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目の前で奪われた

広い会場の中、シュリは立ち尽くしていた。


――居場所がない。


昔だったら、式典の時でもユウの近くにいれた。


今は違う。


ざわめく観衆の中、「シュリ!」と呼ぶ声がした。


振り返ると、リチャードが椅子に座ったまま手をあげている。


そして、ニヤッとしながら隣の座席を叩いた。


座れーーと言わんばかりに。


シュリが隣に座ると、リチャードはしげしげと濃い鉄紺の礼装に身を包んだシュリを見つめた。


「なんですか」

居心地悪そうにシュリが呟く。


「いや、色男だと思ったんだ」


「え」

シュリの茶色の目が丸くなる。


「この後、花街にでも行けばモテるだろうな」

リチャードは、そう言って首元のボタンを止めた。


そのときに、妾の一行が大広間に入ってきた。


シュリは無言でその行列を見守る。


最後尾のユウの姿に、観衆がため息とざわめきを漏らす。


その背後に、イーライがピッタリと寄り添う。


ーー本来であれば、自分はあそこにいた。


シュリは、唇を噛み締めて見守る。


その姿を横目で見ながら、リチャードが呟く。


「国王のお出ましだ」

リチャードの言葉に、シュリは反射的に頭を下げた。


扉が大きく開く。


ざわめきが、一瞬で静まり返った。


先頭に現れたのは、キヨとミミ。


ミミは、白を基調とした衣をまとっていた。


柔らかな布地に金糸が織り込まれ、光を受けて静かに輝いている。

その姿は、穏やかで、揺るぎない。


その隣に立つキヨは、同じく白と金の礼装。


だが――胸元には、鮮やかな赤が差されていた。



血のように深い色のハンカチ。


白と金で整えられた装いの中で、それだけが異質に浮かび上がる。


視線が、自然とそこに引き寄せられた。



キヨはゆっくりと歩みを進める。


その背後に、親族たちが続く。


最後尾は、ピンク色のドレスに身を包んだレイだった。



誰もが頭を垂れる中、シュリは、目だけを上げてその光景を見つめていた。



――あの赤は。


無意識に、先ほどのユウの姿が脳裏に浮かぶ。


赤いドレス。


そして、その傍らにいた男。


胸の奥が、じわりと焼けるように痛んだ。

式典は静かに始まった。


茶色の服に身を包んだジュンが、キヨの前に片膝を立てた。


ジュンは、わずかに目を伏せた。


拳が、きつく握られる。


――だが、すぐにほどけた。


「……以後は、あなたの御意に従い、お仕えいたします」


「ジュン、頼りにしておる」

キヨはわずかに口元を緩めた。


「これで決まりだな」

リチャードが低い声で呟く。


シュリがちらと彼の顔をみると、リチャードは肩をすくめた。


「もう、国王に対抗する勢力はわずかなものだ。頂点にたったな」


シュリは、壇上にいるキヨの顔を見つめた。


普段のシュリは、キヨの姿を見ることができない立場だった。


こうして、改めてみると、

痩せた体に、不釣り合いなほど大きな目。


ぎょろりと動くその視線に、シュリは思わず息を止めた。


――あいつが。


あの手で。

あの唇で。


ユウ様に――


息が、乱れる。


それをシュリは、必死に押し殺した。


やがて、式典は終わりを告げた。


その余韻をかき消すように、宴が始まる。


贅の限りを尽くした食事が出され、リチャードは牛肉を頬張り、

フォークを止めた。


「……うまいな」


酒が振る舞われ、席は賑わう。



ユウは、ざわめく観衆の中、ただ座っていた。


隣に座る妾は、ユウと目も合わせず、周囲のものと話し込んでいる。


ーーせめて、メアリー様がいたら違うのに。


メアリーは、ユウとは遠く離れた席で優雅にワインを口にしていた。


ユウは、家臣席を見渡す。


すぐに、まっすぐ自分を見つめているシュリに気づいた。


少しだけ息をつくことができる。


ユウは、シュリにわかるように耳の上にある赤いバラを指で触れた。


シュリは、少し顔を赤らめて小さく頷く。


ーーその時。


「ユウ様、よろしいですか」

落ち着いた声が上から降ってきたので、ユウは見上げた。


すると、妃であるミミが目の前で微笑んでいる。


「ミミ様、失礼しました」

ユウは慌てて立ち上がる。


「一緒に壇上に来てほしいの」

ミミは穏やかに話す。


微笑んでいるのに、目だけが動かなかった。


「壇上ですか」

ユウは戸惑いながら答えた。


ーーそう言えば、イーライが話していた。


しかし、壇上は国王であるキヨと、妃であるミミが座る場所だ。


妾である自分が登ってもいいのだろうか。


戸惑うユウの背に、後ろからイーライが手を添えた。


「参りましょう」


ユウは頷いた。


ミミを先頭に、ユウ、そして、イーライが壇上に向かう。


赤いドレスが動くたびに、観衆の目は彼女に釘付けになる。


強い灯りの下では、その赤だけが燃えるように見えた。



リチャードは、その動きにグラスを置いた。


「姫様が壇上に?」

怪訝な表情をする。


シュリは、黙ってユウの姿を見つめていた。


イーライが、キヨの左側に椅子を用意して、ユウに座るように誘導をしている。


ユウが座ると、壇上には奇妙な光景が広がる。


キヨを真ん中に、右側が妃であるミミ。


そして、左側に妾であるユウ。


背後に控えるイーライの表情は、動かない。


「どういうことだ」

リチャードが首をひねる。


シュリは、強い灯りの下で、真っ青な顔で座るユウを見つめていた。




強い灯りが、ユウの肌を熱く照らす。


ユウは、息を詰めて座っていた。


目の前にいるキヨは、視線をミミに向けようとしているが、

その視線は、何度も、ユウの胸元へと落ちる。


キヨだけではない。


多くの人の視線が、逃げ場を塞ぐ。


どこを見ても――目が合う。


息が、うまく吸えない。


視線が、逃げ場を失う。


体が、動かない。


後ろにいたイーライが、冷たい水を差し出すが、

ユウは、グラスを持ったまま動けなかった。


しばらくすると、ミミは席を立って、壇上から降りようとした。


「ミミ様……どちらへ」

ユウは必死に声をかける。


この場で、キヨと二人きりになるなんて嫌だった。


ーー晒し者になる。


ミミは振り返り、微笑んだ。


しかし、目は笑っていなかった。


「客人とお話しをするの。キヨをよろしくね」

そう言い残し、壇上から降りた。


壇上に残されたのは、キヨとユウ。


後方で、イーライは目を伏せたまま立っている。


突然、キヨがユウの方に向いた。


ユウの肩がピクリと動く。


「この会場に、ユウほど美しい女はおらん」


その言葉に、ユウは目を伏せた。


「ありがとうございます……」

そう告げた。


キヨの視線が、離れない。


舐めるように、胸元へと落ちる。


「なぜ……このような場所に、私が……」

そう言いかけたときに、キヨの手がユウの金色の髪に触れた。


「美しい髪だ……」

距離を詰めて、ユウの髪を愛撫するように撫でる。


ユウは息を詰めて、その場に座る。


次の瞬間、キヨはユウの髪に挿していある赤いバラを引き抜いた。


ユウは思わず手を伸ばす。


ーーそのバラは、シュリがくれたもの。


キヨは、赤いバラに唇を寄せた。


その光景を見たユウは、目を見開き、伸ばした手が力なく降りる。


キヨは、その赤いバラを胸ポケットに入れた。


それは、まるで奪い取った証のようだった。



「な……!」

壇上で繰り広げられた光景に、シュリは思わず声を上げた。


――汚い手で、触れるな。


次の瞬間、体が先に動いた。


椅子が、わずかに軋む。


立ち上がりかけた、その腕を――


「座れ」

低い声と同時に、リチャードの手が強く袖を掴んだ。


「離して――」


振り払おうとした瞬間、さらに強く引かれる。


「今、動けば終わる」

短く、押し殺した声。


その言葉で、ようやく我に返った。


視界の端で、ユウの赤が揺れる。


シュリは、歯を食いしばったまま、ゆっくりと腰を落とした。


拳が、震える。


爪が食い込むほど握りしめても――


怒りは、消えない。



次回ーー明日の20時20分


豪華な宴の中、レイはただ俯いていた。


姉たちは、もう隣にはいない。


“血”に振り回される現実に涙を零す中、

人混みの向こうに――見覚えのある背中を見つける。


その瞬間、止まっていた感情が、一気に溢れ出した。

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