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優しい嘘と、再会の場所

◇翌朝 ユウの部屋


翌朝、ユウはウイとレイと食卓を囲んだ。


三人とも、必要以上のことは話さない。


けれど――

その沈黙は、壊したくなかった。


いつもの場所に、シュリが立っており、

部屋には、色とりどりのバラが咲いていた。


どこにあっても、目を引く花だった。


けれど、ウイもレイも何も言わない。


――ユウが、その花を見るたびに、

わずかに表情を緩めるのを知っていたから。


「……これ、すごいわ」

最初に口を開いたのはウイだった。


皿の上の落とし卵を、そっとスプーンで割る。

とろりと黄身が広がるのを見て、目を輝かせた。


ウイは嬉しそうにそれを口に運び、

「……美味しい」と、肩をすくめて目をつぶった。


その仕草が、いつもと変わらなくて、ユウは思わず微笑んだ。


その時ーーカチッと扉の小窓が開いた。


入ってきたのは、イーライだった。


急いで来たのか、息がわずかに乱れている。


「イーライ、どうしたの?」


「おはようございます。ユウ様にこれをーー」


そう言って、手に持っていた皿のナプキンを外す。


目の前に置かれたのは、サンドイッチ。


「これはーー?」

ユウは不思議そうな顔をして、イーライを見上げる。


「昨夜の宴に出た牛肉です。ユウ様は一口も食べてなかったので」

イーライが説明をすると、ウイが立ち上がる。


「姉上!食べなかったの?」

その顔は信じられない、と言わんばかりだった。


「……食欲がなくて」

ユウは目を伏せた。


晒し者のような、あの環境では何も口にする気力が湧かなかった。


「サンドイッチなら、食べれるかと」

イーライの眼差しには、心配の影があった。


ユウは、イーライの顔を見つめた。


「とても好評です。召し上がって頂きたくて厨房に頼みました」

イーライは、静かに頭を下げる。


ユウは、ゆっくりと手を伸ばして、サンドイッチを口にした。


「……美味しいわ」


小さく呟いて、もう一口かじる。


「それなら、良かったです」

イーライは、少しだけ微笑んで頭を下げた。


多忙なのだろう。


彼は、そのまま部屋を出た。


「相変わらず、気が利くのね」

ウイが率直に話す。


「……そうね」

レイは、閉じられた扉を一度だけ見てから、

サンドイッチを口にするユウを見た。


「……明日、ここを離れるのは寂しいわ」

ウイは、切なそうにスグリのジャムを匙でとり、

それをたっぷりとパンにぬりつけた。


「そうね」

ユウは目を伏せた。


明日、ウイは自分の領地に戻る。


次に、いつ会えるのかわからない。


「本当は、この後のお茶会に行きたくないわ」

ウイは不満そうに口を開き、パンを口にした。


「美味しい……!」


一瞬で表情が明るくなる。


「とても、憂鬱そうには見えないわね」

レイが淡々と言う。


ウイは、領主夫婦が集うお茶会に参加しなければならない。


それは、領主の妻となったので避けられない行事だった。


「憂鬱よ。どうせ……子供はまだか? 早く男の子を産めと言われるのよ」

ウイは、不満そうに唇を突き出した。


「そんな事を指摘されるのね」

ユウは、フォークの手を止めた。


「うんざりだわ」

ウイは、さらに言葉を続けかけて――やめた。


ユウの顔を見たからだ。


子どもが授からないことと、


子どもを持てないことは、


似ているようでーーまるで違う。


「お茶会が終わったら、またここに来て。今日は、たくさん話したいわね」

ユウは、やわらかく微笑んだ。


「私……ちょっと用事があるから抜けるわ」

そう言って、レイは立ち上がった。


その声は、いつもより少しだけ早かった。


「今日は、何もレッスンがないわよね」

ユウが不思議そうな表情をする。


「……行かなくてはいけないの。昼食までに戻る」

レイは口ごもった。


ーー姉上の前で、嘘などつきたくなかった。


けれど、この事を宝物のように胸に秘めておきたい。


レイは、そのまま目を伏せて部屋を出た。



◇ サカイ城 本館 図書室


人で賑わうサカイ城の中で、

この部屋だけは、別の時間が流れているようだった。


レイは、図書室の扉を開け、いつものように奥へと進んだ。


昨夜、ヘンリーから手紙が届いた。


そこには、午前中に図書室に来て欲しいと書いてあった。


見慣れた後ろ姿を見つけて、レイは声をかける。


「ヘンリーどうしたの?」


ヘンリーは、レイを見て微笑んだ。


「領主たちとお茶会に参加しないの? 重臣も参加すると聞いているわ」

レイは黒髪を揺らしながら、いつもの椅子に座る。


「あぁ。俺は“体調不良”で寝ていることになっている」

ヘンリーは笑って答えた。


「元気そうね」

レイは、そう言った後にヘンリーの顔を見つめた。


ーー何を考えているの?


ヘンリーは、レイを見て――一瞬だけ言葉を選んだ。


「……来てくれ」

ヘンリーは奥にむかって声をかけた。


「誰か、ほかにいるの」


レイが顔を上げた、その時――奥の影が、ゆっくりと動いた。


現れたのは、セージだった。


「セージ様」

レイは、驚きのあまり思わず椅子から立ち上がった。


「ヘンリー様が呼んでくれた」

セージは、感謝するようにヘンリーに頭を下げた。


「俺は、昨日邪魔をした」

ヘンリーは肩をすくめた。


そして、驚きのあまり言葉が出てこないレイを見つめた。


「……少しは、話せるだろ」


「……ヘンリー」

レイがじっと見つめると、ヘンリーは目を伏せた。


ヘンリーは、それ以上何も言わず、

窓辺へと歩いていった。


「レイ……」

セージが声をかけると、レイはじっと彼を見つめた。


その瞬間、なぜか背後の気配が気になった。


けれど、振り返ることはできなかった。


部屋の隅に立ったまま、ヘンリーは、

わずかに視線を逸らした。


――見ていられなかった。


それでも、その場にいるしかなかった。


次回ーー明日の20時20分


二年ぶりの再会。

けれど、止まっていた時間は、もう元には戻らない。

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