Maid for You④
You Mayに行った翌日。学校へ行った悠だったが、以前とは違う距離感に苦しさを感じる。そして気づいたらまた、You Mayの扉を開いていた———
カラン。
ベルの音が鳴る。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
この前とは違う声に顔を上げる。栗色の髪を左右に結んだ娘だった。
「私は琴乃っていいます。誰か指名の娘はいますか?」
「天さんで」
「あー…」
琴乃が店の奥を見る。
「天、今来たところなんでちょっと待っててもらってもいいですか」
そういい店の奥へ小走りで向かった。
少し経って奥から天と琴乃が出てきた。
「お呼びでしょうか、ご主人様……って悠くんじゃん」
急いで来たため、少し顔の赤い天が目を丸める。
「…また来ちゃいました」
「そっか。今学校帰り?」
「そうですね」
「私も学校からダッシュで来たとこー。それにしても5月なのに暑いね」
そういい天が襟をぱたぱたと仰いだ。
何か見てはいけないような気がして思わず床に目を向けた。
席に座ると、昨日と同じアイスコーヒーが運ばれてきた。
一口、飲み物に口をつけ話す機会を窺っていた。
「学校、どうだった?」
その一言だけで、今日一日押し込めていたものが一気に溢れそうになる。
「……全然ダメでした」
天は急かさない。
黙ったまま、続きを待っている。
「みんな普通に話しかけてくれるし、笑ってるし」
「体育祭のことなんて気にしてないように見えて」
「でも、それが怖くて」
視線をテーブルへ落とす。
「裏では言われてるんじゃないかとか」
「本当は迷惑だって思ってるんじゃないかって」
「そう考え始めると、誰とも話せなくなって」
「……結局、逃げてきました」
最後の一言は、自分でも情けなくなるくらい小さかった。
天は少しだけ頷く。
「そっか。」
それだけだった。
慰めもしない。
否定もしない。
ただ受け止めてくれる。
その沈黙は、不思議と苦しくなかった。
天はテーブルの上で組んだ手に視線を落とした。
「悠くん」
「はい」
「一つだけ、聞いてもいい?」
悠は小さく頷く。
「もし、悠くんの友達が」
「何かですっごい失敗しちゃったら」
「その人のこと嫌いになる?」
思わず考え込む。
「その人のしたことは…確かに良くないのかもしれないけど」
「それがその人の全てじゃないから」
「すぐには嫌いにならないと思います」
言いながら、はっと気付いた。
満足げに頷いた天が話し始める。
「多分ね、悠くんの周りの人は『悠くん』っていう人柄を知らないまま、悠くんが失敗したことだけを知ってて」
「悠くんがそういう人だって勘違いされてると思うの」
一息おいて天が続ける。
「だって、先に『悠くん』っていう人柄を知った私は」
「話を聞いても、君のこと嫌いにはならなかったよ」
言葉を失った。
そんな考え方をしたことがなかった。
体育祭の日からずっと、
"失敗した自分"だけを見てきた。
でも、天は違った。
失敗の話を全部聞いた上で、それでも「嫌いにならない」と言ってくれた。
「……」
声にならない声が出た。
「分からないからって、起こったことだけで決めつけるのは」
「悠くんがかわいそう」
天は苦々しく笑って続けた。
「あと悠くんは、自分にだけ厳しすぎる」
「友達には『それだけで嫌いにならない』って言えるならさ」
「自分にも言ってあげようよ」
自分は、失敗した瞬間に価値がなくなる。
心のどこかで、ずっとそう思っていた。
天が続ける。
「上手く言えないんだけどさ」
「何かができるから好きになるわけじゃないし」
「できなかったから嫌いになるわけでもない」
「だから」
「悠くんは、そのままでいいんだよ」
そのままでいい。
たったそれだけの言葉なのに。
胸の奥に、静かに落ちていく。
今まで誰かに言われたことが、あっただろうか。
勉強ができたら。
部活で活躍したら。
リーダーとして成功したら。
何かを成し遂げた時ばかり褒められてきた気がする。
だからいつの間にか。
"何もできない自分には価値がない。"
そう思うようになっていたのかもしれない。
「……俺」
ようやく声が出た。
「そんなふうに考えたことなかったから、信じれるかわからないです」
「すぐ信じられなくてもいいよ」
「私も、すぐには信じられなかったから」
"私も"。
その一言が少しだけ引っかかった。
が、それ以上は聞けなかった。
「……ありがとう」
自然と口からこぼれる。
「また苦しくなったら、来てね」
悠は小さく頷く。
全部が変わったわけじゃない。
明日も学校へ行くのは怖い。
教室の扉を開けるだけで、今日みたいに息が苦しくなるかもしれない。
それでも。
"失敗した自分だけが、自分じゃない。"
何度も心の中で繰り返した。
忘れたくなかった。
初めて、自分に向けてもらえた言葉だったから———
悠の語尾がおかしいとこあったので修正しました。




