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月下、選ばれたのは――

踊り終えたイーライは、浅く息を整え、すぐに能面のような表情を作り直した。


背中に、突き刺さるような強い視線を感じる。


――エドワード様。


さて・・・どう出る。


職務上、敵に回してはならない相手だ。


ゆっくりと振り返ると、エドワードがこちらを見据えたまま、静かに立ち上がっていた。


その背後には、にやりと口角を上げたリチャードの姿がある。


その瞬間だった。


「エドワード」


凍りつくような声が、ホールに響き渡る。


声の主は、ものすごい剣幕で歩み寄ってくる一人の女――エドワードの妻、ローラだった。


「ローラ、違うんだ!」

エドワードが思わず声を上げる。


その叫びに、観衆の視線が一斉にローラへ向いた、その刹那。


リチャードが動いた。


近くにあったテーブルクロスを、ためらいなく、強く引き抜く。


テーブルが傾き、

グラスと皿が床へと雪崩れ落ちる。


――ガシャン!


激しい音がホールを満たした。


ミミは思わず額に手を当て、

キヨは王座から立ち上がって怒鳴る。


「エドワード! 何をしておる!」


観衆の視線が、一斉にエドワードへ集中する。


その混乱の中――


シュリは、ユウの手を強く掴んだ。


「こちらへ」


有無を言わせぬ力で引き寄せる。


二人は誰にも気づかれぬよう、静かにホールを抜け出し、城の廊下を走った



ユウの手を掴んだまま、シュリは走った。

二人は息もつかぬ勢いで城を抜け、東側の庭園へ向かう。


庭へ一歩踏み出そうとした、その時だった。


シュリは、はっと足を止める。


ユウは、片手に靴を持ち、裸足のまま走っていた。


息を切らしながら立つその姿を見て、胸の奥が冷えた。


――とんでもないことをしてしまった。


「・・・申し訳ありません」


思わず、深く頭を下げる。


姫をホールから連れ出したこと。

そして、裸足で走らせてしまったこと。


――俺は、何をやっているんだ。


「・・・ホールへ戻りましょう」


そう口にしたが、ユウは首を横に振った。


顔を顰めながら靴を履き直し、ふと、空気を吸い込む。


「薔薇の香りが、かすかにするわ」


そう言って、庭へ足を踏み入れる。


「ユウ様・・・?」


振り返ったユウは、少し困ったように笑った。


「夜の散歩、面白そう」


そう言って、ユウはドレス姿のまま庭へ降りる。


「行きましょう」


差し出された手を、シュリは黙って取った。


庭に出ると、夜気が頬を打った。


月明かりの下、ユウは振り返る。


「ここにいる方が、楽しいわ」


薔薇のアーチの下には、小さなベンチがある。


――あそこで、リチャードは。


一瞬よぎった想像を、シュリはすぐに振り払った。


「・・・座りましょうか」


ハンカチを取り出し、ベンチに敷いてユウを座らせる。


「足は・・・大丈夫ですか」


「とても痛いわ」

そう言って、ユウは無造作に靴を脱いだ。


踵は赤く腫れている。


「後で、母さんに軟膏を塗ってもらいましょう」

シュリは、意識して視線を逸らした。


月光の下で見るユウの足が、あまりにも目を引いたからだ。


静かな風が吹き抜け、遠くから音楽が流れてくる。


「・・・ダンスが再開されたようですね」


「エドワードは、奥様に叱られているはずよ」

ユウは、くすりと笑う。


「そうですね」

シュリも、思わず口元を緩めた。


「・・・この曲」


ユウは、耳を澄ませる。


「子供の頃、この曲で踊るの、憧れだったの」


ステップは少なく、踊り手との距離が近い曲。


「大人の淑女になったら、踊るものだと思っていたわ」


少し間を置いて、ぽつりと呟く。


「・・・私、いつの間にか大人になってしまったのね」


優しい風が、二人の間をすり抜ける。


「シュリ」

ユウは、そっと手を差し伸べた。


「私と、踊ってくれない?」


「今日は・・・二曲まで、と聞いております」


動揺を隠すように、シュリが答える。


「ええ。義務は果たしたわ」

ユウは、はっきりと言った。


「この曲は、あなたと踊りたいの。この場所で」


差し出された手を、シュリは震えながら受け取る。


ユウは静かに立ち上がり、自然にシュリの胸元へ身を寄せた。


「踊りましょう」


耳元で囁かれた声は、甘く、抗いがたい。


シュリはユウの背に手を添える。


二人は、薔薇の花が点在する庭で、身体を寄せ合い、静かに踊った。


短い曲が終わっても、すぐには離れられず、ただその場に立ち尽くす。


月光の下、

ユウの白い背と首筋が、静かに銀色に輝いていた。


シュリは、わずかに距離を取り、ユウの顔を見つめた。


金色の髪が月光を受けて淡く反射し、

青い瞳は、昔と変わらず人を惹きつける光を湛えている。


髪に挿した白いバラが、今にも落ちそうだった。


無言のまま、シュリはそっと手を伸ばし、それを整える。


――これが終わったら、ホールへ戻ろう。


そう思ったはずなのに、手は正直だった。


離れがたいとでも言うように、必要以上に時間をかけて、髪に触れ続けてしまう。


――『攻めろ』


リチャードの声が、脳裏に鮮明に蘇った。


気持ちを落ち着かせようとして、シュリは視線を上げる。


そして、気づいた。


ユウが、まっすぐに――逃げも隠れもせず、シュリを見つめていることに。


「あ・・・」


息を呑んだ、その瞬間だった。


シュリは、衝動のままユウの顎に手を添え、

自分から――唇を重ねていた。


ユウは一瞬だけ目を見開き、

次の瞬間、強くシュリの袖を掴む。



初めて唇を重ねたあの時よりも、

何度も触れ合ってきたはずなのに――


シュリの方から口づけたのは、これが初めてだった。


唇が離れ、また重なり、

二人は言葉を持たないまま、何度も確かめ合う。


それは、衝動であり、覚悟であり、


そして――


シュリが初めて、自ら選び、踏み出した、大きな一歩だった。



次回ーー本日の20時20分

夜会は崩れ、

姫は庭へと連れ出される。


月明かりの下、

ついに踏み出される“選択”。


けれど――

甘い夜は、見逃されなかった。



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