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第18章「戦う理由は変わりたいが故に」

「……あたしのパパは人間。で、ママは悪魔……まあ、早い話魔物だったわ」


 ゆったりとした速度で地面に下りてきたシルクは静かに語りだす。

 衝撃の事実にすっかり度肝を抜かれてしまった俺もガストも今は黙ってそれを聞くしかない。


 それはまるでおとぎ話のような物語。


 人里に住む優しい魔物は一人の男と出会い、愛し愛され結ばれた。


 いくら人の形をしているとはいえ、この世に魔物を受け入れる人が何人いるだろうか。

 強いて言うならば常に刃物を持って殺人衝動にかられるかもしれない狂人と一緒に暮らすのと同義だ。


「……あたしが十歳の時に、ママは、村の子供に刺されたの。……その時の言葉がなんだか分かる?」


 シルクの声は振るえ、握る拳には力が入っている。続きを聞きたいような、聞かないほうがいいような。

 俺達の返答を待つことなく、話は続いていく。


「お母さんの仇ーって……。その子、魔物に母親殺されてたんだって。それで復讐されたってわけ。ママは何も悪くないのによ? ……そして、そのせいで事件は起こったの」


「事件……?」


「怒りで我を失ったあたしは、村を焼き払ったのよ。全部、ぜーんぶ。村のどこかにいた、パパのことも。友達も……なにもかも」


「……」


 そしてシルクは嫌がる子供のように頭を振り、感情のままに叫んだ。


「思ったわよ! なんであたしは普通の人じゃなかったの……!? 何の罪も無い母親を殺されたあたしの怒りは何処へ持っていけばよかったの!? あたしは、どうやって生きればいいのかって……!」


 魔物と人間の混血、というのはつまるところ人類の敵を意味し、この世界では堕ちた人間の象徴だ。


 セイクリア教が最もメジャーな宗教だという事は覚えているだろうか。

 セイクリア教は女神の敵である魔王……ひいてはその手先である魔物を完璧に敵対視している。

 つまり、その魔物の血を継いだ人間などというのは異教徒どころか化け物扱い。

 セイクリア教はいたる地域に山ほどいるわけで、居場所なんてどこにも無かったことだろう。


 怒りをあらわにしたシルクはしかし、すぐに落ち着いて――黒い笑顔を浮かべていた。


「そしてあたしは魔王様に出会った。その瞬間、あたしは魔物として生きることを決めたのよ」


『…………』


「……?」


 心の中に居るオルガニアが立ち上がったような……気がした。


「だけど魔物としての力はどうしても昔を思い出すから使いたくないのよ。だから障壁魔法を使い始めた。……それ以外できなかったわけだけど」


『……長い』


「へ?」


『敵の身の上話ほど退屈な物はないな。危うく貴重な原初魔法でも使って早送りしようかと考えたくらいだ』


「いやちょっ……オルガニア?」


 緊張感と雰囲気をぶち壊しにかかってきたオルガニアはどうやらシルクの話に微塵も興味が無いようだった。いや、というよりも興味が失せた、といったところか。


『魔物と人間の混血。なるほど女神を信仰するこの世界では生きづらいだろう。だが自らの出生を呪い恨む事は意味のないと知れ』


 聞こえもしないのにオルガニアはシルクに鋭い声色で言葉を刺す。

 これはひょっとして……シルクのことを、叱ろうとしているのだろうか。


『己の過去を、生い立ちを、意味のないものに変えるのは何時でも己である事を知れ』


「あ……」


 オルガニアはシルクに向かって言ったのだと思う。

 だけど俺にはその言葉はとても他人のことだとは思えなかった。


「……己の過去を……」


「…………なんですって?」


 ぽつり、と俺の喉から言葉が漏れてしまい、慌てて口を塞ぐ。

 ……と、止めてしまったが。この感覚は何度目だろう。俺の中にある殻を破ろうと込み上げてくるかのような、熱い衝動だ。

 このまま言い放ってしまおう。俺もシルクには言いたいことがいくつかできた。


「己の過去を意味のないものに変えるのは何時でも己である事を知れ……ってさ。……魔王様(オルガニア)の言葉だよ」


「……!? 何をわけのわからない事を……!」


 シルクには苦しい過去があったのだろう。

 それが理由となって人間に敵対していて、そんな重たい歴史に比べたら俺の過去なんて軽いもんといえてしまうかもしれない。


 しかし何故だろうか。

 俺はこいつに、無性に負けたくない。


「俺だって同じだ。嫌な事ばっかだったよ。だけど……確かに無意味な物には、したくないって、最近思うようになったんだ!」


「……っ。変えられないものなんていくらでもあるのよ……あたしを理解してくれるのは、居場所をくれたのは……魔王様だけ……!」


「ガスト! ……色々思い出すから、五分くれ!」


「……りょぉかい、勇者サマ。飛び切りの打開策頼むぜ」


「『護れ』!! 『護れ』、『護れ』ぇ!!」


 シルクの怒りに詠唱に応えて輝く障壁が三枚立て続けに現れる。前までのとは比べ物にならないほどの大きな規模の攻撃を行うつもりだろう。空に広々と広がっていく純粋な半透明の壁は芸術のような美しさすら感じてしまう。


「俺にゃお前らみたいなワケありな昔話はねぇけどよ。……だが、引こうとは思わないぜ!」


 ガストは背から大剣を引き抜き、空を薙ぐ。


「五分だな、マジで頼むぜアルス! 『在りし力よ、須く虚無となれ』!」


 ガストが魔法の詠唱に入ると同時に俺はもう一度建物の陰に隠れる。

 一度は覚えた物だ。思い出す事は絶対に不可能ではないはず。


『……アルス』


「えっと……って、なんだ?」


 手近にあった小石を引っ付かんで地面にメモを取ろうとしたところで、オルガニアが俺の名を呼ぶ。


『奴が持っているのは我の杖。あれは内に宿す魔力もあるが、魔力を増幅させる力が大きい。まずはアレを奪え。全力で奪え』


「……大丈夫。それもきっとできる」


 失敗するかもしれない不安を頭の脇に追いやり、近くにあった石で地面に傷をつけることでメモを書く。

 そうしている間にも表ではガストとシルクの魔法の応酬が繰り広げられていた。


「『護れ』、『拡がれ』、『霧散せよ』、『穿て』!』


「『守護神よ、迫る脅威を拒絶せよ』っっと!!」


 四つの魔法を同時に連鎖起動(チェインタスク)するシルクに対し、ガストはたった一つ、障壁【フロントガード】で対処する。

 あっという間に砕けてしまう障壁も使いようだ。逃げる時間を作るのにはかなりの仕事をしてくれる。


「ちょこまか動かないでよ……! 『護れ』、『拡――」


「『在りし力よ、須く虚無となれ』!」


 シルクの欠点は連鎖起動(チェインタスク)でなければ攻勢に出れないこと。ガストは防戦に徹したかと思えば詠唱と詠唱の間にある僅かな隙を突いて反撃に転じる。

 阻害【バニシュスペル】は詠唱を強制的に中断させる阻害魔法だ。


「『我が志は折れぬ鉄剣と心得よ』。行くぞオラァ!!」


 続けざまに起動する強化【フィジカルビルド】で身体能力を引き上げ、空を飛ぶシルクの元へと一息で跳躍。そのまま力任せに大剣を振るう。なんとか地面に引き摺り下ろそうという作戦だろうか。

 こうなればシルクの展開していた障壁は防御に使わざるを得なくなり、ガストが流れを引き戻す。


 オルガニアの魔力によって強化された障壁はやはり壊れないものの、攻める意思があるということを相手に示すのはかなり効果的だ。


 数秒も経たず戦況を理解し、相手の魔法に対して有効な魔法を正確に撃つ。

 後手に回っているように見えるが、無駄な動きが一切ない後出しじゃんけんのようなものだ。


 魔法の素人が見ても、ガストは強いと映る事だろう。強化、攻撃、阻害、障壁、回復、操作。とにかく使える魔法の幅がべらぼうに多い。

 俺はよしんば魔法の知識があるため、それを一層強く感じた。


 ガストはこちらに攻撃が来ないようにシルクの詠唱を妨害(バニッシュ)しつつも普段はしないのであろう接近戦も交えて絶え間なく攻め立てている。

 俺はその戦いから視線を外して、自分のやるべき事へと改めて頭を向けた。


「……絶えること無き力の流れは、弱者と強者を隔てる壁也……えーと、次は……いや、これじゃ順番逆だったか……?」


 実に十年ぶりにもなる詠唱で、呪文を思い出すことに苦労する。

 思い出せる場所は疎らで、忘れているところを見つけるたびに脂汗が頬を伝う。

 手を動かし、地面に傷をつけながら呪文をメモして記憶を掘り起こす。


「……静かなる囁きは神の力」


 少し前に聞いたシルクの言葉が俺の中で木霊する。


「……騒然たる叫びは悪魔の力」


 なんで自分を普通の人にしてくれなかったのか。

 シルクはそう言った。

 俺も同意見だ。なんで自分は普通じゃなかったのか。ずっと考えて、悩んでた。


「……汝、弱者の……違う。汝、強者と……ん? どっち先だ……? あれ? ……後につけんの、()とか、()だっけ?」


 そんな中、シルクは魔王に必要とされたのだ。

 必要としてくれる人の為に、恩返しの為に戦っているのだ。


 事情を知っても引く気はないと、ガストは言った。

 どこかで正義の方向性は変わって、考え方が変わって。何が普通だったのかすら分からなくなって、それでも自分を信じて戦わなければやっていけなかったんだ。


 シルクは世界を恨み、自分を恨んでいる。憎んでいる。

 過去を悔いて恨み、人とも魔物とも知れない中途半端な自分を変えるために戦っている。


 そして、自身を認めてくれる人のために戦っている。


「――――……」


 ――アルスさん……無理はしないでください。


 ちょっと前までは弱気であった俺がいて。


 ――飛び切りの打開策頼むぜ、勇者サマ。


 数日前までは戦う覚悟すらなかった俺がいて。


 ――誇れ。その力は、誰もが持つ物ではない。


 王都に来る前までは、変わりたいとも思わなかった俺がいた。



「なぁオルガニア。こんな時だけどさ」


『ん、なんだ?』


「いや、その……ありがとな。お前のおかげで俺は――元気出たよ」


『……。礼は勝ってから言え。ヘタレが』


「そりゃそうだ。まぁ諸々アドバイスのお礼だよ。素直に受け取っとけっての。……ともかくさ」





 ――……今度こそやれるな?





「今は、俺も……誰かの為に、負けられない!」


 小石を放り投げて完成した呪文を再度確認する。


 違和感なく滑らかに唱えることができる。間違いは……ないはず!


「ガスト、できた!!」


「終わったか! んじゃ頼むぜ!」


「なんだか知らないけど……やらせないわよ!」


「させねぇよアホが! 『在りし力よ、須く虚無となれ』! 『紫電伝う空の霞、一条の矢よ、落ちて砕け』! オラァ刺されぇ!!」


 ガストの唱える魔法がシルクの詠唱をキャンセル。阻害してから、魔力を全力で乗せた渾身の【フォールボルト】で即座に追撃する。


 ありがたい。これで俺が詠唱を始める隙は十分にできた。


「やるぞ……『絶えること無き力の流れは弱者と強者を隔てる壁也。静かなる囁きは神の力、騒然たる叫びは悪魔の力……」


 詠唱がものすごく長く感じる。いやまあ実際かなり長いのだけれど。

 言ったはずだが俺は魔力操作がかなり下手糞だ。そのお陰で普通ならば一行で済む程度の詠唱を何倍にもしなければならない。

 とても実戦で使える代物ではないのだが、けれども一言一句間違えるわけにもいかないので慎重に、焦らずにに言葉を紡ぎ続ける。


「なんの魔法……!? ともかく、あんた邪魔しないで!」


「そりゃこっちのセリフだっての……!」


「この……! 『儚く脆い人形を、守る慈愛の隔壁となれ』!!」


「っん、だとぉ!?」


 視線の先ではガストがボール状の障壁の中に包まれ、閉じ込められてしまっている。

 あれは、障壁【スフィア】という魔法だが……上級魔法であるはずだ。

 ここに来て連鎖起動(チェインタスク)を使ってこなかった。シルクの初めてとなる短文以外での詠唱だ。その質と練度は計り知れない。


「くっそ! 開けやがれ!」


 ガストが障壁を叩いて怒鳴り散らしているが、障壁はビクともせずに震えもしない。


「はっ……はぁっ。無理、してるわよ……でも、あんたらなんかに……負けられないのよ……!」


『ふん――――』


「……っ、汝、強者を討たんとするならば、声を聴き、力を求めよ! 汝、弱者を理解せんとするならば、耳を塞ぎ、力を捨てよ!」


 こうなったらもう最後まで行くしか無い。

 動揺を抑えきり、俺は詠唱を続ける。ここで止めてしまっては全てが崩れ、無駄になる。そうなれば本当に勝ち目は無くなるだろう。


「残念だったわね……! 『護れ』『霧散せよ』……『穿て』!!」


 シルクの作り出す障壁の霰が降り注ぐ。

 多少の怪我は承知で俺も詠唱を無理やり続ける覚悟を決めて息を大きく吸い込んだ。


 霰が眼前に迫り、突き刺さろうとした、その時。


『雑ぜる盾嵐の魔法により――巡れ、咆哮!』


 全てを吹き返す突風が爆ぜる。

 驚くべきことに身体から吹き荒れた嵐が文字どおり盾となり、襲いかかる障壁の霰をまとめて押し返した。オルガニアが機転を利かせて俺を守ってくれたのだ。


「きゃっ! な、なに!?」


 まさか詠唱中に全く別の魔法が飛んでくるとは想像もつかなかっただろう。

 盾嵐の魔法は、音すら完璧に遮断する程の豪風を放つ魔法だ。なるほど、これぞ正しく嵐の盾だ。

 土ぼこりを巻き上げ、荒々しく吹く突風は、今の俺にとって全てを完成させるための追い風に他ならない。


 最後のチャンスを得た俺は、オルガニアに心の中でお礼を言ってから呪文を締めくくるために叫んだ。


「汝、両者にならんとするならば――動を棄て、等しき生物として壁の上に立つがいい』!!」


 手を高く、高く上に突き上げ、空を掴まんばかりに掌を広げる。

 長い詠唱を終え、魔法がいよいよ姿を表す。

 淡い灰色の光が俺の手のひらに収束し、膨れ上がっていった。


「っ……! 『護れ』――」


「無駄だ……!! 喰らえ俺の超必殺奥義ぃ!! 封印――ゼロ・フォォォオオオオス!!!」


 そして振り切った右腕から光が拡散し――この瞬間、俺を除いた空間、人間の持つ全ての魔力は……零になる!


「まさか……そんなっきゃああああ!?」


 魔力がゼロになるのだから浮いていられるはずがない。

 シルクはなす術もなく重力に従って地面に叩きつけられる。

 全ての障壁もけたたましい音を鳴らして砕け散った。


 技量によってその効果時間は変わるというが、俺の場合、効果時間は大体八秒。


 八秒というあまりにもお粗末な時間は、俺がシルクの元へ走り、杖を奪った上で喉元に切っ先を突きつけるのには、充分過ぎる時間だった。





 ◆





 ――それは俺がまだ八歳と少し経ったばかりの頃。

 簡単な魔法の教科書に載っていた物の一つもまともに使えなかった俺は、ある時やけくそ気味に親父に買ってもらったクソ難しい魔法の本を読んでいた。


 難しすぎて理解どころか読めもしなかったが、何故かたった一つの魔法だけが理解できた。



 封印【ゼロ・フォース】。



 敵味方無差別に自分以外の魔力使用を一定時間完全に封印する魔法使い殺しの封印魔法。

 要求される魔力量も比較的少なく、難易度がそれ程高いわけでもないのに、上級魔法に認定され、熟練の魔法使いが数百人に一人しか会得できないらしい。……ではそれは何故か?


 曰く、魔法使い界隈でそれは「人を選び過ぎる魔法」。「これを習得するために人生を使ったのが馬鹿らしくなった」。「作った精霊は絶対に性格悪い」。と言わしめる魔法。



 この魔法は、捻くれた精霊が作った(才能ナシだけが使える)上級魔法だったのだ。



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