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つい先週のこと  作者: 雪森十三夜
第七巻 補綴・新月「中学校・高等学校・浪人編」
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予備校編 パリは燃えているか(二)

 主人公の御気田箏詩おけたことねは、第一高等学校を卒業した予備校生。少しの独立心と反抗心、そして好奇心を持ち、「斜に構えた」姿勢も持つ典型的な思春期少女。

 同窓との昼食の席、箏詩は話の勢いで駿河と「年末まで手をつなぐ」ことに。

 箏詩は自ら申し出たそのことに戸惑いを感じながらも、「退却」をする理由も思い浮かばず、自身の中に生じる「これまでとは違った感覚」を意識しつつ、駿河と昼食を共にしている。

 自身に対する駿河の態度に戸惑いと疑問を感じる箏詩は、毎日のようにその原因を探るべく思考しているが、中々解決を見ることが出来ない。今夜は、自身の感情の起伏にどうやら駿河が関係していると思いいたったところで、夜の公衆電話から駿河に突撃することに。

「ギエン?」

「あら、珍しいな。」

「今、いい?」

「ああ、どうせ、寝る時間だから。」

「・・本当にもう寝るんだ?」

「まあ、寝たり、寝なかったり。」

「勉強は?」

「したり、しなかったり。」

「それじゃ、結果出せないじゃん。」

「まあ、闇雲にやったって結果は出ないわな。」

「じゃあ、何うするの?」

「思案中。」

「そんなぁ、悠長ね。」

「まあ、そろそろ粗筋は立てたから、明日、師匠に見て貰おうかと思ってる。」

「これからの計画?」

「そんなところかな。もうちっとばかし粗いけどな。」

「ふうん、ちゃんと考えてるんだ。私も、ちゃんと考えないとなぁ…。」


 何かも判らないままに反抗心を感じて勢いづき、年甲斐もなく飛び出て架けた夜の電話。

 しかも一緒に説教された当の友人を巻き込んでいる。

 自身の不可思議な感情の起伏、その原因が電話の相手であるにしても、何をどうする心算りかも決めぬままに受話器を持っていることに、再び急激な羞恥心と自己嫌悪が箏詩を襲ってきた。


「で、何だ? 何かあったか?」

「否、そういうわけでもないんだけれどね。」

「わかった、物寂しくなったんだろ?」

「へ?」

「そういう時ってあるよな、原因がよく判らないままに、どうにも切なくて、寂しくなるっていう、」

「えっと、あの。」

「小さい頃に、昼寝から起きた時とか、よくなったな。ソーシ、昼寝から起きたところか?」

「否、寝ていない、けれど。」

「そうか、まあ、そういう時は、原因を考えても仕方がないから、注意を他に逸らすんだよ。」

「逸らす?」

「少しだけ楽しみをかじってみるとか、本業のお勉強にとりかかっちゃうとか。」

「へえ。」

「俺なんか、ほら、常に感情や関心があっちこっち飛び回っているから、努めて何かに集中するようにしてるけれどな。」


 奇しくも駿河の本音がちらちらと垣間見え、そこに興味が移ったこともあり、先程迄の羞恥心と自己嫌悪が薄らいできた。


(そうか、原因である相手は判ったんだから、こうして、素直に聞き出せばいいのよね。今日だって、こんな短い時間で新しい情報も入ったんだし。今迄も、そうやって人間関係を作って来たじゃないの。何故、同じことだと、気付かなかったんだろう。)


「何だ、踏切の音が聴こえるな。部屋から線路が近いのか?」

「ううん。お外の公衆電話。」

「お、悪いな。高い電話料金使わせて、しかも夜のこんな時間に。大丈夫か?」

「大丈夫、商店街の中だし、家の目と鼻の先。」

「そうか、俺の方は全然問題ないけれど、お家で心配とかしないか?」

「それは、大丈夫、偶にこうして外からお友達に架けることはあるから。あ、でも、もうこんな時間なんだ。御免。また、電話してもいい?」

「構わないぞ。これくらいの時間、もう少し早くても、まず、誰も電話を使わないから。」

「ありがとう。じゃあ、また。」


 駿河から「受験」に関する具体的な行動の話題が出て来たことで、箏詩の関心も微妙にそちらへと向かい始め、就寝の挨拶をすると、自身でも何らかの手立てを考えるべく、自宅へと戻った。



「あれえ、今日は来ないかと思ってたよぉ。」

「何でだ?」

「計画を見て貰いに行くって言ってたじゃん。」

「ああ、そう、そのこと。一緒に行くか?」

「良いの?」

「昨日の話やら、師匠にしたら、ソーシも連れて来たら良い、と言ってる。」

「え、何だか緊張するわね。」

「そういう人でもない。」


 道すがら、どういう人なのかを聞きだそうと考えていると、角をほんの幾つか曲がったところで、此処だと駿河が扉を引いた。


「へえ、こんな近くに良さそうなお店があったんだ。」


 少し暗めの店内は、外観より広く、地上、地階、二階と三層構造になっているらしい。

 駿河は、真正面の店内を少し見渡してから、箏詩の手を引き二階へと上がった。


「Gehen! こっちこっち。」


 低く押し殺してはいるが、その存在のはっきりとした声が、奥から響いてきた。


 手を引かれるまま当のテーブルに辿り着くと、見知った顔が座っていた。


「あーら、誰かと思ったら御気田ちゃんじゃないの。」

「え・・、ああ、久我さんでしたか?」

「ああ、お二人、お知り合いだったか。」


 久我は、さあさあと二人に着席を促し、早々にウェイターにランチを注文した。


「Gehenが言っていたのが御気田ちゃんだったとは、奇遇奇遇。」

「ああ、師匠って言うから誰かと思って来てみれば、久我さん、応援部の先輩でしたものね。」


 箏詩が知っていた久我は、前髪は少し長めを七三に分け、襟足は刈り上げて、全体をリキッドで固め、和装で歩いている姿。

 それこそ宝塚の男役スターもさもありなん、という容姿だったが、今日はカッターシャツにジーンズのスポーティなスタイル。

 往年の面影があるにはあったが、ショートボブのワンレングスに、大きめなセルフレームの眼鏡、軽くではあるが店内の照明でもわかるほどのメイクを施した全体像は、あの頃とは別の意味で見違えており、一瞬ではわからないほどであった。


「いやあ、久我さん、いつ拝見しても麗しい。惚れ惚れしますわ。」

「Sonneさんて、多羅尾坂内みたいだろ?」

「多羅尾坂内?」

「あるときは宝塚星組トップスター、あるときは瓶底眼鏡にお下げの副委員長、そしてまたあるときは謎の社長秘書、」

「Gehen五月蠅い。最近は、この姿で落ち着いているんだから。」

「あう・・痛たた」


 師匠と呼ぶだけのことあってか、それとも応援部の上下関係とは、こういうものなのか、揶揄した駿河の額を久我が拳でゴンと小突き、駿河が額を押さえて仰け反った。


「さて。なあに、五反野に説教されたんだって?」

「ええ。まあ。無策の私等も不可ないんですけれど。」

「五反野も他人のことは言えないわよね。」

「でも、それは合格なさっているから当然のことで。」

「まあね。彼奴も半分以上は、義務感でのことでしょうけど。」

「矢張り、そうですか?」

「そうよ。大体考えてもみなさいな。一高でよ、そんな「至極ご尤もなこと」を説教めいて、後輩を集めて語るなんてこと出来る?」

「・・・私だったら、恥ずかしいですね。」

「でしょう? 彼奴だってそうよ。もう、説教した方が、終わったら早々に逃げ帰りたいでしょうよ。」

「ああ、お察しの通り、言うことだけ言うと、五反野さん、すぐに離席されました。」

「舌を噛まずに最後まで言えただけでも褒めてあげないといけないくらいよ。」

「あはは。そうか・・言われてみればそうですね。」

「だから、昨日の最大の被害者は五反野よ。可哀相と思ってやって。」

「いえ、それは・・分かりました。有難う御座います。」


 最初こそ、あっさりくさしておきながら、いつのまにか立場を擁護して、最後には箏詩の気も楽になるように場を収拾する。

 こんなにほんの少しだけ会話でそれを成し遂げる。

 箏詩は久我の会話の魔力に、改めて魅せられた。


「それで、と。まずはGehenの戦略案を簡単にやっつけちゃうから、御気田ちゃんは聴いていても良いし、自分のことをしていても良いし、なぁに、こういう単細胞な子の手解きは直ぐだから、ちょいと持ち上げて、くいと摘まんで捻れば、ほんと、あっという間だからね。」

「Sonneさん、そういう十八才未満禁止みたいな表現は。」

「あら、Gehen、今のどこが夜間自動販売機なのよ?」

「そういう発言が既に十八才未満禁止じゃないですか。」

「夜間自動販売機のどこが十八才未満禁止なの?」

「だって、あれでしょう? 鳥渡人気の無い道路脇で、深夜に煌々と光り輝いている・・。」

「何よ?」

「成人雑誌の販売機でしょう?」

「あら、存在場所までよくご存知で、利用者なんじゃないの?」

「否、夜に通れば、誰だって目につきますよ。」

「人気の無い道路を通るの?」

「街道沿いにだってありますよ。」

「いやぁ随分、詳しいのね。もう何処にあるかは皆目ご存知?」

「今はそういう話じゃないでしょう。僕の受験計画がどうか、ということでしょう?」

「そうよ、貴方が妙なところで食いつくから話が逸れるのよ。どれ、見せてご覧なさい。」


 一高で幾度か目にした折は、『美男子』と『美女』のいずれでも通用しそうな風貌と、そこから発せられる言葉に、言い様の知れない圧のようなものを感じ、抑えようのない焦燥感のようなものが湧き上がってきたことだけを憶えている。

 しかし、今、こうして駿河と話している様子は、極めてありふれた先輩と後輩のやりとりであり、勿論、特徴的な容姿から感じる一種の憧れめいた感情は湧くものの、それとは裏腹な下卑た話題が、寧ろ彼女を不思議に身近な存在に感じられた。


「はい、一丁上がり。励め! 青少年! さて、御気田ちゃんは、何だっけ? 五反野が柄にも無く叱ったことにお腹立ちということ?」

「そんな、畏れ多い。腹立ちというか、人それぞれやり方っていうものがあるんだし、そんな頭ごなしに言わなくたって、というか。」

「そうそう、でも、五反野だって、それくらいは判ってる。馬鹿じゃないんだから。自分だって浪人したんだし、嫌というほど判ってる。でも、今、彼に必要なのは、君達の心情を慮って、理解しつつ宥める、ということではなくて、一般論に基づいた「失敗の恐ろしさ」ということを知らしめることなの。」

「ええ、先ほどのお話で、その辺りは、納得しました。」

「流石理解が早い。その辺、Gehenは見習うべきね。聴いてる?」

「は?」


 他に何をしている風でも無く、一緒に久我の話を聞いているように思われた駿河が、間の抜けた返事をしたことで、箏詩は先程の会話の意趣返しかと噴き出しそうになった。


「ほら、珍しいでしょう? この男、一見、真剣に話に参加しているように見えて、全く聴いていないことなんてザラなのよ。心此処にあらざれば、見れども見えず、聴けども聞こえずの権化みたいなもので。そうかと思えば、手遊びか何かしていて、全然話を聞いていないな、と思うと、周りの話を一から十まで全部一斉に憶えていたりして、どういう構造になっているのやら、私でも不思議。」

「え? 本当に全然聴いてなかったの?」

「ああ。」

「まあ。」

「ね? 本当に、まあ、なのよ。一高に入ったばかりの頃に、あんまり成績が悪いから何とかして下さいって、泣きついてきたから、弟子はとらない主義の私が直々に教えてあげたんだけれど、まあ、聴いてない聴いてない。聴いているような顔をしていて聴いてない。聴いてないような顔をして聴いている時もあれば聴いていない時もある。その判別をするのに、それは時間がかかったわよ。」

「どうやって判別したんですか?」

「簡単よ。眼の前に指を出して動かすの。反応しなければ聴いてない。此方を馬鹿にしたら聴いている。」

「・・・嘘。」

「本当よ。嘘だと思うのなら、今度試してご覧なさいな。」

「Sonneさん、今は僕の話じゃないですから。」

「あら、そうね、また話が逸れたわ。本当に、君の所為だよ!」


 久我は、駿河の頭を軽くパンと叩くと、テーブルに向き直った。


 ソウシさん、最近「猪突猛進」なところも出てきました。

 本来は「理屈」と「理性」の人である筈が、それを「乱される」事象や要因が重なることで、だいぶストレスになっているようです。

 「何か」が見えてきそうになったところで、電話突撃をしたソウシさんではありますが、案の定、作戦も考えずに突っ込んで行ったものですから、駿河君の話術(天然)に引っ掛かって、あっさり退却です。しかし、相手が予想外に「話す」人間であることを知ったことで、「従来法」による探索を実施できることが分かったことは収穫であったのかも知れません。更に、久々にゾンネさんとの邂逅も、何か進路に影響を与えそうな感じも漂っています。

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