剣と鍬
訓練場で剣の訓練を開始したエレナだったが、想像以上に苦戦していた。
「皆普段からこんなものを持ち歩いて振っているの?しかも二つ同時に振っている人もいるのね」
両腕で剣を抱えて持つことはできるが、柄を持って持ち上げることのできないエレナは、騎士団長のアイデアで騎士たちの素振りの様子を見学していた。
「エレナ様、剣に関しては無理しなくてもいいのですよ。エレナ様はいざという時、我々が駆け付けるまで自身の身を守ってくだされば充分なのですから……」
そう言って騎士団長は何度も諦めさせようとしたが、エレナは頑なに挑戦を続けている。
それならば、騎士がどのように剣を扱っているのかを見て、自身に取り入れてみればいいのではと言われたのだ。
一方の騎士たちはというと、エレナが見ていると解っただけで、普段は見せないような真面目な取り組みを見せていた。
エレナに少しでもいいところを見せようと、普段なら取り組まない二刀流やら、いつもより重い剣やらを持ち出しての訓練に励んでいる。
通常を知っている騎士団長は苦笑いしていたが、普段の様子についてエレナには黙っていることにした。
部下の悪いところを報告するのはあまり気分がよくないし、本人たちがせっかくやる気になっているのだから、それをつぶす必要もないだろうと考えたのである。
訓練の見学を終えたところで、ちょうど訓練場に入っていくブレンダを見かけて声をかけた。
「まぁ!ブレンダ」
「エレナ様、今日も訓練ですか?」
「ええ。騎士団長が見学させてくれたの。なかなか思うようにできなくて悩んでいたら参考にって。ブレンダは?」
「見回りを終えてこれから訓練の予定です……」
そこまで言ったところでブレンダは騎士団長と目があった。
「ブレンダ、エレナ様に何かアドバイスをしてくれないか。私ではどうお教えすればいいのか悩んでいるのだ」
「わかりました。ではお供いたします」
ブレンダは行き先を変えてエレナと騎士団長の後ろにつくのだった。
休憩に利用している会議室に到着してエレナが座ると、ブレンダがエレナとブレンダにお茶を出した。
お茶に口をつけてから、エレナはブレンダを見上げて言った。
「ねえ、ブレンダ。剣を持ち上げる力をつけるためにはどういう訓練をしたらいいのかしら?」
「剣を持ち上げる……ですか?」
「ええ」
「どうしてまた……?」
確かに前回の体力測定でエレナは剣を構えることができなかった。
だが、持ち上げられなかったという記憶はない。
「騎士団長からやっと剣の訓練の許可が出たのだけれど、うまく構えることすらできないの。構えるために持ち上げようとしたところでふらふらしてしまって……、そこから先に進むことができないの。次の体力測定までに一番軽い剣を触れるくらいになりたいと思っているのだけれど……」
そこまで聞いてようやくエレナが持ち上げると表現しているのが構えるということだとブレンダは理解した。
しかし、その前に確認しなければならないことがある。
「エレナ様はまた体力測定に参加されるのですか?」
「そうしたいと騎士団長にはお願いしているわ。誰かが測定する時に一緒に見てほしいって」
「そうだったのですね」
ブレンダは笑みを浮かべてじっと騎士団長を見た。
騎士団長はその笑みに少し恐怖を覚えながらも首を縦に振る。
男に笑みを向けることのないブレンダが笑っているということは、怒っているか言いたいことがあるかである。
まだ公になっていないことなので黙っていたが、ブレンダにだけは早い時期に記録係としてエレナにつかせるから、見本として測定はやらなくていいと伝えようと決める。
騎士団長とブレンダはしばらく無言のやり取りをしていたが、それを終えたブレンダがエレナに尋ねた。
「エレナ様は畑を耕したことはございますか?」
「畑を?いいえ、ないわ」
「そうですよね……」
「畑を耕すのと、剣を使えるようになるのと関係があるの?」
首を傾げて不思議そうにしているエレナにブレンダが答えた。
「厳密には違うのですが……、鍬で畑を耕す動作は、剣を振る時に使う動きを大きくした感じなのです。もちろんやろうとしていることが違うので、全く同じということではありませんが、もしかしたら振り上げて下ろすという練習にもなるのではないかと……。畑を耕すのは重労働ですし、本当にできるようになって手伝っていただけるのなら、彼らも喜ぶのではないかと思います」
「訓練にもなって、人の役にも立てるなんて素敵だわ!」
そんな話の盛り上がりに耐えられなくなった侍女が思わず声を発した。
「お待ちください!そんなことをしたらエレナ様の美しい肌が日に焼けてしまいます!それにそんなに筋肉をつけられましても……」
エレナには見た目だけでも淑女であってもらわねば困る。
それでなくても訓練が続いているのか、王妃とのエステの度にエレナの身体に筋肉が付いていることを指摘されるのだ。
今はおなか周りと背中、それと他の女性より少し太ももが引き締まっているくらいで済んでいるのでドレスを着ていれば影響しないが、腕は別だ。
「ああ、そうだね。君の言う通りだ。狭い範囲で、日に当たらないように考える必要がありそうだ。それにエレナ様のかわいらしさに似つかわしくない筋肉は確かに必要ない。だけど、剣を振るだけならそこまでの筋肉は必要ないと思うから、そうなる前に止めるようにしよう」
「お願いいたします。くれぐれも!」
エレナは侍女たちよりも料理長や騎士団長、ブレンダの意見を優先しがちなのである。
騎士団長はエレナの立場を分かっているので、あえてそのような訓練をさせていないということを皆知っている。
しかしブレンダは違うのだ。
ブレンダはエレナが欲しいものを手に入れられるように動いてしまう。
侍女はブレンダに念を押すしかできないのだ。
侍女とのやり取りを聞いて不安そうにしているエレナにブレンダは言った。
「エレナ様はとりあえず役に立てるようになるという目標を持ってやってみるというのも良いかと思います。鍬も重たいですから、最初はうまく振り上げられないでしょう。ですが、鍬を使うところは広いので、周囲に人のいないところで振り上げて振り下ろせますし、失敗しても土に刺されば一応土は柔らかくできます。それでコツをつかめれば剣も構えられるかもしれません。何より剣を振るのと同じような筋力がつけられます」
「とてもいい考えだと思うわ!」
ブレンダが訓練の話を続けてくれたことに安堵して、エレナが答えた。
「ちょうどそういう時期でございますしね。種を植えた後は、大事に育てていく時期になりますから畑なら収穫後まで耕す作業は出てきませんし、もし挑戦するのなら種を植える前の今でございますね。ただ……」
ブレンダは土をほじくり返した時に起こる出来事を思い出して口ごもった。
「何かしら?」
「……エレナ様、虫は大丈夫でしょうか?」
「虫?」
「はい。土の中には多くの虫がおりまして、それが苦手ですと相当苦労されると思います。草などにおります虫だけではなく、土を掘り返したことで出てくる虫もおります。その、正直土の中の虫の方が見た目がよろしくないのです。土は彼らの住処なもので、耕せばたくさん出てきます。慣れれば外にいるのは当たり前というものなのですが……」
畑にいる虫とはあまり縁がないエレナだが、調理場で時々野菜などについている小さい動くものたちは苦手である。
正直、それより大きいものは怖い。
「虫は……。でもそうして畑で食べ物ができるのよね。我慢できるか不安だけれど、頑張ってみるわ」
苦いものでも食べたような渋い表情でエレナが答えると、ブレンダはそれを見て苦笑いを浮かべる。
「エレナ様は本当にがんばり屋さんなのですね。ですが体を壊すまでやってはいけませんよ?畑は広いので、もう少しやろうと続けてしまうと、気が付いた時には長時間耕していることもあります。……ああ、それなら……農地でなくともいいのかもしれません」
「どういうこと?」
「土を耕すことが必要となるのは農地だけではないということです。まず場所に関しては利用できるかどうか確認が必要です。管理者に相談してみます」
農地はダメだと断られるのではないかと落ち込みかけたが、そうではないと分かるとエレナは嬉しそうに言った。
「そうね、勝手に土をほじくり返されては困るわよね。すでに種を植えてあるところを荒らしてしまってはいけないもの」
「はい。それではこの件、確かにお預かりいたしました」
「ブレンダはお兄様の護衛なのに、色々頼んでしまってごめんなさい」
「いいえ。かわいいエレナ様のお願いです。お断りする理由はございません。これからも何かありましたら私にご相談ください」
「ありがとう。頼りにしているわ」
本人はすっかりやる気になっているし、何より自分を姉のように慕ってくれるエレナの頼みを断わることはできない。
だが、侍女たち、騎士団長の気遣いはもっともだ。
幸いブレンダはできる限りの条件を満たせそうな場所に心当たりがあった。
後は交渉するだけだが、相手にエレナの頼みだと伝えれば問題ないはずである。
ブレンダはエレナの喜ぶ姿を見ながら、できるだけ早めに交渉に行こうと心に決めるのだった。




