庭師たちへのお礼
ブレンダに相談してからも、エレナはしばらく温室に通った。
そしてモチーフに仕えそうな特徴のある植物を探すことにした。
花壇を丸ごと表現することはポイントのように小さなサイズではできない。
それならばそのブロックにある特徴ある植物を再現しようと考えたのである。
そうしてついにエレナはモチーフを決めて刺繍を完成させた。
「ブレンダ、この間話していたタオルなんだけど……」
「何かありましたか?」
完成したタオルの入った籠をブレンダに見せてエレナが言った。
「とりあえず十枚刺繍してみたの。だから届けに行きたいのだけれど……」
「ご自身でですか?」
「本当はそうしたいわ。でも、この間みたいに皆が無言になってしまうなら、行ってもお話とかできないでしょう?」
エレナはカゴを抱えて少し寂しそうに首を傾げている。
確かエレナは大判のハンカチに刺繍を入れたものを使用人たちに配っていた。
それを思い出してブレンダは尋ねた。
「使用人たちに渡した時はどうされたのですか?」
「使用人たちのものはそれぞれの責任者に預けたわ。さすがに人数が多いから私が一人一人に渡したら、授与式みたいに広いところで渡していかなければならないもの。自分で渡せる人には渡したけれど……」
渡した後、喜ばれたという報告は責任者たちから上がっていたし、エレナから受け取ったものを実際に掃除の時に使用しているのをエレナ自身も何度も目にしていた。
最初に自分の侍女たちに渡して反応を見ていたのもあって、安心して任せられたというのもある。
だが、庭師の場合は話すことはおろか、会うことも、見かけることもない。
嘘でも喜んでいるという報告が上がってくるに違いないのだ。
「それではこうしましょう。そのタオル、私に預けてもらえませんか?」
「ブレンダに?構わないけれど……。ブレンダが届けてくれるの?それなら使用人に頼むわ」
「いいえ、私が届ける様子を、エレナ様はその様子を少し離れたところでご覧になればいいのです。それならば話はできなくても、渡した様子はわかります」
ブレンダの提案にエレナはよくわからないといった様子だ。
「でも一緒に行くのに立ち会わないのはおかしいわ」
「ですからバラバラに向かいます。時間を合わせればいいのです。合わせるというより、偶然を装うというのが正しい表現ですが……」
とりあえずブレンダの提案を聞いてみようとエレナは言った。
「どうすればいいの?」
「そうですね、例えば、私が彼らの仕事をしている時間に温室へ行って、少し時間をもらい庭師たちに集まってもらって、タオルを渡していきます。エレナ様はタオルを渡す時間に偶然温室に居合わせればよいのです」
「それなら確かに渡しているところは見られけれど……」
渡している様子を、彼らに知られないように遠くから見守ることならできる、というのがブレンダの提案である。
本当なら渡しながら一言ずつくらい声をかけたい。
庭師の数は刺繍をしたタオルの数未満のはずなのだ。
エレナが口ごもっていると、ブレンダが付け加えた。
「どちらにしても公務での交流ではありませんし、彼らと話をするのは難しいでしょう」
「でも、ブレンダとは仲がいいのよね?」
「私は、職務上、話のできる立場ですから……。私にできるのはそのくらいですね」
ブレンダは貴族である。
それでもここまでの調整は全てブレンダが行っているのだから、当然彼女は彼らと話をすることができるとエレナは思った。
その中に混ざることはできないのかと思ったのだが、それもブレンダに認めてもらえなかった。
「わかったわ。寂しいけれど仕方がないわね」
残念だが仕方がない。
エレナはブレンダに言われた通り、影からこっそりと渡す様子を見守ることにしたのだった。
そして当日。
「皆、わりぃが、手を洗って集まってくれ」
「なんすか?」
「わかりました」
庭師の責任者が庭師全員をブレンダの待っているテーブルの前に集めた。
「ブレンダ様、集まりました」
「仕事中悪いとは思いましたが、大事なものを預かってまいりましたので、皆に渡したいと思います」
ブレンダは少し硬い前説をした。
しかし事情を知らな庭師たちはいつもの調子である。
「そんなん、置いといてくれりゃ、自分たちでやりますよ」
「普通ならそれでお願いするのですが、これはエレナ様から頼まれたものなので、そんな雑な扱いはできません」
庭師はエレナの名前が出たことに驚いた。
「エレナ様って、王女様の?」
「そうですね。エレナ様は確かに第一王女ですね」
「ブレンダ様、確かにって……」
ブレンダはクリスの護衛騎士である。
エレナはクリスの妹という印象が強く、彼女自身もブレンダを姉のように慕ってきてくれるのでつい忘れがちになる。
「つい私も忘れがちになるもので……」
「それで、王女様から何かあるのか?」
庭師の責任者が話を戻すと、ブレンダは大きく頷いた。
「そうでした。先日こちらでエレナ様が花壇を耕した話は知ってますよね。そのお礼の気持ちをこちらのタオルの刺繍に込められたそうで、ぜひ庭師の皆に使ってほしいそうです」
それがこれですと、カゴの中に納められたタオルを指差した。
「皆さんの名前がわからないから、違うデザインにしておけば区別がつくのではないかと考えられたそうですよ。皆さんでお好きなデザインを選んでください」
そう声をかけると、庭師たちがカゴの中から一斉にタオルを手に取った。
そして刺繍を見ては次の人に回していく。
「いや、どれも素晴らしいものだなあ」
「もったいなくて使えないわなあ」
柄を選ぶために刺繍の部分を上に向けて庭師同士交換しながら盛り上がっている。
そしてじっくり見ていたところで一人が声を上げた。
「あ、オレこれがいい!これ、オレが世話してる花壇だよ。あのでかい木と、その周りの花の配置が一緒だもん」
声を上げたのは庭師の中で一番若い男の子、エレナに見本を見せた少年である。
それを聞いた庭師たちが改めてデザインを確認すると、確かに各花壇の中にある特徴的な植物とその周辺の配置を取り入れたと思われるものばかりである。
「お、言われてみりゃあ、みんな温室の花壇の一部が再現されてるんだな、こりゃあすごい!」
「なるほど。それなら私はこれとこれが自分のやったとこですね」
結局、庭師たちは自分たちが担当した花壇がデザインされたものを選ぶことにした。
手に取っていないのは責任者の彼だけである。
「あ、なんか自分たちだけで盛り上がっちゃったんですが……」
そのことに気がついて声をかけると、責任者の彼は笑顔で首を横に振った。
「俺はもらえるだけで充分だ。せっかくだから自分が関わった植物の者を選べばいい。俺はお前たちと違ってこの温室すべての植物を把握しているから、どれも我が子のように可愛いのよ。植物は成長したり枯れたりしてしまうものだが、それがこうして形として残るなんてなぁ」
その様子に満足したようにブレンダが言った。
「皆さん受け取るタオルが決まってよかった」
「いやあ、こんなことしてもらって、なんかなあ」
エレナが頑張っているのを見ていた庭師は恐縮しながら言った。
別に自分たちは仕事が遅れただけで邪魔されたわけではないし、むしろ耕すという仕事を体験しに来ただけである。
本来なら何の作業も進まないのだが、彼女は遅いとはいえ一列耕して帰ったのだ。
その後はブレンダが手伝って仕事そのものに支障はなかった。
それなのにこのお礼である。
「うちはこれが家宝になりますよ!エレナ様がお作りになった物が私の手にあるなんて考えただけで……」
「使って差し上げた方が喜ばれるかと思いますけど……どうでしょうか?」
「そう言われると悩みますが、どうするにしても大事にします」
庭師たちが庭と刺繍を見比べて盛り上がっていると、ブレンダが遠くに向かって声をかけた。
「だそうですよー」
庭師たちは何が起きたのか分からず思わず口を閉じて、ブレンダが声をかけた方を一斉に向いた。
すると、少し離れたところにエレナがいた。
庭が見渡せるよう一段高くなったところに椅子だけを置いて、そこに座ったエレナがこちらを見ているのだ。
エレナがいつも使っているテーブルは庭師たちの前にあり、そこにはタオルの入った籠が置かれている。
いつもエレナが来ると、テーブルにお茶を用意しているが、今回はそうではなかったのでまさかエレナが来ているとは思わなかったのだ。
「ご迷惑にならなくてよかった。気に入って使ってくだされば嬉しいけれど、差し上げたものだもの。好きなようにしてちょうだい。私は邪魔になってはいけないから、そろそろ行くわね」
エレナは一方的に声をかけると、彼らに笑顔を向けて席を立った。
一同が慌てて一斉にエレナに向かって頭を下げる。
「あ、ありがとうございました」
ブレンダもその様子を見て自分の役割は終えたと、頭を下げたままの彼らに声をかけた。
「それじゃあ、私も仕事に戻ります」
「ああ、ブレンダ様、ありがとうございました」
庭師たちが一度頭をあげて、もう一度一斉に頭を下げた。
「いいえ。これはエレナ様が希望されたことですし、私はそのお手伝いをしたまでです。本当はお話してみたいとおっしゃってましたよ」
「いや、しかし……」
「エレナ様は皆に寄り添ってくださる方ですし、話し方くらいで何か言う方ではありません。でも、周囲の方が怖いですね。それが分かっているからエレナ様も今回は私に託してくださったんですよ」
エレナ本人より周囲の者によってエレナに不敬を働いたと報告される方が彼らにとっては不利益になる。
エレナがそれを聞いたら、自ら彼らを庇いに国王のところに直談判に行きかねないが処分されてしまってからでは手遅れなのだ。
「いや、正直聞いたときゃあ、どうなるかと思ったんだよなあ。しかし……何度も来てるのは知ってたけど、ただ歩いているだけじゃなくて、ちゃんと見てくれてんだなあ……」
庭師の責任者は、皆が選んで残ったタオルの一つを持ち上げて、頭の中にある植物の配置を思い起こしながら刺繍と比較する。
彼らを全員ここに集める理由を、庭師の責任者だけは説明されていた。
説明しなければこの場所に皆を集めてもらうのは困難だったからだ。
「エレナ様はそういう方ですよ」
「ああ、何が料理長の言いたいことがよくわかったわ。そりゃあ!歓迎するわ!」
「それは良かった」
彼らが素直に喜んでくれたことにブレンダも安堵していた。
本当は他のものが良かった、タオルは持っているからいらないなどと口にされては対応に困ってしまう。
「また、次があったら声かけてくれよ」
「そうですね。またお願いするときは声をかけますよ。それではまた」
ブレンダはそう言って温室を後にした。
そんなブレンダの後姿を、庭師たちは黙って見送るのだった。




