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第11章「世界最大のインチキをもってして」

「出来るだけ大きくて……って、あたしのじゃどうせどんなに硬くしても壊れちゃうわ!」


「いいんだよ。大きいってのが大事なところだ。相手の勢いを利用して無理やり……」


 走りながらではうまく頭が回らないが、なるべく簡潔に作戦を伝える。

 先手を打って走り出したが、グランウルフとの距離はそれ程離れていない。

 チャンスは一回、ミスったら死ぬ。

 こればかりはシルクの魔法センスを信じるしかない。


 人間が使う魔法というのは、便利だがかなり面倒臭い面がある。

 そもそも人間は魔力を操れるが人間自身が魔法を使えるわけではなく、人間は集めた魔力に寄ってくる精霊と呼ばれる生物たちの力を借りているのだ。


 魔法使いは元来、精霊と定期的な魔力の供給を約束して契約し、詠唱によって魔力を操作することでようやく精霊の魔法を借りる事ができるようになる。

 魔力の操作が上手く、すぐに精霊を沢山集める事ができるなら、詠唱は短くても構わない。理論上は1文字でもできると言われている。


 シルクがどの程度の障壁魔法を使ったのかは不明だが、彼女は詠唱を『護れ』の三文字だけでやってのけた。魔力の操作技術はずば抜けてるはずだ。


「……来る!」


 後ろを確認すると、グランウルフは予想通りの超スピードですぐそこまで迫っていた。追いつかれ、噛みつかれるまで数秒といったところか。


「……今だ!」


「んっ! 『護れ』――!!」


 減速などは考えずに、俺たちを追っているグランウルフの眼前に不可視の壁が出現する。

 ただし、それは面を向かい合わせ、壁として使うのではなく――。


「いっけぇええええ!」


 叫びで勢いをつけるように、質量をもった魔力の()はグランウルフに衝突し、鈍い音を響かせる。障壁の形を変え、できるだけ太く、できるだけ大きな槌は全速力で走るウルフとぶつかり合うと、衝撃に耐え切れずにぐしゃぐしゃに砕け散った。しかし、重たい物に全力でぶつかったのだから、ダメージは少なからず通っているはずだ。


 魔法は想像力と発想力さえあれば無尽蔵に姿を変える。その中でも障壁魔法は随一の創作性を誇るといわれているのだ。

 グランウルフは見えない何かに弾かれる事となったが、唐突すぎる衝撃からすぐさま立ち直ると苛立ったように猛り、吼えた。


「でもまたすぐに来るわ!」


「や……やる事は同じだ。あいつは直線的に追いかけることしかしてこない。ともかく上手くいって良かった!」


 障壁魔法は使い方によっては攻撃魔法にも変化する。

 元々戦争に運用する為の攻防一体の()()()()として発案されたのだから。


「森の出口……滅茶苦茶に走っててどうにかなるものなのか……?」


「どうにかなりそう! ほら、見て!」


 何度かグランウルフをシルクの障壁魔法で足止めし、真っ直ぐに走り回っていると今まで木しかなかった視界には、一筋の光が見えていた。


「ほ、本当にどうなってんだこの森は……!?」


 あれが本当に街道に続いているのかどうかも疑わしいが、ようやくツキが回ってきたのだ。もう信じて走り抜けるしかない。

 グランウルフは何度目かの妨害でかなり引き放せている。


 木々の間から漏れ出る光との距離は徐々に近づいてきて、そして――。


「よっしゃぁ、抜けたぁあああああ!!」


 鋭い木の葉が皮膚を切るのも無視して勢いよく外へ飛び出す。

 しかし安心は出来ない。更に森から離れなければと、次の一歩を踏み出そうとして……。


「あぁぁぁぁ……あ?」


「へっ?」


 踏み出そうとして、足が空を蹴る。



 ――俺達は、森を勢い良く抜け出し、崖へと飛び出していた。

 暫し存在を忘れ仕事をしていなかった重力が、それを認識した瞬間に動き出す。


 結果。

 身体を反転させて崖に掴まる事も出来ず、落下は免れない。


「ぎぃやぁああああああ!?!?」


「きゃぁああああわわわわわっ! えと、えとえと『護れ』! 『拡がれ』っ! 『穿て』ぇぇぇ!!」


「ぁああああああ――うぐぉっ!?」


 奈落の底へ一直線、というところで杖を半狂乱で振り回しながら矢継ぎ早に繰り出されたシルクの障壁魔法が完成する。


 崖の岩肌に人が二人乗れるほど拡大した障壁が垂直に突き刺さり、俺達はその障壁に激突するように着地した。衝撃で急造の地面が激しく揺れるが、壊れていない。……助かったのだ。


「あ、ありが……ありがとな……」


「ど、どど、どういたしまして……」


 再び訪れた死の恐怖に震えながら息を整える。

 透明な障壁越しに下を見ると、山から流れてくる一筋の川が見えた。

 高低差がそれなりにある。頭から落ちれば確実に死ぬレベルだ。


『ふぁ……ぁぁ……っんぅ……。ああ、良く寝た。……ん? アルス、お前は今どこに居るのだ?』


「お、起きたのか……」


 息が整った辺りで今の今まで眠りこけていたオルガニアが可愛らしい欠伸と共に起床する。

 唐突な視界の切り替わりに、オルガニアは状況を飲み込めていないようだったが、説明するとなると長くなる。

 まあ、簡単に説明すると無事に逃げ切れた、といったところだ。そう説明してやると、オルガニアは「ふむ」と頷いてから、俺に確認するように訊いてきた。


『森には本来生息していない魔物がいて、道が滅茶苦茶になっていた……そうだな?』


「……そうだな」


『……』


「なんだよ、誰がそんな悪趣味な事したとか、分かるのか?」


『いや。まぁ、そのな……』


 なんだ、妙に歯切れが悪い。

 今までかなりはっきり物を言うオルガニアにしては珍しい事に只ならぬ不安と不審感を抱き、次の言葉を待とうとしたところで、俺はハッと我に返った。


 隣にはシルクがいるのに普通にオルガニアと会話をしたのはマズかったかと、何度目かになる失敗に自分を叱責しながら横を見やる。

 が、俺の予想に反して、シルクにこちらを訝しむ様子はない。


 というか、最初に見た時のようにうつぶせになって何やら呪詛のように呟いている。


「疲れた……こんなに魔法使ったの久しぶりだし、もう無理ぃ……うぇぇぇぇ」


「……やれやれ」


 オルガニアとの会話が聞かれない事に安堵しつつ、俺は泣きじゃくるシルクから目線を外して上の方を見る。


 崖から地上までは人二人分ほど。幸いにして深く落ちる前にシルクが行動してくれたようだ。

 ただ、ロッククライミングなどをした事がない俺がコレを登れるかどうかは別の話である。


「……って、あれ。あれって、街道までの道か?」


 グランウルフがまだ近くにいないかを探りつつ辺りの景色を見ていると、見覚えのある景色が崖の反対側に見えた。


『……まるで切り離されたかのようだな』


 オルガニアが呟く。

 その表現は言い得て妙だ。街道への道だけが崖で断絶されていて、森が隔離されている。

 誰の目から見ても異常な情景だった。


「あそこに渡ればなんとか……帰れそうだな」


 活路が見えた事で胸の不安が少しだけ薄れる。

 そしてどうやらそれは俺だけではなかったようだ。


「いやった、ふっっかーーっつ!! 出口が見えたのね!? はっはーん! 流石私ね! ナイス強運!」


 先程まで項垂れていたシルクがまたしても蘇り自らを鼓舞するように叫ぶ。本当に浮き沈みの激しい奴だ。


「さっ、とっととあそこ登っちゃいましょう。今から気合で障壁なんとか広げるからこんな所からは……」


「……? どした?」


「…………」


 歓喜にも似た光を爛々と漲らせていたシルクの目からその光がフッと消える。

 そして硬直させた表情は徐々に暗くなり、沈黙してしまった。

 シルクは何かに取り憑かれたかのようにその場で硬直してしまっていた。


『……死んだか?』


「いや、だから死んでねぇって。なぁ、シルクどうしたんだよ」


 執拗にシルクを殺しに来てるオルガニアに軽く突っ込みを入れ、俺は覗き込むようにシルクを見る。


「……あいつが、まだ森にいるのかも」


 シルクは、口を殆ど動かさずにそう言った。

 そういえば、シルクは仲間がいるという発言をしていた。逸れたのなら森に仲間が取り残されている可能性は十分にある。

 さっきまでは逃げる事に必死だったが、落ち着いた事でそれを思い出したのだろう。


「確かにそうかもだが……戻っても……」


「……そうね。私が行ったところで、どうせ殺されちゃうでしょうね」


 沈痛な面持ちで肩を落とすシルクに俺は何も言うことができない。

 ここで俺にちゃんと勇者としての力があったのならば救出を提案したのだろうが、それも叶わない話だ。


 暫く沈黙を保っていたシルクの震える口が、ゆっくりと開かれた。


「…………。私」


「ん?」


「私、戻る。あいつを探しに行くわ」


「えちょっ……ま、マジでか」


 恐怖に震えながらも確かな決意を感じさせるシルクの言葉に俺は耳を疑った。

 シルクは今さっき味わったばかりの恐怖を押しのけてまでも仲間を救おうというのか。その仲間って奴はそれほどまでにシルクにとって大切な人物なのだろうか。


「……怖いけど、放っておけないわ。障壁魔法をもっと拡大して向こう岸に渡すから、あんたは先に行ってて」


「…………」


 これほど迄に真剣な彼女を、俺は止める言葉を持たなかった。


 ――というか、止める必要もなかった。


「さぁ……私に構わずいきなさい」


「いや、うん。取り敢えず立ってから言ってくれ」


 身体を小刻みに震わせたシルクは、なんとそのまま事切れるかのように倒れてしまっていた。

 格好つけるのも勇気を振り絞るのも構わないんだが、やるならしっかりやってくれ。

 というのは酷だろうか。……やはり色々と限界のようだ。


「あー、あのさ。悪いこと言わないから一回戻ろうぜ。ギルドに報告して捜索隊を出してもらったほうが効率がいいだろ」


「……うぅ」


 自分で提案をしておいてなんだが、なんとも望み薄な提案だ。

 活動期でギルドは忙しいし、不確定要素だらけの森の異変などに割ける人員や戦力などたかがしれている。捜索隊を出してもらえるのは早くて数日後。それでもかなり早い方だ。正直、一週間以上かかると見ていいだろう。


「……でも、でも……」


「でももテロもない。いいから戻れって」


 心を鬼にして頭をガシガシとかきむしり、俺はシルクに肩を貸して立ち上がらせる。

 ぎゅっと瞑ったシルクの目尻には涙がたまっていて、どうしても帰りたがらない。


「ほら……先登ってくれ」


 可哀想だとは思うが、俺は何も言えない。ただ泣きじゃくりながら首を振るシルクを街に帰らせる事しかできない。

 残りの魔力を使い、シルクが障壁魔法を坂のように作り直すことで出口までの道を作る。


「…………」


「さて……じゃあ、また後でな」


 まるで母親から離れた迷子の子供のような沈んだ面持ちのシルクに俺は軽く手を振る。


「って、あんた……どこ行くのよ?」


「いや、実はバックパックどっかに引っ掛けたのか落っことしちゃってな。今から拾いに行くつもりなんだ」


「拾いに……って!」


 そうとだけ告げ、俺はシルクに背を向ける。そして、坂を登り、また森の深部へと足を向ける。


「ちょっ、あんた……特に何もできないんでしょ!? そんなのあんたが死ぬじゃない! ミイラ取りがミイラもいいところよ!」


 シルクは俺が何をしようとしているのかを察して止めようとしてくれているのだろう。だけど俺はシルクに背を向けながら軽く手を上げて別れを告げた。

 俺が振り返る事はもうない。シルクのお陰で逃げ切ることができたのだ。次は俺が頑張る番。


 だがシルクの言い分は最もだ。

 悲しいかな俺は一人では何もできない貧弱人間。


 ……1人では。


「あのさオルガニア」


『……ふん。格好つけるならちゃんと格好つけろか。鏡でも見て言えばどうだ? 足が震えているぞ』


「やかましいわ。声が震えなかっただけ褒めてくれてもいいんだからな?」


『随分と低い基準だ。……で、なんだ』


 俺は、俺の中にいる絶対的超絶チート……魔王に語りかける。

 こんな事を言ってしまえば後戻りはできないが、知らん。恨むなら中途半端に強い俺のくだらない覚悟と度胸を恨め。


「俺、これから神器集めちゃんと頑張るからさ。俺が危なくなったら……その、お願いですから助けてください」


 骨も砕けてあわや死亡、というところまで重傷を負った俺を一瞬で完治させたオルガニアの魔法。きっとその他にも色々と出来るのだろう。

 だが、魔力を使うのが嫌でそれらの使用を渋るのならば、俺はそれ以上の魔力をオルガニアに提供しよう。


『…………。我との契約はそこらの悪魔と比べ物にならん程に達が悪いぞ』


「はははは。デスヨネー……」


 乾いた笑いを上げる俺を、オルガニアは馬鹿にしたように……けれども楽しそうに、鼻で笑い飛ばした。


『良いだろう。代わり、先の約束(ことば)、忘れるな』


「じ、上等……こうなりゃやってやんぜコンチクショウが……!」


 相手が正体不明の力で危害を加えてくるのなら、俺は世界最大のインチキでそれを完膚なきまでに凌駕してみせる。


 こうして勇者な俺の、第二の人助けが始まった!!



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