汚れているのに、あなたに甘えてしまう
「ウイは、まだかしら」
ユウは落ち着かない表情で、椅子に座った。
いよいよ、明日はジュン臣下の式典だ。
西棟にも、廊下を行き交う足音と人の気配が絶え間なく届いていた。
式典を前に、城全体が落ち着かぬ呼吸をしている。
「お忙しいのでしょう」
ヨシノが微笑みながら話す。
ユウは納得しない表情で、少しだけ唇を尖らせた。
コンコン。
部屋の扉がノックされ、ヨシノが出ると侍女が慌てたように話す。
「明日の式の席順の確認をお願いできますか」
ヨシノはためらいながら頷いた。
「ユウ様、よろしいでしょうか」
「行ってきて。席順に私はこだわりはないわ」
ユウが答えると、ヨシノは頷き、部屋を出た。
しん……と沈黙が落ちる。
シュリは、落ち着かず部屋の隅に立っていた。
「シュリ」
静かな声に、彼は顔をあげた。
ユウは、何かを言おうとして、少しためらっていたが、やがて、口を開いた。
「ごめんね」
そう言ったきり、顔を上げない。
「何が、ですか」
シュリは、疑問を口にした。
短い沈黙の後に、ユウは口を開く。
「この前……あなたに口づけをしたこと」
それきり、口を閉ざした。
ーーずっと、謝りたかった。
けれど、言える機会がなかった。
「覚えていたのですね」
シュリの声が少しだけ掠れる。
月のものの前で、衝動で口づけをしたものだ、と思っていた。
ユウは小さく頷いた。
「悪かったと思っているわ。……ごめんね」
「謝らなくてもーー」
そう言いかけたときに、ユウが顔をあげる。
「謝らなくていけないわ……私は……シュリの優しさに縋っているのよ!!」
最後は叫ぶように、ユウは話す。
「私はーー別に」
言いかけて、シュリは黙る。
一歩近づこうとするシュリに、ユウは毅然とした表情で顔をふる。
その様子を見て、シュリの足は動けなかった。
許可がないから、近づけない。
部屋の端と端で話すしかない。
ユウの瞳は、潤んでいた。
「……私は、もう……違うの」
「何がーー」
シュリは言いかけた。
「いつまでも、シュリに甘えていたら……あなたは……ずっと……」
その声は震えていた。
ユウは顔を伏せた。
次の瞬間、シュリは一足飛びにユウの元に駆け寄る。
「ユウ様」
手を伸ばす。
だが――
「来ないで」
小さく、けれどはっきりと拒まれる。
その言葉に、シュリの動きが一瞬だけ止まった。
それでも――
次の瞬間、迷いなく距離を詰めた。
「ダメよ。私はもう……」
その言葉を最後まで聞かず、シュリはユウを抱きしめていた。
「たとえーー衝動だとしても、私は嬉しかったです」
ユウは無言で首をふる。
「良いのです」
シュリは、優しくユウを見つめる。
ユウは、頑なに顔を上げない。
何か言おうと口を開こうとするユウを、シュリは腕の力を強めた。
ーー言わせないとばかりに。
それでも、ユウは止まらなかった。
「あの男に抱かれてーーイーライにも」
シュリの腕が止まる。
「……イーライとは……何を」
その声は強張っていた。
――分かっていた。だが、認めたくはなかった。
それは――聞いてしまえば、もう後戻りできない問いだった。
指先が、わずかに震えた。
それを悟られぬよう、強く拳を握る。
「……見られているの。毎回」
ユウは、目を伏せた。
「触れられて……確かめられる」
その言葉が、遅れて胸に落ちた。
息が、うまく吸えない。
「……くっ」
シュリの顔がゆがむ。
ーー任務とはわかっている。
それでもーー許せなかった。
自分が一度も触れたことがない場所を、同じ想いを抱いている男にーー。
歯を食いしばる。
それでも――取り乱すわけにはいかなかった。
「……もう、私は……」
ユウの言葉が、続かなかった。
シュリは無言で首をふる。
「……甘えてください」
ユウの手が止まる。
「私の前では、もっと甘えて……わがままでも良いんです」
「でも、それでは、シュリはーー」
言いかけたユウの言葉を止めるように、シュリは抱き寄せた。
「私が望んでいることです」
耳元で囁かれた言葉に、ユウの瞳から涙がこぼれる。
「でも……」
「私の望みを叶えてもらえますか」
シュリは微笑む。
昔から変わらない穏やかな茶色の瞳。
「望み……」
「最後の瞬間まで、ユウ様のそばにいることです」
穏やかに微笑むシュリの顔を見て、ユウの唇は震えた。
何かを言おうとして――言葉が出ない。
喉の奥が、きつく締めつけられる。
息が、うまく吸えない。
「シュリ……ごめんね……」
ユウの手が、彼の衣を強く掴んだ。
そのまま、縋るように胸へと顔を押しつける。
張り詰めていたものが、一気に崩れた。
嗚咽が、抑えきれない。
シュリは一瞬だけ目を見開き、
次の瞬間には、その体を強く抱きしめていた。
「……ユウ様」
低く、押し殺した声。
その腕に、わずかに力がこもる。
――離したくない。
そう思った瞬間、自分でその力を抑え込んだ。
それでも、抱きしめる腕は緩めなかった。
ユウの嗚咽だけが、静かに部屋に響いていた。
次回ーー明日の20時20分
温もりは、長くは続かない。
差し出された優しさと――消えない違和感。




