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あなたが、あなたであることが――全部です

月明かりの下、二人の唇が離れたあと――

それでも、シュリは止まらなかった。


身体が奥の方で少し熱を持ち始める。


触れるか触れないかの距離で、唇はユウの首筋をなぞり、白い肌にそっと息を落とす。


今日の夜会で、

多くの人が欲と憧れを込めて見つめた、その場所。


そこに、

誰にも見えず、誰にも奪えない、

自分だけの印を残したい――そんな衝動が、胸の奥で確かに息づいていた。


首筋に触れ、鎖骨にかかる息。


ユウは小さく息を呑む。


それは、痕ではなく、

触れたという事実だけが残る、静かな証のようなものだった。


鎖骨へ、そして――乳のように白い胸元へ。


抱き寄せる腕に力がこもり、

ユウの鼓動が、はっきりと伝わってくる。


ドレスの縁、そのすぐ上に顔が寄せられる。


ユウは、思わず息を呑んだ。


触れられることが嫌なわけではない。


けれど――

他の年頃の女性のような華やかさは、自分にはなかった。


人目を惹くほどの誇示はなく、あまりに慎ましい身体。


恥ずかしい、というより。


期待を裏切ってしまうのではないか、そんな不安が胸をよぎる。


シュリが不意に唇を寄せたので、


ユウは思わず――


「あ・・・」


と、小さな声を上げてしまった。


受け止めるユウの身体は、わずかに強張っていた。


その反応に、シュリは手をとめた。


「・・・すみません」


シュリは我に返り、慌てて身体を離す。


――自分は、なんてことを。


取り返しのつかないことをしてしまったのではないか。


「・・・違うの」

ユウは、慌てて首を振る。


「触られるのが嫌じゃないの!」

ユウが、かすれるような声を上げた。


「・・・え・・・」


驚いたように目を瞬かせるシュリに、ユウは慌てて言葉を重ねる。


「嫌じゃ、ないの。ただ・・・」


一度、唇を噛みしめてから、意を決したように続けた。


「私、自分の身体に・・・自信がなくて」

視線を伏せ、耳まで赤く染める。


「私の・・・身体に、呆れるのかと思って・・・」


真っ赤な顔で、俯く。


「呆れる・・・?」


シュリの目が、驚いたように見開かれる。


「・・・」


二人の間に、沈黙が落ちた。


「ユウ様・・・呆れる、とは・・・」


言葉を選びかねていると、

ユウは目を閉じ、思い切ったように続ける。


「その・・・私の、そこ・・・小さいでしょう・・・」


震える声は、拒絶ではなく、不安そのものだった。


「そんなこと・・・気にしているのですか?」

シュリは思わず、率直に思いを口にしてしまった。


「気にするわよ!男の人は・・・皆、豊かな方が好きでしょ!」


一瞬の静寂のあと。


シュリは、思わず吹き出してしまった。


「・・・ちっとも面白くないわ」


ユウは少し顎を上げ、強がる。


――ああ。


こんなふうに、傷つきやすくて、それでも意地を張るところも。


たまらなく、愛おしい。


「私は、あなたを見てがっかりすることなんて、ありません」


シュリは微笑む。


「他の誰かと比べる必要はありません」


その言葉に、ユウの顎の角度が少しだけ下がった。


「あなたが、あなたであることが――全部です」


ユウは言葉を失う。


ーー『あなた』と呼ばれた。


幼い時から、『ユウ様』と呼ばれていた。


主ではなくーー姫でもなく、自分そのものを認めてくれたよう。


シュリは再びユウの胸元へ顔を寄せる。


「私は・・・ここが、好きです」


そう呟いて、今度は逃げずに、唇を少しだけ強く押し当てた。


ユウの身体がビクッと震え、肩から力が抜ける。


シュリの唇は、そのまま上へと辿り、ややのけぞらせて首に舌を触れた。


耳にも触れた。


額に唇を寄せ、頰 に移し、無言の時がすぎたとき、ユウは深く息をついた。


それを塞ぐように、シュリは唇を重ねた。


ユウの腕が、ゆっくりとシュリの背中の衣を掴む。


離れる理由を、もう探せなくなっていた。


その口づけは、身体の奥深く、秘めた、くすぶっていた扉を開け放った。


このまま続けば、戻れないと、二人とも分かっていた。


互いの呼吸が混じり合い、

夢中で、ただ唇だけを重ねていた――その時。


「そこまでだ」


低く、静かな声が、薔薇のアーチの下に落ちた。


二人は、同時に我に返る。


シュリが、はっとして身を離し、ユウも驚いたように息を呑んだ。


ーー見られた。


ユウの身体が急に冷えていく。


月光の下、振り向いた先に立っていたのは――

影のように佇む、ひとりの男だった。


その存在だけで、空気が一変する。


甘さは霧散し、

夜は再び、現実の顔を取り戻す。


けれど――

離れた唇の温もりだけは、確かに、そこに残っていた。



次回ーー明日の20時20分

口づけは、秘密では終わらない。


その夜、

恋と戦略が同時に動き出す。


守るために必要なのは、剣だけではなかった。

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