居場所を失った日、あなたのもとへ
豪華な食事が次々と食卓に運び込まれる。
レイは、フォークを持ったまま手が動かない。
自分は、家族席にいる。
ーーほんの数ヶ月前は、姉達が自分を守るように両隣に座っていた。
「すごいご馳走!」とはしゃぐウイに、
呆れた顔をした自分。
そして、それを見て笑っていたユウ。
それから、しばらくしてウイは嫁いだ。
左側の方に目を向けると、ウイもフォークを持たずに俯いている。
隣に座るリオウが、そのウイの肩を抱いている。
そしてーーレイは右側の方に目を向けると、
イーライに付き添われ、席に向かうユウの姿をみた。
ユウの背筋は伸びている。
けれど、その口元には本音が隠せなかった。
必死に唇を噛み締めている。
隣にいるイーライは、労わるように何かを話していた。
ユウは、黙って頷いていた。
レイは目を伏せた。
ーー姉上が自ら選んだ道。
そう言い聞かせても、やっぱり胸の奥に疑問が浮上する。
ーーなんで?
姉上が幸せなら良い。
けれど、いまの状況は、どう見ても幸せそうではない。
テーブルの上に、ぽたっと涙が落ちる。
この場で泣いてはいけない。
そう言い聞かせても、涙が溢れる。
その時ーー
「レイ、隣に座ってもいいか」
静かな声が頭上から降りてきた。
声だけでわかる。
同じ家族席にいるヘンリーだ。
そして、キヨの甥。
レイは、顔を伏せたまま、頷いた。
「ほら、食べな」
ヘンリーは、牛肉のソテーの皿を少しだけ寄せた。
レイは、黙って首を振った。
涙が、数滴テーブルに落ちた。
「……わかる」
ヘンリーが慰めるように声をかける。
レイは無言で顔を伏せる。
「モザ家の血が、トミ家に入る。これを示す場が必要だったんだ」
ヘンリーは言葉を重ねる。
「そんな事、知っている」
レイの声は低い。
ヘンリーは、じっと俯くレイの姿を見つめた。
ピンク色のドレスを見にまとい、震えているレイ。
薄暗い席の一角で、彼女のその顔の部分だけが、パッと輝いているようだった。
俯いた顔をあげさせて、その黒い瞳が見たかった。
「レイ……」
ヘンリーの声は少しだけ掠れていた。
その声に、レイは少し顔を上げてヘンリーをじっと見つめる。
「血が何よ……。姉上は姉上なのに」
レイの黒い瞳は、怒りが滲んでいた。
その瞳に吸い寄せられそうになったが、
ヘンリーは肩をすくめた。
「ゼンシ様という人は知らない。
レイの母親も、見たことがない」
レイは、わずかに顔を上げた。
ヘンリーは淡々と言った。
「だから、よくわからない。
けど――ユウ様は、あの人たちに似てるんだろうなとは思う」
「血!その血のせいで姉上は苦しむ。
叔父上の血は、私にとって呪いの血よ。事あるごとに言われて、道具のように嫁がされる」
レイは、吐き捨てるように言った。
それは否定できないことだった。
ヘンリーは、何も言わなかった。
ただ、俯いたままのレイを見つめていた。
やがて――
「……そうだな」
短く、それだけを返す。
レイは、少し息を吐いた。
「……こんな事、言っても仕方がないけれど、
言いたくなっただけ」
「言えばいいだろ。俺の前では」
そう言って、彼は皿を少し寄せた。
「うまいぞ。食べろ」
「……ありがとう」
レイは、牛肉を口にした。
「……悔しいけれど、美味しいわ」
「あぁ。うまいな」
ヘンリーは、ニヤッと笑って、近くにあるパンに手を伸ばした。
やがて、テーブルには砂糖菓子が運ばれる。
ーー姉様も好きだろうな。
レイは、ウイがいる場所に目を向けようとしたときに、手を止めた。
呼吸も止まる。
ーーうそ。まさか。
その背中が、視界の端に映った。
少し身を乗り出す。
「レイ、どうした」
ヘンリーが不思議そうな顔をして声をかける。
次の瞬間、レイは無言で立ち上がった。
その黒い瞳は、一点を見つめている。
「レイ?」
ヘンリーの問いに答えず、レイはその場を離れ、駆け出した。
黒髪が揺れる後ろ姿を見ながら、ヘンリーは思わず呟く。
「……腹の調子でも?」
しかし、先ほど見たレイの横顔に違和感を覚えた。
ヘンリーは立ち上がり、レイの跡を追うように駆け出した。
◇
人で溢れる群衆をかき分け、レイは必死に走った。
慣れぬヒールで足先が悲鳴をあげる。
それでも、敵わなかった。
ーーあの人はきっと。
間違いない。
会場を抜け出し、ロビーにいくと、そこには誰もいなかった。
ーーどこ?
どこにいるの?
ふと、庭園の方に目を走らせると、いた!
ーーあの人だ。
逞しいその後ろ姿。
レイは、絞り出すように声をあげた。
「セージ様!!」
歩いていた男の足がピタリと止まり、後ろを振り向く。
日に焼けたその顔、薄い金髪に淡い青い瞳が大きく見開かれる。
「レイ?」
次の瞬間、レイはセージの胸に飛び込んだ。
レイが嫁いだ相手・セージは、かなり前(49話あたり)に登場した人物です。
当時はまだ幼かったレイですが、
久しぶりの再会になりました。
長編なので「誰だっけ!?」となった方もいるかもしれません……!
次回ーー明日の20時20分
赤いドレスに、奪われた薔薇。
壇上で晒されるユウを見つめながら、
シュリの胸には、静かな怒りが積もっていく。
その頃――
レイは、人混みの中で“ある人物”と再会していた。
止まっていた想いが、静かに動き出す。




