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第4章「新たなる使命を果たす為」

 

 ――魔王との生活が始まって7日が経った。魔王との生活って表現がもう色々とアレだが、それでも7日が経ってしまったのだ。


 取り敢えずオルガニアは意外とお喋りだという事が分かった。

 気になることは何でも俺に聞くし、事あるごとにコメントする。なんというか、好奇心旺盛で聞いてて飽きないけどそれに受け答えすると始終独り言を言っているように周りに見られるので、正直あんまり会話したくない。


 かと言って無視しようとすれば。


『おい、我の言葉が聞こえてないわけではないだろう』


 などと言いながらまたこの前のように俺の全身を燃やしにかかってくる。

 オルガニアの姿はあどけない幼女なわけだが、あの姿のまま頬を膨らませて拗ねるだけならまだ可愛いと言える。

 だがオルガニアの拗ね方はお世辞にも可愛いなんて言えない程にアグレッシブだ。

 灼熱の苦しみを味わった後には俺の口から煙が吐かれる。

 揶揄してるわけでもなんでもなく、ガチである。


 そんなこんな、少しでも開放感を求めてギルドにやってきているのだが、それでもオルガニアの口は止まらない。


『ふむ、人間と言うのはああいうのが好きなのか。年端もいかない小娘如きが色気付きおって』


『おいアルス、乱闘が起こってるぞ。お前も参加してきたらどうだ? ……なんだ、すぐにつまみ出されてしまったな、つまらん』


『ほほう、この世界の人間の料理というのは初めて見るがこれは豪勢だな。ところでアルス。お前は紅茶だけでいいのか? ……金がない? なんだそれは』


 もう口が回ること回ること。良くそんなに気になることが増えるなって素直に思う。

 背中の露出が多い可愛らしい制服を着るウェイトレスを見て。酔った冒険者の乱闘騒ぎを見て。周囲の机に並べられている料理と俺の目の前にある冷めた紅茶を見比べて、とにかく捲くし立てる。出かけてからずっとこの調子だ。

 そして俺は金が無いのではなくて、単純に無駄遣いが嫌いなだけなのでそれだけは断りを入れておく。


 ……断じて強がりではない。


「なぁ、オルガニア……楽しいのか?」


『うん? ……ああ、そうだな。我は千を超える年月を転生し生きてきたが、異界に来るのは初めての事。――我にとっては全てが魅力的な刺激なのだ』


 魂の中のオルガニアは、遠い目をしているような気がした。


 オルガニアが言っている事は想像できなくもない。

 きっと自身の世界にはもう知らない事などないのだろう。逃げてきたらしいし、今ははただ純粋に命の脅威のないこの世界を楽しんではしゃいでいるだけなのかもしれない。

 そう考えると途端にオルガニアが目を輝かせる年相応の少女のように思えてくる。

 とはいえ普通の少女という風には思わないが、楽しんでるならそれは結構な事だ。気兼ねない観光に水を差すほど俺も無粋ではない。


「お前ってさぁ、変に人間味あるよな」


『なんだ、それは? 馬鹿にしているのか』


「はは、違うって」


 ギルドは今日も賑わっているおかげで、俺の独り言は喧騒の中に掻き消えてくれる。

 こういう時くらいは俺もこの非日常を楽しんでみようかと、思わないでもなかった。


『……ふん。まぁいい。それにしてもアルス、お前は本当に1日街から出ないのだな。流石に飽きてきたぞ』


「なんだよやぶから棒に……いやだってさぁ、街の外って危ないじゃん?」


『……はぁ?』


 心底わけがわからない、というようなオルガニアに俺も何を言ってるんだお前はという意味を込めて息を吐く。


「魔物が出るんだぞ? 強いんだぞ、怖いんだぞ? お前はこんな非力で温室育ちのお坊ちゃんに戦えっていうのか?」


『そんなに威張っていう事では……いやというかお前は温室という程に裕福な家庭には産まれていないんじゃなかったか?』


 なんと言おうが俺は絶対に外に出ない。それは例えこの身を焼かれようが決定事項だ。どうせ外に行けば遠くない未来俺は死ぬ。焼かれるのと大して変わらん。


 外に出るくらいなら素直に死を選ぶ。

 無様な引きこもりの俺を焼くならば焼け。さぁ焼けすぐ焼け今焼けほら焼けバッチコイ。


『何故お前はそういう変なところで豪胆なのか……わからん奴だ』


「まぁ子供が追い払えるくらいの魔物なら俺も戦うのは吝かではない」


『お前、自分が情けないとは思わんか?』


 俺は何も聞かなかった。


 というのは冗談にしても、当然情けないとは思う。だけど戦おうとは思わない。

 自責の念と恐怖心を秤にかければ恐怖心が勝つ。つまり自分を情けないと思うのと戦いに出ようと奮起するのはまた別の話だ。


 いのちだいじに。この物騒な世の中では非常に大事な言葉である。


「前にも言ったかもだけど俺は実物の剣なんぞ振ったことないし、頼みの綱の専用神器(アーティファクト)の魔力も無くなったし。それで戦えって言う方が無茶だろ」


 これ以上外に出ろとか言われるのは嫌なので、俺はオルガニアのしたことを盾に嫌味ったらしく屁理屈をこねることにした。


『お前の勇者としての魔力はお前そのものの力だろう。神器が無くとも戦えないということはないはずだ』


「……それができたら世話ないんだよ」


 言い返しの余地もない至極真っ当なことを言われたが、そこに俺が引きこもりになった最大の要因があるのだ。

 というのも、俺だって最初は自分の可能性を信じて訓練をしていた。その中で勇者の力を使ってみようとした事もあったが……どういうわけか、俺の魔力はうんともすんとも言わなかったのだ。勇者は女神から使命を授かった瞬間、その力の使い方をまるで知っていたかのように覚えるらしいのだが、俺は全くこれっぽっちも覚えなかった。


「つまり、俺には才能がないんだよ」


『才能、か。お前がその言葉を使うにはまだ早過ぎるとは思わんか』


「早かろうが遅かろうが俺はもう諦めたんだよ」


『……ふむ』


 不貞腐れるようにして机に突っ伏した俺にオルガニアはまだ何か言いたげだったが、俺はそれを無視するようにして目を閉じた。


『だが神器集めはやってもらうぞ』


「……へーいへい」


 これだけは言わせてもらうとオルガニアが釘を刺す。それについては俺もできる限りの協力はするつもりだ。身体を乗っ取られたくない以前に殺されたくない。

 しかし果たして危険な橋を渡らずに神器を集める方法はあるのだろうか。この王都には一体どれだけの神器があって、そのいくつが一般人でも手の届く範囲にある?

 俺は、それだけが不安だった。




 ◆




『女神という奴も間抜けだな。お前のようなサボリ魔を放っておくとは。我ならば生まれてきた事を後悔させるほどの天罰を与えるところだ』


 暫くじっと黙っていたオルガニアが、ふとそんな事を言った。

 相変わらずさらりと空恐ろしい事を言うが、そこまでされたらもう反省する前に再起不能になるんじゃなかろうか。


『役立たずの下僕は居ないのと同じだ。早々に殺してしまうに限る』


 オルガニアはまるで冗談でも言うようにそんな事を言ったが、決して冗談ではなさそうだった。

 まるで育ちの悪い植物を間引くような、さも当然のように命を軽んじている感覚。

 魔王というのはやはり死生観というものも逸脱しているのだろうか。


「俺の意思ガン無視で勝手に任命したのにサボったからって天罰か……それ仮にされたらマジでどんな鬼畜だよって話だぞ。低賃金労働者もビックリだわ」


『まぁ、神とは往々にして身勝手なものだ』


 その意見には概ね同意だ。


 ……さて、無駄話も程々にして。俺は神器を集める方法を考えなければならない。


 この前のように持ち主のいる神器、ないしに専用神器(アーティファクト)をオルガニアに喰わせるのは論外。発生する迷惑が尋常じゃない上に俺の僅かな良心が痛みすぎて辛いため最終手段にもなり得ない。


 となると当然探すべきは野生の神器……もとい持ち主のいない神器を探す必要があるのだが、ノーヒントで見つけるのは難易度が高すぎる。


 そこで何かしら力添えを期待できないかと、俺はオルガニアにある事を尋ねてみることにした。


「なぁオルガニア。お前は神器の場所とかって探せたりするか?」


『さぁな。だが魔力を探ることはできる。比較的大きな魔力の元へと向かえば神器もあるのではないか?』


 ダメで元々だったがビンゴだ。魔王をレーダー代わりにするというのはなんだか贅沢な気がするが、その魔力探知の機能を是非とも活用させていただこう。


「そうとなりゃ善は急げ。オルガニア、王都にあるでっかい魔力を探してくれ!」


『やる気なのは良いことだ。だが王都限定で良いのか? 我がその気になればこの世界丸ごとくらいは探索範囲に入れる事ができるが』


「だから外出たくないんだっての」


 絶対引きこもり宣言を改めてすると、オルガニアは今度こそ諦めたように嘆息した。


『……良いだろう。では我の導く通りに進め』


「おう、分かった」


 その気になればこの世界に探索範囲を広げられると豪語するオルガニアに戦慄しながら、俺はギルドを後にして言われた通りに歩きだす。

 大きな魔力の反応はそう遠くはないらしい。


『ほれ、あの建築物だ。あの中に魔力を感じる』


「あれ? ここって……宿屋、だな」


 魔力の反応があるとオルガニアが指したのは、あろう事か俺が贔屓にしている、というか現在進行形で泊まっている宿屋だった。まさかここに神器があるというのだろうか。


『兎も角、入れ。もう少し詳細に探してやる』


「あ、ああ……うん」


 促されるままに俺は宿屋の扉を押し開ける。

 1階のラウンジには受付であるカウンターと……待合席がいくつか置いてある。フローリングの床にはやはり埃一つ見受けられず、今日も店主の少女の掃除は完璧なようだった。


「あ、おかえりなさい!」


「ただいま戻りました……」


 オルガニアの探知結果の報告を待っていると、不意に奥の扉が開き、箒とちりとりを持った少女が現れた。

 店主の少女はいつものように屈託の無い笑顔で俺を出迎えてくれる。


 彼女のふわふわの髪の毛からは一房の髪がぴょこんと癖っ毛になっており、何かするたびに右へ左へと揺れているのが見てて面白い。


『アレだな』


 はて、この宿屋に神器らしき物はあっただろうか……と考えかけたところで、オルガニアが突如反応して声を上げた。

 アレ、とはどれのことだろうか。


『あの小娘の持つ箒とちりとりだ。まあまあでかい魔力を宿している』


「え、えぇええ!?」


「ひゃっ! ど、どうされましたか!?」


「あ、ああいや、何でも……」


 いきなりの大声量にビクッと肩を震わせた少女に俺は愛想笑いで誤魔化す。

 意図せずして派手なリアクションをしてしまったが、ともあれここでオルガニアと話すのはマズい。

 不思議そうな少女の視線から逃げるようにして駆け足で部屋へと戻った。


 そして扉を閉めるや否や、焦燥を隠す気もなくすぐにオルガニアに問い詰める。


「ど、どういう事だよオルガニア。箒とちりとりって神器になるのか!?」


『それは我の知るところでは無いが……あの二つの掃除用具に魔力が込められていたのは確かだ。専用神器(アーティファクト)とやらほどではなかったが』


「なんてこった……」


 近場で見つかるとはなんたる豪運、と喜ぶべきなのだろうが、決して手放しで喜べない。

 またしても持ち主のいる神器だからだ。

 驚きはしたが、仕方がない。今回のは見なかった事にして諦めるとしよう。


『さて、ではいただきにいくぞ』


 しかしちんちくりん魔王様は諦めていないようで早速ポンコツを作りに行きたいと言い出した。

 お願いだからやめてくれ。きっとアレはあの少女には必要不可欠なものに違いない。というか何故この宿屋の掃除があの子1人で行われているのかという謎がなんとなく解けた。

 なにより神器がいきなりただの道具に成り下がって泣く彼女を俺は見たくない。というか自責の念でいっぱいになって俺はこの宿屋にもう泊まれなくなる。


『問題ない。我が魔力を喰った証拠は残らないからな。事故として処理すれば……』


「俺の良心がズッタズタになるんだよ、このお馬鹿!」


『なに、ちょっとだけ。ちょっとだけだ。一瞬で終わる』


「分かった、待て、早まるな。俺があの子に交渉して神器を譲ってもらうから。それまで待ってくれ。な? 頼む待っててくれマジでお願いします」


 やる気満々に目をギラつかせるオルガニアを必死に宥めて引き止める。


 その真摯な気持ちが伝わったのか、オルガニアは暫く押し黙った後、仕方がないなと折れてくれた。

 よかった。また犠牲者を出してしまった日には俺が良心の呵責で首を括ることは不可避だっただろう。


『そこまで言うならば、しっかりとあの小娘から神器をふんだくってこい。殺しても構わんぞ』


「勘弁してくれ……まぁ頑張るけどさ」


 とんだ地雷を踏んでしまったと俺は頭を抱えて辟易する。

 こうなっては仕方がないが、果たして俺はあの少女から神器を譲り受ける事ができるのか。


 それにしても、最近の俺は仕方がないという言葉を良く使うようになった気がする。なんとも悲しいことだ。


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