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望まぬ夜へ、それでも足を進める


「まだ終わらぬか」

キヨの苛立つ声に、執務室の空気が重くなる。


誰もが俯く中、イーライは淡々と返した。


「月のものは、終えるのに一週間ほどかかるか、と」


「もう、六日だ。そろそろ良かろう」

カツカツとペン先を机に軽く叩く。


「明日には、医師に診察を受けさせます」


「そうしてくれ。早く子を作らねばならん」

キヨの言葉に、イーライの左眉がわずかに上がった。


「もう一日の辛抱でございます。それよりも、間近に迫ったジュン様臣下の場を整えましょう」

イーライの提案に、キヨは子供のように頭を振る。


「嫌じゃ!わしは早くユウを抱きたいーー」


「どなたを抱きたいのですか」

低く滑らかな声に、キヨの目が見開かれた。


扉が開き、ミミが微笑みながら立っていた。


ーー聞かれた。いつから?


イーライは素早く、同じ部屋にいるサムに視線を送る。


サムはわずかに顔を振る。


ーーいつから、扉の外にいたのか、知らぬ。


二人が無言の会話をしている間に、ミミはドレスの裾を引きずりながら、

キヨの元に足を進めた。


「おぅ。ミミ……そなたのような美しい妻がおって、わしは幸せじゃと話していたのじゃ」

キヨは額に汗をかきながら、微笑む。


ミミの表情は揺れない。キヨの机の前に座り、夫の目を見据える。


「ユウ様を連日、寝室に呼んでいたと聞いております」


「知らんな。根も葉もない噂じゃ」

キヨは不自然なほど、口角を上げた。


ミミは机を拳で叩く。


「西棟の妾たちが訴えております。聞き取りを行いました」


その声の低さに、イーライは観念したかのように、キヨの顔を見て、小さく頷いた。


「妾たちが、最近、お呼びがかからない、と。

泣いて私に訴えたのです。

一人の女子に情をかけすぎてはなりません」

ミミは平然と話す。


「ミミ、わかってくれ。わしには後継が必要なのじゃ。ユウでなければ意味がない」


キヨの言葉に、ミミは一瞬ひるむ。


子供ができない事は、この妃にとって負目でもあった。


少し咳払いをして、顔をあげた。


「……ユウ様の他にも若い妾はたくさんおります。

後継を彼女に全てを委ねなくても」


「ユウは特別なのじゃ」

キヨの声は低くなる。


「どうしてですか」


「ゼンシ様の血を引いておる」


ミミはまっすぐに夫の顔を見つめた。


キヨは夢見るような瞳でつぶやく。


「……あの娘でなければ、意味がない。

他の女ではダメなのじゃ。

抱くたびに……確信できるのじゃ。

わしが選ばれた男だと」

キヨの声に熱がこもる。


ミミは、一瞬拳を握りしめたが、静かに微笑む。


「その特別な力があれば、週に一度の交合でも子は授かるでしょう。

その間に、ほかの妾とお戯れをしてください」


そう言い放ち、席を立つ。


「ミミ……わかってくれ」

キヨはすがるように、妻を見上げた。


「今後、マーサに記録を取らせます。どなたが寝室へ向かったか把握するためです。それを西棟の妾たちに約束させました。

ユウ様とは、週に一度です。……それでも多いですが」


キヨは、救いを求めるようにイーライを見たが、

イーライはかすかに首を振った。


「それでは、失礼します」

ミミは傲然と立ち上がり、部屋を出た。


扉を閉め、勢いよく自室までたどり着いたミミは、崩れるように椅子に座り込んだ。


うつむいたまま、顔を上げないミミに、彼女の乳母、マーサが黙って茶を差し出した。


「マーサ、ありがとう」

ミミの声は、先ほどより弱々しいものだった。




翌日ーー昼過ぎ


「キヨ様が寝室に来るように、とのことです」

お茶の時間に、イーライが目を伏せて伝えた。


「まだ、月のものが……」

ユウの声は切実だった。


嘘だった。


それでも、キヨとの交合を1日でも引き延ばすために抗いたい。


「医師の診察を受けていただきます」

イーライの言葉に、ユウはため息をつく。


逃れることはできない。


「今後は、週に一度、多くても二度ほどになるでしょう」


「そうなの」

ユウは驚いたように顔を上げた。


「ミミ様がお決めになりました。連続で呼ばれたら、制止がかかるように規則を作っております」


「そう……ありがたいわ」

ユウは、少し安堵したように目を伏せた。


「……今晩、お待ちしております」


顔を上げた瞬間――イーライと視線がぶつかる。


ユウは、反射的に目を伏せた。


嫌だ、と心の奥で声がする。


指先が、ドレスの裾を強く握る。


ウイの顔が、脳裏をよぎる。


――逃げることはできない。


それでも。


ここで崩れるわけにはいかない。


ほんの一瞬、目を閉じた。



「……行くわ」


小さく、息を吐くように答えた。


その光景を、シュリは唇を噛み締めて見守っていた。


その日の夕方、支度を整えたユウは寝室へ向かうために、扉を開けた。


廊下で待機していたシュリは、透ける衣をきたユウを見て、

慌てて頭を下げる。


「明日、ここで待っています」

その言葉が、喉につかえて言えない。


キヨとの夜の交合も嫌だったが、それだけではない。


いつも、身近にいたイーライがユウの体を見て、触れる。


欲望のまま体を重ねるキヨと比べ、イーライは違う。


任務だと分かっている。


だが――

あの男に触れられるよりも、

イーライに触れられる方が、耐えられなかった。


その手で、彼女を触れることを想像するだけで、

焼くような嫉妬が胸にこびりつく。


ユウは、頭を下げたまま顔を上げないシュリを見つめた。


そのまま立ち尽くす二人に、ヨシノが控えめに声をかけた。


「……ユウ様」


その言葉に、ユウは瞳が揺れ、シュリは顔を少しだけ上げた。


「シュリ……ごめんね」

小さな言葉がこぼれた。


「……」

何かを言おうとして、口を開く。


――行かないでほしい。


その一言が、どうしても言えない。


「お帰りをお待ちしています」

絞り出すように声を出したが、瞳は嘘をつけなかった。


ユウは切なげに目を伏せ、重い足取りで前に進んだ。


シュリは、ユウが角を曲がるまで頭を下げていた。


ゆっくり顔を上げた後、ようやく顔を歪めた。


ーーこの道を選んだときに、覚悟はしていた。


好いた人が、ほかの男に抱かれることを。


けれどーー


抑えていたものが、唇からこぼれた。



――こんな感情を抱く資格はないはずなのに。


それでも、止められない。


シュリは、ユウがいた部屋に戻り、木剣を手にした。


ひたすら、振る。


突き、引き、また突く。


その木剣が、本物の刃であったなら――


あの男に向けただろうか。


それとも――


もう、止まれなかった。





次回ーー明日の20時20分


触れてはならないものに、触れてしまった。


それは職務のはずだった。


――けれど、もう戻れない。

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