季節の花壇
数日後。
土を耕す許可が下り、いよいよその日が来た。
その日のエレナは朝食後すぐに訓練着に着がえて、大判のハンカチで髪をまとめており、朝から気合が入っていた。
侍女たちはそんなエレナを心配そうに見ていたが、許可が出てしまった以上、止めることはできない。
念のため彼女たちもエレナの汚れを落とせるようタオルなどを持って、訓練へついていくことになった。
ブレンダが鍬を振り回す先として用意した場所は温室の一角だった。
「ここなら耕している間、日陰を作っておくことができますので、日差しを気にせずに作業を行えます。いかがですか?」
近くの木に旗のようにぶら下げられた布で土の部分の日差しは遮られており、確かに日には焼けなそうである。
「ええ。でもこの場所は……」
今は固くなっている土の上に何もないが、以前花が植えてあったはずである。
わざわざここの花を全てどけてしまったのではないかと不安そうにしているとブレンダが言った。
「いつもここに植えられているのは季節の花でございます。何年も株の維持できる花や木と違って、ここに植えられるのはその季節に咲いたら枯れてしまう花なので、枯れたらその花を取り除き耕して、新しい花を職人が植えているのでございます。ちょうど植え替えをする前ということなので、耕す必要のある場所ですよ」
「まあ、そうなのね。それならいいのだけれど……」
ブレンダは花壇を眺めているエレナの後ろに控えている侍女にも確認する。
「日焼けを最低限に抑えられ、エレナ様が苦手な虫も外よりは少なく、鍬を使う練習もでき、土が耕されるので職人が喜び、広すぎないのでやりすぎる心配もない。できる限り皆の意見と要件を満たしたつもりです」
「ええ。素晴らしいと思います」
「ありがとうございます」
侍女からも了解を得たブレンダは早速、エレナに指導を始めることにした。
「では鍬の扱いですが、私より職人の方が詳しいので、お手本を見せてもらいましょう」
ブレンダが示した方向を見ると、少し離れたところに小柄な少年が鍬を持って立っている。
「彼がそうなの?」
「はい。彼はエレナ様より年下ですが、しっかりと鍬を扱えます。剣を持たせても振れると思いますよ」
ブレンダの話を聞いてエレナは少年のところに駆け寄った。
「まあ!私よりも頼りになるのね」
「……」
少年はじっとエレナを見て無言である。
エレナも少年をじっと見返しているが少しして首を傾げた。
そこにブレンダがやってきて彼の代わりに説明した。
「おそらく彼は余計なことをしゃべらないようにって言い聞かせられてきてます。返事がないことは怒らないであげてください」
「そうなの?お話ができないのは残念だわ」
おそらく言葉遣いなどが上手ではないのだろう。
周囲に人のいる場所で問題を起こさないよう黙っていろと言われているに違いない。
エレナは気にしないが周囲が気にするのである。
「じゃあ、見本を頼む」
ブレンダに言われ、彼はうなずくと、まっすぐ鍬を振り上げてしっかりと鍬を土に叩き込んだ。
そして差し込んだ土をすくい上げて掘り起こしている。
同じ動作を下がりながら繰り返していくうちに、彼の進んだ場所だけ湿った土が表面に現れた状態となった。
あっという間に一列作業を終えると、彼は鍬をスタート地点に置いてお辞儀をすると仕事に戻っていってしまった。
「見ただけでは難しいですね。では実際にやってみましょうか」
「ええ。お願いするわ。ブレンダ先生」
エレナはスタート地点におかれた鍬の元に移動するのだった。
「まず鍬の鉄の部分で土を耕します。この部分が土に刺さったら、まっすぐ上に引き上げるのではなく、手前に引いてください。そうすると固まっている土が崩れます。これを繰り返し行うと、彼がやったように土が返されるのです」
ブレンダが土に鍬を叩きつけそれを手前に引くと、ごろっとした大きな土の塊ができた。
鍬で土の塊を頃がしたブレンダが刺さった土から鍬を離す。
エレナは思わずすぐ隣の列と見比べた。
「この後、塊を崩したりして柔らかくなった土に種を植えるのです。彼のように仕事でしていると、塊を崩しながら耕したりできますが、エレナ様はまずたくさんのこのような固まりができるようになるところからです」
「わかったわ」
「では持ってみてください」
エレナはブレンダから鍬を受け取ると、両手で柄を握った。
早速振り上げようとするエレナをブレンダが制止した。
「勢いで振り上げては危ないですよ。後ろに転倒してしまいますから……」
「じゃあどうすればいいの?」
いつの間にか後ろに回りこんでいるブレンダを振り返って見つめながらエレナが聞いた。
するとブレンダは言った。
「剣を構える時どうしていましたか?」
「足を前後に……それから、腰を落としてって言われるわ」
「まず鍬を離してその体勢になってみてください」
ブレンダは土の上で踏ん張れるよう、下半身の重心を意識させた。
「こんな感じよ?」
「はい。では、その体勢のまま、鍬を持ってみましょう」
そう言われてもエレナはその姿勢を維持するため動けない。
それを察したブレンダが、エレナの手に鍬を握らせてそこに自分の手を添えた。
「私もサポートしますから、一緒にあげてみましょう」
「ええ!」
「せーのっ」
ブレンダの掛け声でエレナは鍬をあげた。
「エレナ様、では、自分の足より前にある土に向かってに振り下ろします。上半身も曲げてくださいね。せーのっ」
鍬が振り下ろされて土に当たるとさくっという音と、鈍い手ごたえが伝わってきた。
見事に鍬が土に刺さったのである。
「ではエレナ様、その鍬を少し自分の方に引いてみてください」
ブレンダに言われるがまま掘り返されたところからは何かの幼虫が出てきた。
悲鳴をあげそうになるのを必死でこらえて、エレナが思わず鍬で土の塊を突いて壊すと、虫は槌に隠れて見えなくなった。
見えなければ何とかなる。
「これが基本です。次の場所をやりましょう。後ろにさがりながら進めていくと楽ですよ」
そういえば先ほどの少年も後ろに進みながら同じ動作を繰り返していた。
「やってみるわ!」
エレナは気合を入れて再び鍬を持ち上げるが、ふらふらとよろけている。
振り上げられた鍬をよけながらブレンダがエレナを支えるということを繰り返しているうちに、エレナも徐々に鍬の使い方、土を耕すコツのようなものがわかってきた。
「もっと練習すれば、一人でできるようになるかしら?」
少年が数分で耕した一列と同じ距離を進んだエレナが言った。
「そうですね。何事も練習すれば上達するものです」
「そうよね!それに何だか、虫が出てきても驚かなくなってきた気がするわ。土の中に埋めてしまえば大丈夫かも……」
息を切らせているエレナに侍女たちはお茶を用意した。
「エレナ様、少しお休みください。まずはこちらで手を洗ってお拭きになってください……」
エレナはブレンダの方を黙ってみている。
「エレナ様、休憩しながらにいたしましょう。それに今日すべてを行う必要はありませんから」
ブレンダの言葉にエレナは安堵の表情を浮かべた。
あまり顔には出さなかったが相当疲れていたのだ。
侍女はエレナをテーブルの方に呼ぶと、準備した水桶で手を洗うようにいい、すぐにタオルを差し出した。
土を払い落として椅子に座ると、エレナは紅茶を一気に飲み干した。
「すごくのどが渇いていたみたい。おかわりをもらえる?」
エレナが声を掛けるのとほぼ同時にエレナのカップに紅茶が注がれる。
エレナはそれもおいしそうに飲み干すと、自分の耕した場所を見て、嬉しそうにしているのだった。




