに下ろした。
イーライは、静かに立ち上がり、茶器を整え始めた。
「……今夜は用事があるの。二人で過ごして」
ユウは、引き攣った顔で笑みを作ろうとした。
「わかった」
レイは、淡々と答えた。
◇
夜、ウイは自室の扉を少し開けて廊下の様子を伺う。
しばらくすると、高価な香の香りが漂い、薄衣を着たユウが現れた。
滑らかな美しいその姿は、妹として目を伏せたくなった。
けれどーー何より、ウイの胸を突き刺したのは、
ユウの表情だった。
気丈に振る舞っているのに――
その顔は、嘘をつけていなかった。
笑っているはずなのに、
目だけが、まったく笑っていない。
ユウの背後に、シュリが頭を下げている。
その姿は、遠くからみても、苦悩、悲しみ、納得がいかないという思いが表れている。
ウイは息を呑み、床に座り込んでしまった。
後ろから、乳母のモナカが駆け寄る。
足音が遠くなるまで、ウイは震えを抑えることができなかった。
妾になったことは知っている。
式典でも、国王の隣に座った姉を見た。
けれど、寝室に向かう姉の姿をみると、改めて実感してしまう。
――どうして。
あんな男と。
ウイの気持ちを汲んだモナカは、口を開いた。
「……国王の想われ人になるのは光栄なことです」
ウイは首を振る。
「姉上はーーそんなことを望んでいないわ」
その声は震えていた。
「けれど……」
モナカの言葉を遮るように、ウイは叫んだ。
「あの顔をみればわかるわよ!」
その時ーー扉が静かに開いた。
レイが枕を持ったまま、立っている。
「レイ」
ウイの声は、もう涙声だった。
レイは、静かに頷き、ウイの手をとる。
「姉様、一緒に寝ましょう」
ウイの部屋の寝台は、狭く、2人は体をすり寄せるようにして、目をつぶった。
「どうして……」
滞在中、何度も思った言葉が口に出た。
その言葉を、レイは目を伏せた。
「……わからない。私にも……話してくれない」
「あんなに憎んでいたのに。さっきだって……嫌そうだった」
涙が枕に染み込む。
「イーライとも、なんか変」
レイの言葉は、鋭かった。
沈黙の後に、ウイが口を開いた。
「……私たちのためだわ」
レイは静かに頷く。
「私たちを守るために……きっと」
ウイは、そこまで言って身を震わせた。
自分は好いた相手と結ばれた。
その幸せが、心苦しい。
「……でも、何でだろう」
レイの声も震わせていた。
「わからない」
その言葉は、ほとんど叫びに近かった。
レイは、枕に顔を埋めたまま動かない。
「姉様」
手探りで、ウイの腕を掴む。
その頃――
ユウは、後ろから抱きすくめられていた。
次回ーー明日の20時20分
国王となった男が、最後に欲したもの。
それは――ユウの“心”だった。
けれど、どれほど求められても、
彼女の胸に浮かぶのは、ただ一人の姿だった。




