第12章「異界の魔法とこの世の魔法と」
『我の魔法について軽く触れておこう』
道順の滅茶苦茶になった森を慎重に歩きながら、俺はオルガニアの言葉に耳を傾ける。
オルガニアはまず、俺の世界の魔法とオルガニアの世界の魔法についての違いを説明した。
『我の世界の魔法は、火炎、電撃、冷気の三大元素からなる属性魔法、更には時と空間を操る原初魔法の2つに分けられる。言ってしまえばこれ以外の事はできん。お前達の世界の魔法は魔力を操る事で多くの魔法を作ることができるようだが、我の世界でそれは不可能だ』
「へぇ……。ん? いやでもオルガニアの弱点って水とか言ってなかったか? それだと水属性がないじゃないか」
オルガニアがこの世界に逃げることになった理由がそれだったはずだ。魔法じゃなきゃなんなのだろうか。まさか桶の水をかけられたから負けたなんてことはないだろうし。
『冷気と火炎を同時に使い、かつ混ぜることで水を作る事ができる……ということだ。特定の組み合わせで属性が変わる事がある。属性変化を説明するには我の世界の理と構造が絡んでくるのだが……今それを説明する意味はあるまい』
素朴な疑問だったが、今はどうやらそういう物として扱うしかないようだ。
俺は中腰で生い茂る草に一旦身を隠し、オルガニアに続きを促した。
辺りは静まり返っている。
どうやらグランウルフはこの辺りにはいないようだ。
『先刻、お前にやって見せたのは時を操る原初魔法だ。世の理を操作する術故に負担が大きい。具体的に言うなら時を巻き戻した分の倍、眠ってしまうのだ』
「時を巻き戻した分以上の時間寝る……。ああ、なるほど」
先程、回帰の魔法とやらを使った直後にオルガニアが眠ってしまったのは単に疲れてたわけではなく時を操った代償だったらしい。そして「もう使わん」といったのは眠ってしまうから「もう使えん」という意味だったのだろう。
『原初魔法に至っては我とて使いこなせるわけではない。巻き戻す時間も数分単位で、先の行使でも必要以上に巻き戻してしまったからな』
「そうか……お前にも難しい事ってあるんだなぁ」
『当たり前だろう。我は神ではないのでな』
オルガニアの言う神というのはこっちの世界の神ではなく、オルガニアの世界の神なのだろう。
こいつよりも強い存在がいるというのはとんでもない話だ。異世界に行くなどという奇天烈な事件に巻き込まれる事があった時は間違ってもこいつの世界にだけは行くまい。
『属性魔法ならまだしも原初魔法はとにかく魔力消費もデカくて敵わん。それらをあまり我に使わせるなよ』
「その属性魔法とやらでオルガニアが敵を倒す……とかはできないのか?」
『無理だな。原初魔法で空間を操り我の姿をこの世に顕現させれば不可能ではないが、今の魔力量でそんな芸当はできん』
「ダメか……」
前にも不可能だと言われた提案を再度バッサリと切り捨てられ、落胆する。
人間では逃げられないような早くて強い理不尽な魔物なんてごまんといるのだから、何かしら早めに手を打たないと本当に死ねる。
俺は自身の取った行動を早くも後悔し始めていた。
今からでも諦めて帰ろうかと思うがシルクの障壁魔法でできた橋はとっくに消えてしまっている事だろう。
救助が来るまでの間生き残れるかどうかが非常に不安だ。考えなしの行動というのも考えものである。
『ただ……』
「ん、ただ?」
シルクの仲間を助けた後のことを考えていると、オルガニアが何やら思いついたように口を開いた。
『我の魔力をお前に渡す事はできる。お前が魔法を使えばいいのだ』
「え、いや……無理だけど」
『な、なんだと。お前、我がせっかくしてやった提案を……』
「や、そのさ。俺、魔法ほっとんど使えないんだよ。いや勉強してないとかそういうんじゃなくて。単純にセンスの問題。魔力の操作が本気で下手糞なんだよな」
悲しいかな事実だ。俺は今まで魔法という魔法をまともに使ったことがない。魔力量は人並みだし、勉強も昔それなりにしたし、一応精霊と契約もしてる。してるが、まったく精霊が集まってこないのだ。
「というか、俺が危なくないようにって話なのに俺が戦ったら意味なくないか。それって契約的にどうなんだ?」
『…………』
なさけなさが振り切りそうだが俺の言い分は決して間違ってない。
しかし途端に黙りこくってしまったオルガニアの態度がなんとなく不安になってきた。
ほどなくしてオルガニアが再度口を開く。
『そうだな。契約というならば、お前の言う事は正しい』
「え、え? あ、うん。そうだよ、な」
もしやまた灼熱の衝撃が来るのでは、と目を瞑り身構えていたが、返答は予想外の物だった。
なんだろう、この肩透かしな感じは……。
『すまなかったな。……ならば我の持つ力を余す事なく全力で、最大限使い、この世界を更地に変える程の超・火力で、全てを無に帰してお前を守るとしよう。もちろんその反動でお前は死ぬが、なに、契約通り外敵からはお前を守れる』
「ごめんなさいそれはマジでやめてください魔王様!」
『……ふん』
普通ならリアリティの欠片もないブラックジョークだが、ことオルガニアの言う事となると途端に現実味を帯びる。
顔に土がつくことも顧みずその場で素早く土下座をかまして命乞いを敢行した。
「というかお前……前々から聞きたかったんだけどどうやって更地に……」
『……む』
「……え、どした? やめろよそういう不安感煽る声出すの。いやさ、お前どうやって俺以外の外に干渉を……」
やはり森の異変を知ってからというもののオルガニアの様子がおかしい。こいつはこんなに張り詰めたというか、不安な空気をあからさまに振りまく事はしない。
もっとこう、こういう事件には面倒くさそうに、それでいて楽しそうに振る舞ってるはずだ。
そして何故かどうしても俺の質問に答えてくれない。ひょっとしてできないんじゃなかろうか。
そこを突っ込んだら今度こそ焦がされそうだから聞かないが。
『魔力の流れが変わった。これは……』
「な、な、なんだよ。まさか超ヤバイ魔物がいるとかか?」
『これは、転向の魔法……か? 空間を入れ替える比較的簡単な原初魔法だが、この世界にはそれと酷似した魔法があるのか?』
緊張で張り詰めたようなオルガニアの問いには即答できる。
――そんなもの、無い。
仮にあったとしてもそれは大神官レストくらい熟達した勇者クラスの大魔法使いが十人がかりとかでやっとこさ完成するくらいの超巨大魔法だろう。空間を操るとかオルガニアとのカルチャーギャップに慣れている俺以外が聞いたら飛び上がって驚くような力なのだから。
「ぁぁぁぁぁぁ――!」
「いっ!?」
俺の心に一筋の闇のような不安が差し込んできた所で、突然切り裂くような悲鳴が森の遠くから聞こえてきた。
急な不意打ちを喰らったかのように俺はビクッと肩を竦ませる。
『今の空間操作で何かが起きたな』
「まさか、シルクの仲間か!? なぁオルガニア。どうしたらいいと思う!?」
『知らん、そんなもの自分で考えろ』
「ですよね畜生! 信じたくないけど信じてるからなお前!」
どうするかなどというのは実は俺の中では決まってる。
……とにかくオルガニアの力を信じて捨て身の特攻をするだけだ。
俺はとても覚悟とは言えないやけのような気持ちで声の聞こえた方角に一直線に走り出したのだった。
「わああああああああーーー!!!」
「あ、あいつか!?」
数分走っていると、反対方向から少年が慌ただしく走ってくるのが見える。
……が、相当焦っているようでその様は半狂乱だ。
「ちょっ、ちょっと待て! あんたってシルクの……」
「き、きききき君! 助けてくれ!」
「いや、落ち着け! なぁお前ってシルクの……」
「でっかいのが、でっかいのが沢山……あばばば……そ、それで、人ががががが」
ダメだ。話を聞いてくれない。
こんな事ならシルクに外見の特徴を聞いてくれば良かったかと後悔する。
あの時は緊張と恐怖でいっぱいでそんな事頭から抜け落ちてしまっていたのだ。
少年は更に森の奥を指差しながら言葉にならない声で必死に何かを訴える。
「この先に誰かいるのか?」
「そ、そそそそそう、そうです!」
口どころか全身震えている少年の肩を掴み震えを強引に止める。
「というか、なぁお前シルクの……」
なんとか質問に答えてもらおうと言葉を続けようとするが、続けざまに轟音と怒鳴り声が鳴り響く。
「だらッッシャアぁ!!」
「「ぎゃぁああああーーっ!?」」
同時に木をなぎ倒す大男が現れ、二人そろって抱き合いながら甲高い悲鳴を上げた。
少年の方はどうやらショックで何かが振り切ったのか、白目を剥いて気絶。俺も気絶はせずとも完全に硬直してしまっていた。
「……ああ? なんだ、また一人増えてんな」
筋骨隆々の大男は身の丈程のある大剣を背中に背負い、血がべっとりとこびりついた外套を乱雑に引裂く。そしてそのまま投げ捨ててしまった。
「……キャラ、濃そー」
状況を正しく飲み込めない俺の口からは、そんな訳のわからない言葉しか漏れなかったのだった。
「開口一番度胸あんなオメー。キャラ濃いとか生まれてこのかた何回も言われたわほっとけ。つーかよ、どうなってやがんだこの森は? オメェら……かたっぽ気ぃ失ってっけど何か知ってるか?」
「え、えぇ……いやそれは」
俺もよく分からない、と言いかけた所で、筋骨隆々ガチムチ男は大剣を引き抜いて空を薙ぎ、俺に背を向けた。
「な、何事……?」
「まだいやがるな。次から次へと面倒くせ」
「まだ居るって、ひょっとしてグランウルフが……」
「ああ、今二体相手してきたが……いつからここは狼どもの巣になったんだ?」
さもあらん、と普通の事の様に言っているが今この男はとんでもないことを言った。
俺達があれほど苦労して逃げることしかできなかったグランウルフを二体相手にして生き残れる、更には言い方からして勝利したのだろう。それほどの実力を持つこの男がこんな森にいるべき存在ではないのは明らかだ。
そのことを不審に思いつつも辺りに警戒を巡らせる。
『アルス……』
「……どした?」
『魔力の流れがまた変わった。森が変形したぞ。術師はどこだ……?』
オルガニアが警告を言い終わるや否や。
何故か俺の目の前に牙を剥き出しにしたグランウルフが唐突に現れた。
森が変形した、という言葉の意味が良く分からなかったが、物の配置が変わるってことか……!?
「ちょ……っ!?」
グランウルフは突然現れた俺を餌と認識すると、舌舐めずりをして目をギラつかせた。
ともすれば飛びかかってきそうだ。
『冷皮の魔法。湧き立つ血肉は銀の冷気を身に纏う――次ぐ回禄の魔法により、聖火よ、輝け!』
グランウルフは出した舌を引っ込め、腕に力をこめるが、しかし。オルガニアは先んじて冷静に詠唱を完成させていた。
直後、俺の身体に異変が発生するのとグランウルフが俺に飛びかかってくるのは完全に同時だった。
「っ……どわぁぁぁああああ!?」
「グゥォオオオ! ………グルルル!』
空気が弾けるような小気味いい音がしたかと思うと俺の左腕からは驚くほど多量の白い冷気が迸り、かと思えば今度は逆巻く炎が冷気を押し退け、爆ぜるように噴き出したのだ。
突如現れた火炎にグランウルフは声を上げて怯み、一歩後退してから毛を逆立て俺に威嚇行動を取ってくる。
効果は抜群だ。獣から進化した魔物は火を嫌うと言うが、全くの不意打ち、更にこれ程の熱量となれば如何に狼の王と言えども怯えないわけがない。
「す、すげぇ……全然熱くない、どうなってんだ?」
『冷皮の魔法で腕を保護し、回禄の魔法で火炎を吹かせる。適当に合わせたが案外上手くいくものだ』
「ちょっ!? 失敗したらどうなってたんだ!?」
『煩い。片腕が炭になる程度だ』
「ざけんな!」
腕を轟々と燃やしながら俺はオルガニアに抗議する。というか、これは腕だけ保護されてるのだから他の場所をうっかりこの手で触れようものなら炭にしてしまう事だろう。自分の身体も含めて。
「前失礼するぜ!」
「うわっ……と!?」
腕の炎が消え、オルガニアの魔法の恐ろしさをひしひしと感じた俺のすぐ横を突進するように走り抜けていく何か。
勢いで倒れかける体を踏みとどまらせてから慌てて目で追うと大剣を肩に担いだ男が勇猛果敢にグランウルフに飛びかかって行っていた。
グランウルフは燃えてない相手なら、と士気を奮い立たせるために雄叫びを上げ、標的を男に変える。
そして猪の如く突っ込む男が目の前に来る時に合わせて、その強靭な爪を振り下ろした。
「危な……ッ!!」
爪が男を切り裂き、あわや肉塊が辺りに飛び散る……かのように思われたが。
爪が男に食い込み、切り裂いた瞬間、その姿は空へ霧散する。
「……え」
「ははっびっくりしたか?」
俺とグランウルフの目の動きがリンクし、同じタイミングで木の上に立つ男を見つける。
男はグランウルフを静かに見据え、そして人差し指をグランウルフの丁度真上辺りを指差した。
「……『紫電伝う空の糸、一条の矢よ、落ちて砕け』!」
詠唱が完了すると男の指差した方向に雷雲が集い、グランウルフのはるか真上で停滞する。
一拍時が止まり、そして――稲妻は詠唱通り一条の矢となってグランウルフの脳天へ落ちる。
雷の音が大地を揺らし、俺は驚いて耳を塞いだ。
瞬きするまもなく落ちた雷に撃たれたグランウルフは喉の奥から悲痛の叫びを上げ、身体を一度痙攣させるとその場に倒れ伏した。
「よっと……一丁上がりだな。お前さん、やるじゃねぇか。詠唱は聞こえなかったがそりゃ何の魔法だ?」
木の上から飛び降りた男はグランウルフに駆け寄りながら俺に尋ねてきた。
俺は耳を塞いでいた手を離して、どう答えようか思案する。
何か適当な魔法の名前を言おうかと思ったが、俺はそれほど魔法の種類を知らない。
ある程度工夫の効くこの世界の魔法だが、それでも大元となる魔法が説明できないのは不自然だ。
『お前は勇者なのだから、勇者の力、とでも言っておいたらどうだ』
「……ああ、なるほど」
あまり答えに詰まれば不審に思われるのが関の山。
俺はオルガニアが出してくれた助け舟に乗ることに決めた。
「……えっと、俺、勇者なんだ。だからその……あの魔法は俺の勇者の力、かな?」
少ししどろもどろになったものの、それっぽい事は言った。
勇者である事を証明できる物は持っていないが、俺が勇者である事自体は嘘ではない。王都の役所にある住民名簿には俺が勇者であることが明記してある。
男はこちらを見て一瞬目を見開いたが、すぐに納得したかのように頷いた。
「なるほどなぁ。それなら納得だ。……ってぇ事は、お前さんこのおかしくなっちまった森で迷ってる奴の保護が目的か?」
「えー、えーっと、まぁそんな所」
頬をかいて目線を宙に向けながら男の言う事を肯定する。
というかちょっと待った。よく考えたら俺が勇者である事をバラしてしまったら逃げるに逃げられなくなるんじゃ……。
『どれ、探検と行こうか。少し気になる事があるのだ』
「クソ、オルガニア、お前なんてことを……!」
『はて、何の事やら。お前は素直な奴だな』
引っかかった俺も俺だが、珍しく助け舟出したかと思ったらこれだ。
俺はこいつが魔王であるという事を失念する傾向がある。本当にそれだけは気をつけねばならない。
こめかみに青筋を浮かべている事を気付かれないように努めて穏やかな顔を心がける。
「ふっ……! よし、これでいいな」
「なぁ……あんた、名前は何ていうんだ?」
「んぁ? 俺ぁ、ガスト=グラディエルス。お前さんは」
「……アルスだ。アルス=フォートカス」
「そうかい。よろしくな」
ガスト、と名乗った男は大剣をグランウルフの死体に突き刺すと、毛皮を剥いで、草に流れる血も気にせずに肉を一部切り落とした。
握られている手の中で生々しく変形するそれを丁寧に背負っている大きな鞄にしまい込むと、先ほど見たときのように大剣を払って血を落とす。
「……ところでよ、もう一人どこ行った?」
「へ? ……あ」
言われて辺りを見渡すと、先程まで気絶していたはずの少年の姿が消えている。
木の陰などを探しても見つからず、完全に行方が分からなくなった。
ひょっとして空間の変動とやらに巻き込まれてどこかに飛ばされてしまったのだろうか。
「ったく……めんどくせ。あいつのついでに探すかね」
「あいつ……って、そうだ、なぁガスト。シルクって知ってるか? シルクは愛称みたいで、シルベルって名前の女の子なんだけど」
「……あ? なんだ、お前シルクの知り合いかよ」




