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つい先週のこと  作者: 雪森十三夜
第七巻 補綴・新月「中学校・高等学校・浪人編」
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予備校編 パリは燃えているか(五)

 主人公の御気田箏詩おけたことねは、第一高等学校を卒業した予備校生。少しの独立心と反抗心、そして好奇心を持ち、「斜に構えた」姿勢も持つ典型的な思春期少女。

 同窓との昼食の席、箏詩は話の勢いで駿河と「年末まで手をつなぐ」ことに。

 箏詩は自ら申し出たそのことに戸惑いを感じながらも、「退却」をする理由も思い浮かばず、自身の中に生じる「これまでとは違った感覚」を意識しつつ、日々、駿河と昼食を共にしている。

 駿河から振られた問いに対する回答は、その場ではすっかり曖昧に終わってしまったが、帰宅して就寝の時間になると、いつもの如く思い出した。


(私が、自分から積極的に、何か変わったことをしようと思ったこと?)


 一高時代との違いと言えば、眼鏡を新調したこと、髪をそのまま伸ばしてみたこと。

 眼鏡は半ば母親の勧めであったが、髪については自分の意思によるところが大きいと思っていた。


(そう言えば、何だって髪を伸ばしたんだっけ・・。)


 最初は予備校に行きつつ、新しい環境に慣れることに加えて同窓会の仕事で精一杯になり、髪を整えることも億劫になってしまったことが発端。

 そのうち、短髪の手入れをするよりも、伸ばし放しの方が、何やら楽だったことで、「長さ」については今に至っている。

 一方で、その内、予備校での「私立文系」という環境の中で、自らの外見について「着飾る」というわけでもないが、何か積極的に「美」を意識する衝動に駆られて衣服と共に変えてきていた。


(そうだ、「美」だよ「美」。佐多さんだよ。)


 佐多の存在に触発された一高三年の秋、箏詩は自分なりの「美しさ」を追求することに目覚めた。

 最初は無意識ではあったが、浪人してから髪を伸ばしたことは、間違いなく、「美」を意識した自分の意思の賜であった。


(「美」が私の幸福? うーん・・・。)


 これは、それらしくは見えても、本体そのものであるとは到底思えない。

 それに、今、死期が迫っているわけでもないから、こんなところで正解が見えることもないだろう。


(他に何かあったっけ? 私が起こしたこと、変わったこと。・・・ん?)


「変わったこと」の典型といえば、駿河と手をつないでいることがあるではないか。

 ここ最近では、駿河の訥々とした態度が故か、何やら習慣化しつつあることで忘れかけていたが、間違いなく自分から起こした変わったことだ。


(あら嫌だ・・それが私の幸福に向かう深層心理?)


 手をつないでいること自体から離れて、最近は駿河の側に立って「手をつなぐ意義」というものを掘り返してみようとしていたが、翻って、自分に戻ってみた場合、自分は何うして「手をつなぐ」ことなどを提案したのだろうか。


 思い起こしてみても、「一時の気の過ち」というほどの感情もなかったように思える。

 実に見事なほど「無意識」のうちに、ぺらぺらと発案してしまったのだ。

 自分でも、何だってそんなことを言い出したのか、今もって判然としない。


(ええええ? これが私の幸せ?)


 一高に進学してから、徐々に「自分の考え」や「自我」ということに対して否応なしに考えさせられる機会が増えてきたことは箏詩も嫌と言うほど自覚していた。

 だが、これまでの自らの行動の中に「幸せ」とか「手をつなぐ」というキーワードは、一度として水面上は疎か、水面下にすら感じたことはなかった。


 言葉尻だけを追ってみれば、そこには「恋愛」という二次が浮かび上がった。


(恋、ねえ。少なくとも、恋していたら、自分から「手をつないであげる」なんていう恥ずかしいことは言えないわよね。)


 自分の思考様式を深く反芻してみても、当時のことを振り返ってみても、そこには「恋」の片鱗すら出てこないことを確認して、箏詩はふぅと嘆息した。


(じゃあ、何だって、まあ、あんなことを言ったんだろう?)


 堂々巡りに陥ったことに苦笑いしつつも、答えがすぐそこにあることにはたと気がついた。


「そうよ!」


 間髪を入れず隣室の弟がドスンと壁を突いてくるが、箏詩は脇目もふらず起き上がると、目に付いた紙の裏に鉛筆を走らせた。


(素直に考えれば良かったのよ。

「何故あんなことを言ったか」って? 

「手をつないでみたかった」からよ。

「何故手をつないでみたかったか」って?

「興味があったからよ」。

「何に?興味があったか」って?


 あれ、何だろう? 手をつなぐこと? 駿河という人物に対して?

 どっちだろう?)


 箏詩は眉間に深い皺を寄せると、再びベッドにごろんと横になった。


 当時の自分の思いをもう一度探ってみる。


 手をつなぎたかったのか? それとも駿河に対して何かをしてみたかったのか?


(ん~~~、誰彼構わず「手をつなぎたい」という方が先ではないよなあ。そんなこと、これまでついぞ考えたことすらない。だからこそ、今、こうして「何でだ?」と悩んでいるわけなんだから。じゃあ、駿河氏?)


 こちらを考えてみると、「手をつなぎたい」という意識よりは、はっきり「これまでにも「興味の対象」として幾度か考えたことがある」ということを認めざるを得なかった。


(なんだ、そうか、そうか。単に、何かしてみたかったわけだな、駿河氏に対して。)


 ここまでの整理がつくと、箏詩は「何故、そんな思いになったのか?」に考えを移した。

 先ほどまでの思考をもう一度引っ張り出してみると、少なくとも「恋心」などを抱いていたら、恥ずかしくて寧ろ「手をつなぐ」など言えよう筈もないことは明らかだった。


 箏詩はこれまで「交際」というものをはっきりしたことがない。

 中学校の頃に「何となく」仲の良かった男子と「よく話す」「待ち合わせて一緒に出かけた」ところまではあったが、いわゆる「彼氏と彼女」というような思いを、「自分」はしたことがないと自認していた。

 一高では、あれだけの男子の数に囲まれながらも、一度として付け文も告白もされたことはなかった。矢張り中学校同様に、否、それ以上かそれ以下で、それこそ部活を一つに絞り込まなかったこと同様に「広く浅く」の付き合いで終わっていた。


(まあ、何という地味な青春だこと。自分で言っていて情けないわ。)


 それでも本音では、特にそれを後悔しているわけでもなく、残念に思っているわけでもなかった。

 周囲では、3日だ、3週間だ、3ヶ月だ、と交際には必須の倦怠期に怯えたり、その末に破局の憂き目で枯れたようになっている級友の姿が溢れていたが、特段、それに乗り遅れるという焦りも、自分も是非という羨望も、何れも湧き起こることは無かった。


 では、これが遅れてやってきた「恋心」なのかと再度自問してみても、およそ、そういう思いは湧いてこない。

 そもそも「恋」というのはどういうものなのか、箏詩にはそこからして考えが行き詰まった閉塞感を感じた。


 中学校三年の秋、進路のことで担任に色々と話をしているうちに、自分の両親や家で働く成人男性以外で、初めて「男性」というものを意識した。仲の良い級友には感じない、何というか、「興味」を感じたのだ。この人は、何に興味を持っているのか、どういう人物が好きなのか苦手なのか、等々。

 他人に対してこうした興味を感じたことは、ほぼ初めての経験だった。そこで、素直にそれらを担任に向けてみたところ、彼はすいすいと彼女の疑問に応え続けた。勿論、担任教師と受け持ち生徒の範囲内での話ではあったが。

 他人に対してそういう気持ちを抱いたことが初めてであったから、高校進学後に周囲で恋だ愛だという議論が華やかになった時にも、果たして自分のあのときのひとしきりの関係が恋の始まりだったのか、と自問自答してみたこともあった。

 その結果得た答えは、「恋というよりは自我の萌芽」というところに落ち着いた。

 その理由は「寝ても覚めても頭から離れない」という周囲の色恋沙汰でよくありがちな「盲目的な」何かが一切欠落していたからである。校門を出れば忘れてしまう。

 学校で顔を見れば、「ああ、そうだ、聞いてみよう」くらいのことをおよそ恋であると言ってしまっては、級友達のノイローゼ寸前の青白い顔や、泣き腫らした赤い目に失礼極まりないと判断したからである。

 加えて、相談者は男性の担任だけではなく、一高出身ということで紹介された女性の美術教師にも持ちかけていた。寧ろ、その濃淡でみても、担任よりも美術教師の方が自身の興味と関心に沿っていたようにさえ思われた。


「恋愛」については脇に置くとして、「駿河に対して何かをしてみたかった」ということは間違いがない。

 そして、その契機となった「好奇心」が、これまで最も関心が高かった中学校の担任や美術教師に対するものよりは、遙かに頻度が高いことも確かであった。

 しかし、「寝ても覚めても」というわけではない。

 それどころか、考えているうちに面倒になって寝てしまう。そして、寝ることの邪魔にすらならない。

 そして、起きていても邪魔にはならない。

 ただし、時折、妙に引っかかってくる。「寝ては夢、醒めては現、幻の」というようなものではないが、今回「手をつないで」みたくなった、そういう行動でも起こしてみたくなった、一抹の衝動くらいは起こしてくる対象であることは確かだった。


(今、分かることはここまでだわね。これ以上掘り下げたところで、何も出てきやしないわ。だって。分からないんだもの。)


 ここまできて、箏詩は一つのことを得心して目の前が開けたような気がした。


(何だ、馬鹿馬鹿しい。知りたい相手は前に居るし、向こうだって私を好奇心の目で見ているわけなんだから、対等じゃないの。だったら、こんなに悶々として、、、否、していないか、何だ、考え込んでいるよりも先に、知りに行けばいいのよ。そうよ。折角「手をつないでやる」って言ったら彼方から釣られて呉れたんじゃないの。)


 ここ二、三日の行動規範でもあった「話せばよい、聞けばよい」を再確認しただけなのだが、これまでっ未整理のまま無意識に壁のように考えていた堂々巡りが「一歩を踏み出さない」ことによるものだと整理できたことで、すぅっと自由に進んでよい道が広がったようで心持ち高揚する気分で寝入ることが出来た。


 昼には、日々「新しい収穫」を得て、夜の寝しなにそれを反芻する、というソウシさんの「日課」も、そろそろ「整理」されてきたようではあります。

 これまで「漠然」と「攻め」て「話す、聞く」を励行して来たところに、「知りたいから知る」ということが判然としたことで、ソウシさんの行動が、少しだけ前進というかアグレッシブになりそうな気配が漂っております。さて、それが解決につながるのか、騒動につながるのか。

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