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第3章「聖職者VSチート魔王」

 

「はぁぁあああ……!!」


 ろうそくの火が立ち並ぶ薄らくらい不気味な部屋にて。神々しい光の粒子が見るからに熟練、といった風態の男神官から溢れてくる。

 なにやら途轍もない力を感じるが、果たして。


「ハァッ!!」


『千年修行してから出直してこい。次』


「あばばばばばばばばッ!?」


 俺の頭に手を乗せて力を放った神官は俺の中の魔王によって逆にその精神を蝕まれ、身体を痙攣させてからドサリという音をたてて床に伏した。


 さて、こうして気を失った聖職者達がこれでもう何人目になっただろうか。

 俺の周りには涎を垂らして白目をむいている神官達がゴロゴロと折り重なるようにして倒れていた。

 正に死屍累々。これは子供にはちょっとお見せできない光景である。


 俺をこの浄化部屋と呼ばれる簡素な小部屋に連れてきた最初にお祓いをしてくれたシスターさんに至っては部屋の隅で顔面を蒼白にしながら小動物のようにガタガタと震えていた。ともすれば泣きが入りそうだ。


「あのさぁ……お前もうちょい手加減しないの?」


 数々の聖職者達を千切っては投げを繰り返し、退屈そうに欠伸をしているオルガニアに俺は諌めるような言葉を投げかける。


『している。こやつらが小物過ぎるだけだ。というか緻密な硝子細工を作るような高度の魔力調整をしている我を少しは讃えてもいいのだぞ』


 しかしオルガニアは困ったように不平を溢す。姿は見えはしないが、なんだか口を尖らせているような気がした。


 それにしても熟練の聖職者をまとめて小物扱いとは、こいつの規格外さがよく分かる。

 チートかこいつ。チート魔王。

 加減してもこの有様だという事実に辟易していると、不意に浄化部屋の扉が開けられ、白髪を携えた老人が入ってきた。


「こりゃあ一体……なんの騒ぎですかな?」


「あ……だ、大神官様っ! おかえりになられていたんですね!」


 大神官、という名を聞いて、俺の耳がピクリと動く。

 扉の方を向くと、かなり細身の老人が顎髭を弄りながら立っていた。

 真打登場、というにはあまりにも迫力のない登場の仕方だが、シスターさんはまるで女神でも見たかのように目を輝かせて涙を浮かべながら大神官に縋り付いている。


 この人が、大神官レスト。ソルデにおいて最も魔力を持つ勇者……もとい大神官。

 見た目はただの老人。覇気や威厳を感じさせるわけではなく、デコピンしたら死んでしまいそうなほどに弱々しく感じる。

 というか小刻みに震えてる。大丈夫なのだろうかこの人。できれば今直ぐベッドで寝ててほしい程に危なっかしいんだけども。


「ほほう、呪いを祓えない、と……。はて、この教会にいる者たちは皆一様に手練れではあるはずですが……はてはて」


 俺が観察している間にシスターさんが状況を説明してくれていたようで、大神官レストは俺の頭に手を乗せる。

 ……そして。


「あぁー。こりゃ無理ですな。諦めてくだされ」


「は、はぁ!?」


 即座に白旗を振った。

 予想外の言葉に俺も見ていたシスターさんも口をあんぐりと開ける。


「はぁて……これほどの強い魔力。わたしは感じた事がないですな。およそこの世の物とは思えない。よって、無理です。お力になれず申し訳ない」


 戦いを挑む前から完全に逃げ腰の大神官。その選択はもしかしたら正しいのかもしれないが、些か釈然としないものがある。


『その勘の良さは認めよう。だが我はお前の持つという神器が必要なのだ。逃げてもらっては困るな。女神の下僕よ』


 その瞬間、大神官の細められた目が少しだけ開いた。


「……ほほう。御仁は女神様のお力を求めているのですかな?」


 喧嘩を売りに行ったオルガニアの挑発的な物言いに大神官レストは少しだけ語調を強める。

 一瞬それを当たり前のように聞き流しかけるが、ちょっと待った。


「オルガニアの言葉が聴こえるのか!?」


「オルガニア……それがその者の名ですかな? しかし女神様を侮辱するその言葉はいただけない。女神様は人を下僕などとは考えてはおられない」


『女神がどのような考えであるなど知った事か。我から見ればお前達は立派な女神の下僕そのもの。お前は一体何年その現実から目を背けてきた?』


 分かりやすい挑発。乗れば負けると分かってはいても大神官レストは敬虔な修道士だ。

 オルガニアの思惑通りに場の雰囲気はヒートアップしていき、両者の間に火花が散る。俺に向かって謎の会話をする大神官を見て、まるで状況を理解できないシスターさんは高まっていく大神官レストの魔力におろおろとしながら俺に助けを求めるように涙目を向けてきているが……正直俺に助けを求められても困る。


 そもそもオルガニアを宥める事などできっこない。こうなる事はなんとなく分かってたし、大神官様にはこの際是非ともオルガニアと全力で戦っていただきたい。そして願わくば、この魔王からの束縛から俺を解放してほしい。


「なるほど。そこまで言われてしまっては、女神様の名にかけて引くわけには参りませんなぁ」


『最初からそうしろ。そしてとっとと神器を寄越せ』


「……後悔なされるな、異界の王よ」


 大神官レストがそう呟いた、次の瞬間。


 爆発にも似た轟音と共に目を開けていられないほどの眩い光が部屋を支配する。

 大神官レストが、女神から賜った専用神器(アーティファクト)を引き抜いたのだ。


「どぉうわあああああ!!?」


「きゃっ!」


 実際に吹き飛ばされたわけではないが、そのあまりの迫力に俺もシスターさんも揃って尻餅をつく。

 徐々に光が落ち着いていき視界が鮮明になると、大神官レストの持つ専用神器(アーティファクト)の姿が露わになった。

 錫杖のようなその神器は淡い黄金の粒子を振りまき、一振りするごとにその軌跡には光が奔る。


 ――これが、本物の勇者。


 勇者の力を正しく振るうものが持つ神器というのがここまでの輝きを放つとは知らなかった。というか俺のと違いすぎてこれはヘコむ。


「あ、あれ? というかこれ俺大丈夫? 消し飛んだりしない?」


「心配なされるな。人の身には影響は出ませんぞ」


 先程の弱々しいイメージから一転。溢れる魔力が気流を荒らし、大神官レストの髭や髪の毛がさながら獅子のたてがみのように猛り、広がる。

 これなら本当に魔王を祓う事ができるのでは無いだろうか。

 俺の胸に期待が芽生えてきた……が。


『――粉の長は所詮、粒か』


 オルガニアは、依然としてその冷め切った態度を崩さなかった。

 それどころか、どこか落胆しているような気さえする。


「参りますぞ。……キィェエエエエエエイ!!」


 大神官レストは雄叫びと共に輝く錫杖を振り上げ、地面に突き立てる。

 錫杖より放たれる光の魔力は大神官レストの右掌に集まり、その輝きは太陽を彷彿とさせる程に強大なものだった。

 当然目を開けていられるはずもなく、俺は身体を強張らせてぎゅっと目を瞑る。


 大神官レストの掌が、俺の頭に触れたような、気がした。


 そしてそれと同時に――俺の中にいる少女の姿をした魔王が、フッと、笑った。


『――浅薄』


 刹那。


 ――今まで輝いていた光の全てが甲高い金属音を伴って弾け飛んだ。

 俺に手をかざしていたレストの放っていた光も、錫杖から溢れていた光も、何もなかったかのように。


 しばし訪れる無音の世界。

 誰もが口を開かなかった。


『話にならんな』


 しかしオルガニアは、いつもの調子で欠伸をしながらそう言うのだった。

 大神官レストは何も言わずに俺から手を離し、ふーっと息を吐く。


「いやはや……完敗ですな」


「……ダメ、でしたか」


 肩を落とす大神官を見て、俺も脱力する。少しだけ、期待していたのだが……最初に大神官レストが言った通りやはり無理だったようだ。


「……しかし、それ程の力を持つ存在を内に宿して異常がないとは……貴方も、中々に変わり者ですなぁ」


「え、そ、そうですかね?」


 寝てる間に取り憑かれたから良く分からないが、過ぎた力を手にしたら普通はどうなってしまうのだろう。

 ……まあ、確かに今の俺に異常はないし、深く気にするほどのことでもないか。


「申し訳ありませんが、我々では力不足……。どうか貴方様にセイクリア様のご加護があらんことを」


 結局、お祓いは成功せず、俺は大神官レストと、ついでにシスターさんにお礼を言ってから教会を後にすることにした。

 以前オルガニアの言っていた事が正しいのならば、オルガニアに残っている力というのは殆ど無い……。それほどまでに弱っているとの事だったが、こいつが万全の状態になったら果たしてどうなってしまうのだろうか。

 世界を滅ぼすとかは簡単……とか言いそうだ。


 ちなみに大神官レストの持っていた専用神器(アーティファクト)についてだが。


『余すことなく魔力をいただいた。あれはもうただの棒切れだ』


 とのことだ。女神を信仰している聖職者からしたら女神の力が込められた神器をただの杖にされるというのは耐え難い事だろう。……俺は、あそこに行かない方がよかったのではないだろうか。

 言い知れぬ罪悪感に苛まれる帰路で、俺はオルガニアに食わせる神器は今後絶対持ち主の居ない物にしようと硬く決意したのであった。


「……それでもまだ魔力は戻らないのか?」


『うむ、まだだ。あれがあと30本でもあれば少しは戻るだろうが』


「それでも少しかいな……どうなってんだ……」


 こいつの胃袋のデカさにはほとほと呆れる。俺は良く食べる女子は嫌いではないが、こいつは明らかにやり過ぎだ。


「……そういえば、大神官さんの魔力には手をつけなかったのか?」


 心労で痛む胃をさすりながら、素朴な疑問をオルガニアに投げかけてみる。

 いや、決してやれとは言わないが、やってもおかしくはないと思っていた。オルガニアが話題にすら出さないから、できないと勝手に決め付けていたが、どうなのだろう。


『命を持つ者から魔力を奪い盗るには、少し工夫がいる』


「工夫、か」


『そう。殺してから奪い盗るのだ』


「工夫!?」


 断じて違う。それは脳死の暴力だ。

 なんでわざわざそんな事をする必要があるのかと今後の身の安全のためにも俺は聞いておくことにした。

 しかし割と感覚的な物らしく、オルガニアが言うには。


『蓋の開いていない料理をお前はどうやって食べるというのだ?』


 ……そう言われれば確かに食えはしないが。

 だとしたら、やはりオルガニアに与えるのは命を持たない道具限定という事になるか。塵はいくら積もうが塵らしいので、神器クラスの道具に限るが。


 ――ふと空を見れば、もう日が落ちていた。東を見ると僅かに太陽の光が見える。

 ……そろそろ夕食の時間である。

 腹が減ってはなんとやら。嫌な事を考えるのは後回しにして俺は足早に宿屋へと戻るのだった。



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