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触れたのは役目、それでも許せなかった

メアリーが去ったあと、部屋には重い静けさが落ちた。


ユウはしばらく、何も言わず窓の外を見つめていた。


やがて、ゆっくりと目を閉じる。


そして、小さく呟いた。


「……シュリ、イーライを呼んでくれる」


「イーライ様、ですか」

シュリの声が、わずかに掠れる。


「ええ。イーライが淹れたお茶を……飲みたいの」

その声は、穏やかだった。


「……承知しました」

シュリは深く頭を下げ、部屋を後にした。


 

廊下を歩きながら、胸の奥がざわつく。


――なぜ、イーライなのか。


わかっている。


あの男は、ユウ様を守ろうとしている。


それでも――


足が止まりそうになるのを抑え、シュリは執務室へ向かった。


 


扉を叩くと、すぐに声が返る。


「入れ」


中に入ると、書類に向き合っていたイーライが顔を上げた。


「……どうした」


「ユウ様が……お茶を」


一瞬、言葉に詰まる。


それでも、続けた。


「お茶を淹れてほしいと、仰っています」


その瞬間――イーライの黒い瞳に、はっきりと光が差した。


「……そうか」

短く呟き、すぐに立ち上がる。


「すぐに支度をする」

その口調はいつもと変わらない。


だが、動きだけが、わずかに速い。


 

それを見て――シュリの胸の奥が、強く軋んだ。


――触れたのか。


問いが、喉元までせり上がる。


あの夜、その手で、その指で。


ユウ様に。


見たのか。


触れたのか。


問い詰めたい。


胸ぐらを掴んででも、聞き出したい。


だが――それは、自分の役目ではない。


「……失礼します」

それだけを残して、背を向けた。


 

廊下に出た瞬間、息が漏れる。


「……っ」


――当然のことだ。


重臣として、必要な確認だった。


分かっている。


正しいことだと、分かっている。


それでも――


「……ふざけるな」


小さく、呟きがこぼれた。


 

部屋に戻ったシュリは、深く息を吐いた。


――落ち着け。


扉を開け、ユウに報告する。


「イーライ様をお呼びしました。今、支度をしております」


「シュリ、ありがとう」

ユウはそう言いかけて、動きを止めた。


シュリの口元が、何かを押し殺している。


――気づいたのだろう。


ユウは、目を伏せた。


「イーライは……職務を全うしているの」

静かな声だった。


シュリは、唇を噛み締めた。


ーー何も言えない。


何も言いたくない。


「あの人を遠ざけるのは、違うわ。忠実な重臣よ」


あの夜の彼はーー乱暴ではなかった。


必要以上に触れず、目も合わせなかった。


ただ、規則の中で徹していた。


オイルを手渡したのも、完璧な配慮だった。


「はい」

シュリの声は、かすかに震えていた。


「あれを、穢れとして遠ざければ――イーライを貶めることになるの」

ユウは、淡々と続ける。


シュリは、何も言えなかった。


――イーライは、あなたを好いているのです。


そう告げたい衝動が、喉元まで込み上げる。


だが、それを口にした瞬間――


自分は、ただの嫉妬に狂った男に成り下がる。


必死に、それを押し殺した。




平然とした表情のまま、イーライは銀のワゴンに茶器を整えていく。


ポットの位置、カップの向き――すべてが寸分の狂いもない。


だが、その手元だけが、わずかに強張っていた。


 

静かにワゴンを押し、部屋へ向かう。


――抱きたいと思った。


抑えきれないほどに。


だが、それは罪だ。


触れた。


――望まぬ形で。


守るためだと、自分に言い聞かせながら、

その実、彼女の尊厳を削っている。


それでも。


あの夜の感触だけが、指先から消えない。



静かに、部屋の扉を叩く。


ヨシノが開けた先に、金色の髪が見えた。



「失礼いたします」

深く頭を下げる。


顔を上げた瞬間――ユウと視線が交わる。



ユウは、わずかに目を伏せた。


頬が、ほんのりと赤い。



その様子に、イーライの呼吸が止まる。



――思い出す。


あの夜のことを。



抗えない。


どれだけ理性で押さえ込んでも。


ユウ様が、好きだ。



目を逸らせない。



ユウは一度息を整え、顔を上げた。



「イーライ……あなたのお茶が飲みたかったの」

その声は、やわらかかった。


 

イーライは、再び深く頭を下げる。


「……光栄でございます」

 

顔を上げた瞬間――わずかに、微笑がこぼれる。



それだけで、場の空気が変わる。



「最高の一杯を、お淹れいたします」


静かに湯を沸かし、温度を確かめるように、指先をかざす。


茶葉を量る手は、いつも通り正確だった。


だが――湯を注ぐその一瞬だけ、息が浅くなる。



「どうぞ」 


差し出されたカップを、ユウが受け取る。


一口、含む。 


「……美味しいわ」


その微笑みを見た瞬間――イーライは、立っていることすら辛くなった。



胸の奥で、何かが焼け落ちていく。


 

シュリは、何も言わずその光景を見つめていた。


ユウが茶を口に運び、

イーライがそれを見守る。


ただそれだけの距離が――

シュリには、どうしても遠く感じられた。

次回ーー明日の20時20分


逃げられない。


それでも、崩れるわけにはいかない。


選んだのは、前に進むこと。


――たとえ、その先が苦しみでも。

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