予備校編 パリは燃えているか(六)
主人公の御気田箏詩は、第一高等学校を卒業した予備校生。少しの独立心と反抗心、そして好奇心を持ち、「斜に構えた」姿勢も持つ典型的な思春期少女。
同窓との昼食の席、箏詩は話の勢いで駿河と「年末まで手をつなぐ」ことに。
箏詩は自ら申し出たそのことに戸惑いを感じながらも、「退却」をする理由も思い浮かばず、自身の中に生じる「これまでとは違った感覚」を意識しつつ、日々、駿河と昼食を共にしている。
「ギエン?」
「何?」
「いつも来て呉れているじゃない? こうしてさ。」
「ああ、そうだな。」
「今度、こちらから尋ねてもいいか知ら?」
「ん? 丘の上にか?」
「そうそう。駿台の午前部一類ってやつに潜ってみたい。」
「そうかあ。」
「何か、不都合でもある?」
普段、飄々としている駿河が、思いの外、歯切れの良くない返事をしていることに箏詩は首を傾げた。
「最初から来るか?」
「一限て何時?」
「9時。」
「時間は大丈夫だよ。」
「俺は理科だから、箏詩でも役に立つという講義なら英語くらいか?」
「ああ、そういうのは別に何でもいいんだ。聞いていて分からないってこともないでしょう?」
駿河が何かを訝しんでいるわけでもなく、平生通り、細かいことで躓いていることに箏詩は一先ず安心した。
「ああ、そう。じゃあ、そうだな、学生証の手配をしておかないと。」
「へ?」
「最初から入ろうとすると、改札があるんだよ。潜り防止にね。学生証を提示しないと入れない。」
「お、流石だね、人気のコースは。」
「だから、誰か伝手を頼って女子から借りてだな。」
「それは面倒だねえ。裏口とかないの?」
「無いな。ただし、」
「何?」
「一限が始まって三十分もすれば改札終了。」
「なんだ、楽勝じゃない。」
「いいのか? 最初から聞かないで。」
「いいのよ。最初、何かあるの?」
「まあ、最初に重要なことやら、落語の枕のようなことやらをするから、それ目当てに来たり、とにかくタダで全部聞きたいっていう潜りが多いってことさ。」
「ああ、いいんだいいんだ。そういうのじゃないから。知りたいのは雰囲気だよ、雰囲気。」
「そうか、じゃあ、まあ念のため、1時間経ってからなら、大丈夫だ。」
「じゃあ、その時間に行けばいい?」
「場所は分かるか?」
「大丈夫。ロビーに居ればいいか知ら。」
「ああ、俺がロビーまで下りて迎えに行く。」
「有難う。」
「水無月から卯月ねえ、そろそ梅雨も明けて呉れてよいものでしょうに。」
誰に聞かせるでもなく呟くと、箏詩は鏡の中の自分に向かって眉を顰めてみた。
(駿台の予備校生に見えるか知ら?)
「あら、今日は随分と雑な格好で行くのねえ。」
「雑ぅ?
「そうよぉ。高校までは、まぁまぁ、もう少ししゃんとして行きなさい、と口を挟みたくなるほど酷かったものが、最近は世間のお嬢さん並みになってきたかと思えば、今日はまた、そんな形をしている。」
母親というものは、見ていないようで見ているもので、毎朝、箏詩の様子を見ては一言を言わずにはいられないらしい。
勿論、箏詩だけに限ったことではなく、漸く反抗期を抜けるか抜けないかという難しい時期の弟にも遠慮会釈なく批評の眼を向ける。
弟なんぞは、まだ中学生なのだから、せいぜい髪型だ、ボタンが外れているだの、その程度だが、箏詩に至っては、一高で学年が進むにつれ、小言が、まるで雨あられのように降ってきた。
しかし、それも三年になる頃には諦めたのか、呆れ果てたのか、毎朝、寝ぐせもそのままに、脱ぎ散らかしてしわくちゃのままになっていた制服に身を滑り込ませ、呆然として出かけている娘の姿に、小さく嘆息を吐くだけになっていた。
「いいのよ、今日は、そういう日なんだから。」
「あら、なぁに? そういう日って。」
「そういう日なのよ。」
毎日見ている母の診立てで「一高」時代と大差ない、と言われるのであれば、最近、身に沁みついていた「周囲の目を気にする」姿格好というものを脱ぎ捨てられたのだろう。
前日、帰宅してからふと、「敵情視察をするならば、自分が目立っては駄目だ」という考えが頭を過ぎった。
自分が目立ってしまっては、敵地の自然な姿を把握することが出来ない。
それが出来なくては、駿河がどういったところで、どのようにしているのか、という在りのままを知ることもできない。
だから、自分はあくまでも駿台予備校の午前部一類の生徒という雰囲気で紛れなければいけない。と決め込んだ。
研数学館の最寄り駅は水道橋。駿台予備学校は御茶ノ水。
箏詩は毎朝、京浜急行から都営一号線、都営六号線と乗り継いで水道橋までやって来る。毎日、駿河は研数学館まで歩いて来るのだから、逆のコースを行っても良いのだが、ここは最寄りの御茶ノ水駅から駿台生の雰囲気をつかんでやろうとばかりに、水道橋から一駅国電で赴くことにした。
「あらま、一駅違うだけでも、随分違うものね。」
水道橋も御茶ノ水も、明治大学、中央大学、日本大学、専修大学など、様々な大学がひしめくだけに、古書店や居酒屋がある佇まいは同様だが、さすが「駿河台」というだけあって、水道橋では真横にある神田川が、御茶ノ水では遙か下にある。心なしか周囲を睥睨するような気分も出てきそうな気がする。
「白雲なびく駿河台」とはよく言ったものだと、一高OBに教えてもらった明治大学の校歌を想起した。
駿台生の雰囲気を掴むとは意気込んだものの、講義の開始からは既に一時間を押しているので、左程周囲にそれらしき人物の姿も目立たない。目立たないが、自分がもし、普段の姿でここを歩いていたら、と思うと、矢張り少し違うような心持ちがして、ここ数ヶ月身にまとっていたものを置いてきたことに安堵した。
御茶ノ水から水道橋に向かう道から角を一つ曲がると、言われた通りの駿台予備校三号館が見えた。
(あら、うちと比べると雲泥の差だわ。なに、この新しさは。)
歴史的建築物とも言われる研数学館のそれに比べて、この三号館は「白亜」とも言うべき真っ白な出で立ち、それでいてさほど大きくもなく、見るからに「濃縮」されているイメージだ。
さりげなく改段下から目をやってみても、特に学生証を確認している節もない。
前を行く数人も何事もなく改段を上り、薄暗い中へと消えて行くので、箏詩も取り立てて気取ることもなく、冷房の効いたロビーへと足を踏み入れた。
ソウシさん、何度も揺り返しを繰り返しながら、「目の前に対象人物が居るのだから、先ずは、そこから直接に得られる情報を」の姿勢に戻って何度目かの「行動」です。
これまでにも「直接、(駿河に)見聞きすればいいじゃないの」とは分かっていながら、ある時は場の雰囲気、ある時は駿河君の言動に呑まれて、ついつい防御の姿勢になってしまうことばかりでした。
さて、今回はこちらから乗り込むわけですから、ある意味「自分で見たいもの、聞きたいものを拾得する」ということも出来そうですが、そこは相手の「ホームグラウンド」。また、場の雰囲気やら駿河君やらに呑まれなければよいのですが。




