予備校編 パリは燃えているか(四)
主人公の御気田箏詩は、第一高等学校を卒業した予備校生。少しの独立心と反抗心、そして好奇心を持ち、「斜に構えた」姿勢も持つ典型的な思春期少女。
同窓との昼食の席、箏詩は話の勢いで駿河と「年末まで手をつなぐ」ことに。
箏詩は自ら申し出たそのことに戸惑いを感じながらも、「退却」をする理由も思い浮かばず、自身の中に生じる「これまでとは違った感覚」を意識しつつ、日々、駿河と昼食を共にしている。
その日に予定していた問題集のノルマをこなし、いざ就寝しようとすると、今日の一件がぽっかりと浮かび上がってきた。
(まったく、思い出すようなことでもないっていうの。)
すわ、恋の告白かと思いきや、駿河から出た補足の言葉は単に「珍しいものを見たから気になった」という代物。
告白どころか彼女の存在に対する賛辞ではなく、加えて自らを「珍奇な物」扱いされたということに、再び激しい脱力感が襲ってきた。
(失礼ね、本当に。)
眼鏡はともかくとして、「スーパーショートカット」は久我も同じ事だ。
(待てよ、彼奴は本当に、短髪の女の子に食指を感じないのかしら。)
そうでならば、久我に「恋心は抱かなかった」「一目惚れはしなかった」という延長戦で考えれば、自分にもその感情は出てこない、と言えるのではないか。
しかし、そうすると、今度は「一目惚れするでもないような相手」と「手をつないでいる」というのはどういうことか。先日の「髪」に対する賛辞も、矢張り単なる「物」に対する興味であって、その「物」の美しさを「維持」している上で「人物(箏詩)」を労っただけなのではなかろうか。
(珍し物好きな・・単に物好き?)
駿河の周囲に思いを巡らせて見ると、三条、エリー、佐多の何れもが髪は長い。
三条以外は「彼女」と呼ばれるものではないらしいが、駿河の周囲に短髪の女性は久我くらいしか見当たらないのは正しい。
(鳥渡、待ってよ・・)
珍し物好きで、単なる興味から箏詩に「好きなようにさせている」のだと考えると、その先に浮かび上がって来る言葉に、げんなりするものを感じた。
(嫌だ、私って研究対象?)
駿河と繁く言葉を交わすようになったのは、此処ほんの最近のことだが、二人以外の誰も居ない場所での駿河の言動は、総じて「実験」めいたことに終始していることに気付いた。
(でも、彼奴だって彼女が居たんでしょうに。手をつないだことが初めてってこともないんじゃないの。ならば、何うして私で実験する必要が? データ集め?)
その方向で考えを掘り下げれば下げるほど、自分の存在が惨めになっていくような気持ちがして考えを打ち切った。
翌日。
箏詩は、少し変わった気分で昼を迎えた。
(向こうがその気なら、こっちだって。)
前日の久我との同席で得た知見で、駿河に接する時は「引いて」は不可ないのだと知った。
此方から攻めていけば、相手も応じてくる。そのやり取りが多少、ズレることはあっても、余程妙な話題でもない限り、すぐに収束に向かう。
その中で、自分の知りたい情報を得れば良いだけだ。何も、今迄と変わることはない。
「そう言えば、ギエンて、下駄を履いて来ないの?」
「あれは危険だ。」
「そうなの?」
「一高に通うときならば、まあ何とかなっても、この界隈に毎日通うには危険だ。」
「どう危険なの?」
「滑る。」
「はあ、成る程ねぇ。」
危険である上に「縁起でも無い」と箏詩は感じた。
「その靴も、滑るんじゃないのか?」
「げっ、何を言うの?」
駿河の言葉に箏詩は短声を上げて立ち止まると、無意識に片脚の裏を見た。
「大丈夫だよ。溝がこう入ってるもの。」
「そうか。じゃあ良かった。」
(なに? 確証もなしに、人に滑るとか止めてよ、もう。)
「あれって、高さどのくらいなの? ヒールと同じくらい?」
「足駄のこと?」
「そう。(へえ、足駄って言うんだ)」
「10センチ。」
「ひぁあ、完全にハイヒールだね。」
「全体的に持ち上がっているし、前と後ろは空いているから、それほど歩き難いものでもないんだけれど。」
「ああ、そうか。踵だけが持ち上がっているわけじゃないものね。」
「そう。履くの?」
「え? 何を?」
「ハイヒール。」
「履くわけないじゃん、どこに履いて行くのよ。」
「ほら、ダンスとか、社交とか。」
「社交ダンス? どこで?」
「そう、ないなら良いんだ。」
一体突然何を言い出すのやら、と訝しんでいると、ふと疑問が湧いた。
「ギエンは、するの?」
「何を?」
「社交とか。」
「自分ではしない。」
攻めて行こうと決心したものの、相変わらず全くもって話が通じない。
自分の経験に基づいて話をしているのかと思って問い返せば、どうやら思いつきで聞きました程度の返事しか帰ってこない。
「あ、足駄を履いたら、手をつなげないねえ。」
「何うして?」
「だって、背の高さが、っていうか手首の高さが断然違っちゃうじゃないの。」
「はあ・・成る程・・そうか。」
(あ、駄目駄目、実験するな、こら、変なこと考えるなよ!)
思案している風の駿河に、また何かをやり始める実験台にされるのではないかと焦りを感じた。
「うーん、そうでもない、かな。」
「え?」
「余程手の高さが違わない限り、足駄程度じゃ、手をつなぐことに支障は無いさ。」
「あら、そう。」
「だって、親子だって手をつなげるだろう?」
「まあ、そうね、真横じゃないけど、自然につないでいるわね。」
「だろう? 心配は要らない。」
自分が何を心配したと思われているのか箏詩は少し引っ掛かったが、駿河の実験熱が上がらないうちに自己昇華してくれたことに安堵した。
「ねえ、知ってる?」
「知らない。」
「身も蓋もないわね・・。」
「何の話さ?」
「赤ちゃんて、殆どの場合、手を握って生まれてくるんだけれど、何時の間にか手を開いちゃってるでしょう?」
「はあ、ほうほう、成る程。そうだね。」
「で、人間の残りの人生は、その最初に握っていた自分の幸福を取り戻すために生きるんだって。」
話題を提供した箏詩ではあるが、聴いて暫し黙っている駿河に次はどのようにとりつくか、考えざるを得なくなった。
(あーあ、理科馬鹿にするような話じゃなかったか知らん・・・。)
「へえ。」
(あれ、興味を持ったの?)
駿河は、空いているほうの片手を握ったり開いたりしている。
(不可ない、不可ない、また何か仮説でも唱える心算りか知ら。)
「ん?」
立ち止まった駿河につられ、箏詩も歩みを止めた。
「ソーシの幸福って何だ?」
「は?」
いきなり何を言い出すのかと箏詩が口を開けると、駿河は再び歩き始めた。
「だって、失った自分の幸福を取り戻すために生きるんだろう? その対象物が判らなければ、捜しようもないじゃないか。」
(始まった・・屁理屈男。)
「それとも、それも含めて捜す旅ってことか?」
(もう少し、好きに思案させた方がいいわね。)
「判った!」
「何?」
「『これが自分の幸福だ』って理解することが、自分の幸福なんだな。」
「(うわ、出た、論理学的な論法。でも・・)ほう、成る程ね。」
「何だ、知らずに話してたの?」
「否、私って最初の件だけで感心しちゃったから。」
「穿ち過ぎか、俺が。」
「でも、それは一理あると思うよ。」
「そう?」
「うん。」
一難去って安堵した箏詩だが、駿河がまだ黙り込んでいることに不安が込み上がってきた。
「でもさ。」
「…な、なあに?」
「それじゃ、自分の幸福が判った途端に死ぬことになるな。」
「止めてよぅ、もう、縁起でも無い。」
「いや、そうじゃあない。だって、そうじゃないか。取り戻したんだから、目標達成。終了。ハッピーエンドだ。」
言われていることを「理屈」だけで考えれば確かにそういうことだろうが、箏詩はそれを本心から言っている駿河の本心をもう少し探りたいと思った。
「うーん、素直に頷けないわぁ。」
「それとも、本当に死ぬ直前に気付くってことかな。」
「まだ、その方が良いと思うけど。」
「そうすると、長生きする人ほど、幸福を知らぬままに延々生かされるという。」
「また、そういうひねくれたことを言う・・・。」
「こういうのを何て言うんだ?」
「何?」
「これは文科の方の領域だろう? 何学? 倫理学?」
「哲学ではあるわね。」
「ああ、そうそう哲学だ。人生哲学。人生論。三木清か?」
ロマンチックな話題の筈が、哲学に落ち込んでしまった。
一体、この男は稀代の無粋なのか。そうだとすれば、どうして三人の女性が周囲に居て、また久我までも、わざわざ目を掛けていたというのか。
「人間って、小さな目的の集合体だろう?」
「え?何?」
「朝は起きれば朝飯を食い、一応予備校に行かなくちゃと電車に乗り、出席だけはチェックしなくちゃねと○を付け、昼になれば山を下りて行く。そして今に到ると。」
「ギエンの場合?」
「そうそう。本能もあれば惰性もあるし、積極的だったり、消極的だったり、色々あるけれど、膨大な「目的」の集合で出来ている俺の一日。」
「ふんふん。私も似たり寄ったりね。」
「本能や状況上、仕方なくしなければならないこと、例えば食事とか眠るとか、そういう行為は別として、どこで食事をするとか、枕をどうするとか、そういうことは積極的な「目的」だよな。」
「はあ、成程。」
「じゃあ、自らの意思で何か変わったことをするという時ほど、その人間の「目的」意識が無意識のうちに働いているわけだ。」
「ふんふん。」
「そこに、その人間本人の「幸福」のヒントがあるんじゃないか?」
「何うして?」
「動物って、無意味に何かをするようにはプログラミングされてないだろう。だから、自分で何かを「やろう」って積極的に考えるときは、それが当人の「捜している幸福」に何かしらのヒントになっているものがありやしないか。」
「ほうほう。」
「勿論、それは氷山の一角かも知れないし、鏡に映った映像かもしれないけど、何らかのヒントじゃなかろうか。それも無意識に始まったものならば、なお一層、本筋に近いと思わないか?」
赤ん坊についてのちょっとした少女趣味のロマンチックな話から、随分と真面目に話を広げる奴だと、箏詩は感じた。
一方で、自分が振った何気ない話題に、馬鹿がつくほど真面目に思考しているということも理解出来た。
「ソーシは、最近、何か、そういう経験、あったか?」
「へ? 私ぃ?」
駿河から投げかけられたこの言葉に、箏詩が答を考える間もなく昼食の目的地に着いてしまった。
「出口のない」思考に寝落ちしているソウシさんですが、その思考そのものを楽しんでいる余裕がまだある感じではあります。「逃げる」ための方策を考え出すようになるわけでもなく、寧ろ「自分が分からないなら相手を知ってやろう」という辺りは、言葉通り「攻め」の姿勢であります。
しかし、ゾンネさんの言で、少しは駿河君との接し方が分かってきたとはいえ、まだ「すれ違う」ことも多く、三歩進んで二歩退がる、くらいでしょうか。また、それについても「楽しむ」余裕が出て来たように見えるのは、ソウシさんも「慣れて来た」という証なのかもしれません。




