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第17章「黒幕」

「エミィ、俺、行かなきゃなんだ。……避難用のシェルター、場所、分かるよな」


「アルスさん……っはい。分かります」


「途中まで、一緒に行こう」


「はい……!」


 エミィは涙を拭うと、黙って俺の後ろをついてきてくれた。本当に、俺とは比べ物にならないくらい強い子だ。その健気な姿に後押しされるように、俺も気合をいれなおしたのだった。



 ◆



 エミィをシェルターまで送ってからしばらく。俺はもう何度目かにもなる戦闘を難なく潜り抜けていた。


「てりゃっ!」


 軽い掛け声で奮起しながら剣を振るうと、突進してきたグランウルフは音もなく斬り裂け、消滅し、その命を儚く散らした。


 本当に空気を斬っているような感覚だ。手応えも何もないので返って不気味にすら感じる。


 刃には血もなにも付かない。

 音もなにも発しない。

 ただ触れた所が黒く染まり、無へと帰す。

 無とは黒に見えるのかと疑問に思ったが、光すらもないから人間には黒に見える、とはオルガニアの言葉だ。考えてみたら当然なのかもしれないが、現実味がなさすぎて実感が湧かないというのが正直なところである。

 だが少なくとも、俺が戦えているという事実は変わらない。そのことは素直に嬉しいことだ。


「よし……よし……!」


『噛み締めている場合ではないだろう。敵は更に奥だ。王都の中心か……その辺りだな。でかい魔力だ』


「中心、か」


 シェルターから少し離れた場所でよかった。街では王国の騎士団の姿もちらほら見られたし、もしかしたら事件の黒幕はもう誰かと交戦しているのかもしれない。


「みんな、待ってろよ……!」


 黒塗りの剣の柄をしっかりと握りなおし、もう一度走り出す。恐怖ではなく、今度は疲労で足が震えて肺が酸素を求めているが、休んでいる暇はない。


「お……おい! そこのあんた!」


「え?」


「戦える者か!? 手を貸してくれ!」


 オルガニアの言われた通りに更に王都の広場に近づくと、血だらけの重傷者を背負った騎士が俺に呼びかけてきた。

 男も頭に怪我を負っているようで、鉄仮面が割れて顔の一部が除いている。

 どうやら近くででかい戦いがあったようだ。尋常ならざる状況の二人の下に慌てて駆け寄った。


「だ、大丈夫か!?」


「俺たちの事はいい……! この先の救援に向かってくれ。あの魔女は、化け物だ……!」


「魔女……? 魔王軍の幹部とかか?」


「ああ……自らを魔王軍幹部だと……っ。今は複数人の市民をかばいながら1人の冒険者が戦っている! どうか助太刀を……」


 騎士の男は苦悶の表情で頷いて道の先を見る。オルガニアの魔力探知はビンゴだ。


「わ、わ、分かった。この先だな! ちなみに今戦況はどうなってるんだ? 冒険者と傭兵以外に怪我人は?」


 言い終わる前に俺は慌てて頷いて引き受け、矢継ぎ早に質問を投げる。


「怪我人は多数出てる……が、一般人の死傷者の報告は今の所出ていない……行方不明者はいるかもしれんが……」


「そ、そうか……」


 警戒態勢だったのが功を奏したのだろう。冒険者や傭兵の被害がゼロとはいっていないようだが、一先ずは良かったと胸をなでおろす。


「俺たちは避難所に移動する……どうか、頼む」


「……ああ、分かった。やってみるよ」


 騎士と別れ、俺は全てを終わらせるために前を向く。

 敵の大将を倒せば、それで終わりなはずだ。この剣で叩き切るだけ。たったそれだけの事だ。


「よし、行こう……!」


 しかし、ただそれだけの事がどれほど大変なのか。

 今だ戦いを知らない俺には、全くわからなかった。




 ◆




「え……?」


 まず真っ先に自分の目を疑った。

 必死に目を凝らして、何度も目を瞬かせてはこすって、また見るもそこに映っているものは変わらない。


 空を飛んでいるそいつは、見るからに凶悪そうな禍々しい杖を持ち、悪役らしい黒のローブを羽織っている。

 あんなあからさまな風態では、自分が悪役ですと言っているようなものだ。そして実際それは合っていた。


『あれは……まさか我の錫杖か! あの小娘、一体どこであれを……!?』


 オルガニアが驚愕の声をあげ、歯噛みするが、俺の耳にはそんな声は全然入ってこなかった。


「なぁオルガニア……あれ、なんだよ」


 最初は小さくて見えなかった。それでもなんだか嫌な予感がした。

 近づけば近づくほどにその予感は膨らみ、そして……確信。


『あれは……ヘプタグラム、という我の作り出した錫杖だ。この世界の神器数十本に匹敵する魔力を持ち合わせているが……なるほど、誰が教えたか知らんが転向の魔法が使えたのはアレのおかげだったということか』


「……勘弁しろよ」


 心の底から思う。


 オルガニアの杖を振りかざし、詠唱を行いながら数多の()()()()を展開するその少女は……たった数時間ではあったが、俺が行動を共にした少女ととてもよく似ていた。


「……シルク」


 シルベル=シュレイク。

 俺が最初に森から脱出してからというものずっと、行方を眩ましていた駆け出し冒険者が空に浮いていた。


「シルク!!」


 居ても立っても居られなくなり、シルクの名を叫んで走る。

 空に浮くシルクは駆けつけた俺を一瞥すると、膝をついているこれまた知り合いに笑いかけた。


「あははっ。良かったじゃない。頼もしい援軍が来てくれたわよ?」


「ハッ……なら形勢逆転させてもらうぜ……」


「はっはーん。残念でした。今のあたしに勝てる奴なんかいるわけないわ」


「ガスト! 大丈夫か!?」


 グランウルフを数体相手にしても怪我すら負わなかったガストが腕や足から血を流して苦しげに呼吸している。だが深手は負っていないようだ。派手に傷ついてはいるものの、出血はそれほどでもない。

 空でほくそ笑んでいるシルクの笑みはいつか見たような気もするが、その空気感は全く違う。


 他にも数人が不安げにこちらの様子を伺ったり祈りを捧げたりしている。

 あれらは全員逃げ遅れた人たち…ということか。恐らくシルクは単独で転向の魔法を使い、王都の中心に飛び込んで来たのだろう。


「アルス、来てくれてサンキューな……ワリィ、正直きつかった」


「いや、その前にこれどういう事だよ! なんでシルクが……」


「にっぶいわねーあんた。あたしがこうして悪人ヅラしているだけで気づきなさいよ!」


 空からシルクが誇らしげに胸を張る。

 そして渾身のドヤ顔を決めながら、高らかに名乗り上げた。


「あたしの名は、シルベル=シュレイク! 魔王軍防衛隊隊長! 幹部よ幹部! ふふん、恐れ慄き跪きなさーい!」


「調子にのる性格は素なのか……にしても、やっぱり魔王軍の幹部……! 全然そんな風に見えなかった……」


「そりゃ、あたしのパーフェクトな演技の力よ。潜入捜査の時はガストのおかげで街の構造がよく分かったし、森ではあんたを使って転向の魔法の練習ができたし。まぁちょっとトチってあたしも襲われかける誤算はあったけど概ね完璧よ!」


 シルクは大層嬉しそうに空中で飛び跳ね、ガストは舌打ちをしてそれを睨みつける。


「あたしの目的はこの町の偵察だけど……どうせだったら派手にかましてやりたかったのよねー。あたしの障壁魔法とこの杖を持ってすればこの辺を隔離することなんて思いのままなんだから! ……後の邪魔はあんた達……粗方危険分子は片付けて、早く援軍呼ばないといけないのよ」


 シルクが錫杖をこちらに向けて、口を開く。詠唱をするつもりだ。まずい、シルクは恐らく障壁魔法の使い方を熟知している。

 それにもしかしたら障壁魔法しか使えないなんてことが嘘の可能性も……!


「『護れ』『拡がれ』……『穿て』!」


「あ、そこは本当なのか!?」


 やっぱり障壁しかやってこない!

 一番嘘っぽいところが本当だった事に驚くが、それどころではない。

 巨大な障壁が高速でこちらに突進してきている。三つの魔法を極限まで切り詰めた詠唱で連続発動。魔法の応用技術でもあるこの技術の名は、連鎖起動(チェインタスク)


 まさに熟練の技と言わざるを得ない見事な魔力操作だ。

 しかし、俺もさっきまでの俺と思ってもらっては困る。


「そうだ、今日の俺は、もう――逃げない!」


「潰れて消えなさい!!」


「チッ……避けろ、アルス……!?」


 俺は右手に握りしめた黒塗りの刃を構える。


「うぉおおおおおおお!!」


 迫る巨大な障壁を迎え撃ち……波動の魔法によって触れた範囲を無へと帰す。

 真っ二つになった障壁はそのまま左右に別れ、勢いを無くして消え去った。


「ぶふっえええええーーー!?!?」


 いきなり自分の魔法を消し去られた事でシルクが吹き出して目を見開く。


「ちょっ!? ちょっと待ちなさい何よそれ!? なんなのよその……呪物は!! 禍々しすぎるでしょう!? あんた何!? 魔王様!? あんた一体……何者なのよ!!」


「お、おいアルス……お前そりゃあ……」


「……俺は」


 シルクやガストの驚きも当然のことだろう。俺が使っているのは正に未知の力を。誰一人として見たことがないのだから。


 俺は二人の怪訝そうな声を無視して、真黒の切っ先をシルクへと突きつける。

 そして、震える声を今度こそ完璧に制し、力強く言い放ってみせた。


「俺は、アルス! 勇者、アルス=フォートカスだ!!」


「勇者……嘘でしょ、勇者って……なんだったっけ……!?」


「すまん、俺もそれは疑問に思わざるをえねぇ」


 なるほど、勇者というのは女神の光の力を色濃く持っている存在だ。

 もちろん俺にそんなものはない。今の俺にある力は……異世界の魔王の力。それだけだ。


 だがそれがどうした。光の力を使わないと勇者として認められないなんて法律は聞いた事がないし、そもそも存在しない。


 どんな力を使おうとも|女神に認められた《アーティファクト持ちの》俺は勇者。お前達(魔王軍)の敵だ。


「くっ……! 嘘をついてたのはお互い様ってところね。いいわ! あたしの障壁魔法の真骨頂、見せてあげる!」


『向こうも本腰を入れてくるようだな。アルス、油断するな。あいつが持っているのは我の錫杖。強さは先の獣共の比ではないぞ』


「ああ、分かってる……やってやるさ!」


「『護れ』! 『霧散せよ』! 『穿て』!」


 素早い三つの詠唱が終わるや否や、無数の粒状へと化した障壁が(あられ)のように降り注ぐ。これでは先ほどのように全部を消滅させることはできない……!


「アルス、こっちこい!!」


「ぐえっ!?」


 覚悟を決めて横っとびに逃げようかと思ったところでガストに首根っこをつかまれて引っ張られた。

 人外の力で引き寄せられ、俺とガストは障壁の雨の範囲外に出る。

 そして遅れて俺達が立っていた地面に障壁の雨が降り注ぎ、地面の石畳をまとめて砕いた。


 そのまま引きずられるようになりながら建物の影へと一旦身を隠す。


「障壁【フロントガード】を【マルチバリア】でバラして、仕上げに【フックロック】でこっちに突っ込ませる……あの野郎、魔法のチョイスが普通にうめぇ。んでもっとバカみてえに威力があるな……クソ」


 ガストは冷静にシルクの使った魔法を分析して突破口を見つけようとしている。

 今挙がった三つの魔法は全て障壁魔法だ。いや、厳密に言えば障壁を作り出すのは障壁【フロントガード】だけだが、何も障壁を張るだけが障壁魔法ではない。


 拡散【マルチバリア】は障壁のサイズと数を変える魔法だし、固定【フックロック】はいつかシルクが崖で使った時のように障壁を勢いよくぶつけて引っ掛けることで固定する魔法だ。


 確かにその三つを同時に連鎖起動(チェインタスク)すれば先ほどのような障壁の霰を降らす事が理論上は可能ではある。

 規模も威力も、オルガニアの世界の魔力を使うことで更に強化されているようだし、とてもではないが真っ向勝負で競り勝つことは不可能だろう。


 まぁ、そもそもシルクのように詠唱を何文字かで済ますことは普通はできない。その時点で最初は不審に思ったが、あの時もっと言及していれば良かったと思うのは後の祭りだ。


「くそ……障壁魔法を攻撃に使われると明確な対抗手段がねぇ……反射できないのが辛いな……」


「ガスト、何か封印系の魔法を使えたりはするか?」


「ねぇよ、そんな高等魔法。正直、ガチであいつと俺は戦闘の相性が悪すぎる」


 ガストがお手上げとばかりに手を挙げるが、諦めてはいないようだ。俺も必死に頭を巡らせる。


 確かに中堅の魔法を使って攻め立てるガストは障壁を破る程の火力が出ない。

 それどころか防がれた挙句障壁がそのまま反撃に使われるのだ。

 どう足掻いても後手に回るし、そもそも攻撃をさせてくれなくなる。

 シルクは正しく魔法使い殺し、といったところだろう。


「ん……魔法使い殺し……?」


 不意に浮かんだ言葉がヒントになって、俺の中で一つの選択肢が浮上する。

 しかしそれをガストに伝える前に何かが空を切る音が聞こえてきてしまった。


「やっぱインファイトしか……って、あぶねぇ!!」


「へ? あぎゃあああああっ!!?」


 容赦なく一斉に霰が降り注ぐ。

 俺たちは必死に走ることでそれをまたしても回避した。

 障壁が降り注いだ場所の地面はへこみ、抉れている。人の頭にあんなものが当たった日には、即死は免れないだろう。


「何かしてくるのかと思ったら……長くない? ミーティングタイム」


「うっせぇ! ちょっと待て! 五分寄越せ!!」


「はっはーん! やーなこった!」


 舌先を出して小馬鹿にしてくるシルクにいよいよ痺れを切らしたガストはでかい青筋を浮かべて大剣を引き抜いた。ズシンと重苦しい音を鳴らして大剣の切っ先が地面に刺さる。


「アルス。俺が魔法詠唱するから、間髪入れずに突っ込んで障壁をぶった切ってくれ」


「え!? あ、お、おう。任せろ!」


 突然任務を任されて戸惑ったが俺はすぐに剣を構える。

 数秒、状況は緊迫し……そして動き出す。


「『高き炎熱よ、猛虎の嘶きと共に吹き荒れよ』!」


「ぉおおおおおお!!」


 ガストの詠唱が始まると同時に俺もシルクに向かって突進する。


「……ふんっ。『弾け』」


 が、シルクは俺の剣が届かない高度まで浮き上がると一拍遅れて詠唱したにも関わらず爆速詠唱でガストの炎の波を防ぎ……あまつさえそのまま反射される。


「どわぁあああっちちちちちぃ!!」


『ちっ。冷皮の魔法。湧き立つ血肉は銀の冷気を身に纏う』


「つめってぇええええ!!」


「悪りぃアルス! 大丈夫か!?」


 燃やされた直後に冷やされて感覚がおかしくなったが、火だるまになる事は回避された。

 大丈夫、と手を上げるが、盛大に咳き込んだ。


「飛ぶとか反則だろ!」


「ルールがあるわけないでしょ、バーカ!」


 俺の抗議の声もあえなく切り捨てられる。流石は魔王の手先。なんとも無情なことだ。まぁ魔王の手先的な意味では今の俺も大差ないわけだが。


「クソッタレ、魔族なのか人間なのかどっちかはっきりしろっての……!」


 空に浮かぶシルクを睨みつけながらガストが憎々しげに悪態を吐く。

 人間なのに魔族側に加担しているから、という意味だろうか。


「……ふん、どっちかはっきりしてたら、あたしだってもうちょっと素直に育ってたわよ」


「……あぁ?」


 シルクは顔を伏せて吐き捨てる。

 ガストの負け惜しみならぬ嫌味がなにかの琴線に触れたのか、その表情は読めないが声色はなにやら悲しげだ。


「不思議かしら? 人間が魔王軍にいることが。でも珍しくないわよ。幹部の殆どは人間だしね」


「……」


「あたしは……」


 何かを言いよどんで、迷って、そして、言葉を続けた。


「……あたしはね、魔物と人間の混血なのよ」


「は……?」


『……ほう』


 魔物と人間の混血。

 聞いた途端俺とガストは驚き、オルガニアが目を細めたような気がした。


 魔物と人間の混血。

 聞いただけではあり得るように聞こえるが、俺の世界ではそれはある事を意味する。


 かくして、少女の過去は語られる。

 世界を、運命を、人間を恨むようになった、血の記憶が。


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