五
組織の命令。
「空傘レイジを消せ」
それを受け、誰一人反対はしなかったのだろう。
俺に向かってきた家族たちの表情を見れば、一目瞭然だった。
拳一つで人を殺せる男。
弾丸を正面から避ける男。
一緒に居るのが怖くなるのも、無理はない。
だが、生き延びるために得た力。
今更、自分で否定するわけにはいかない。
「レイジさん、あんた……これ以上はもう誰も止められないんだ。だから、もう居てもらっちゃ困るんだよ」
半分は聞き取れなかった。
聞き取りたくもなかった。
***
立てない。
ジンにとどめを刺した後、俺は立つ力を失っていた。
息が切れる。
変な汗が出る。
おそらくは、再生能力を酷使した弊害だろう。
ヤマイの力を得たとはいえ、俺は人間。
過信してはいけない。
そもそも、この力を一体どれだけ使用できるかも分かっていないのだ。
不用意に使いすぎるのは高リスクだと思った方がいいだろう。
ひとまず、俺はジンの死体にかぶりついた。
当然のように人肉を食している事実。
仕方のないコトとは言え、もう慣れ始めている自分に少し恐怖した。
だが、少し思い返せば似たような日々が脳裏に浮かぶ。
今に始まったことではない、とそう思った。
腹が満ち、細胞が潤うのを感じる。
ヤマイによる消耗は、人一人でおおよそ補えるようだ。
レンとジン。
二つの命が、俺の中にある。
彼らがどんな人物であれ、今を生きているのは彼らのお陰だということを、忘れてはいけない。
「さて……ここからどうやって出ようか」
寝転びながら、俺は自分が落ちてきた穴を眺めた。
随分と落ちたものだ。
ざっと見て建物3階分の高さはある。
とっかかりはなく、よじ登るのは現実的じゃなさそうだ。
そもそも、この散らばった銃たちをどうしようか。
すべて手に入ったのは僥倖だが、これを管理し続けられる自信はない。
ジンは一体どうやって保管していたんだろうか。
殺す前に、情報をもっと聞いておくんだった。
俺は重たい体を持ち上げて、銃の山をほじくり返した。
おそらく傑作扱いの銃は厳重にしまってあるようだが、そうでない銃はジャンク品のような扱いだ。
ある程度は見切りをつけて、ほんの一部だけもらい受ける形でもいいかもしれない。
……それはいいのだが、本当にどうやって出ようか。
周囲を確認する。
ロープ、梯子、階段。
そんなものはない。
所持品を確認する。
服はさっきの戦いで全部弾け飛んだ。
ジンの所持品も探る。
弾のストック程度しか出てこない。
「おや……」
出られない?
いやいや、そんな。
オッサンだって、ここに何度も来ていたはずだ。
ならば、出る方法があるのが自然だろう。
手当たり次第に、壁のスイッチを押してみる。
が、待ってましたと言わんばかりに兵器が飛び出るばかり。
おかげさまで、何度か頭が吹き飛んだ。
扉を開けても銃、銃、銃。
上に戻る手がかりなどありそうもない。
参った、どうしよう。
治したての頭から冷や汗があふれる。
そもそも、こんなムダな消耗をしてはいけない。
とりあえず、落ち着いてパンツを穿こう。
連日他人の下着をつけるのはいい気分ではないが、背に腹は代えられない。
俺はジンのズボンを引っぺがした。
パンツがない!
「ノーパン派かよ!!」
もうダメだ。
消耗しきったフルチンの元反社にここから出る力があるはずもない。
【生きろ】
すごく微妙なシチュエーションで先生が主張してきた。
どういう表情をすればいいか分からない。
すがるように、銃しか見当たらないこのからくり屋敷を巡る。
そもそも、こんな悪趣味な建物を誰が建てたんだ?
あのオッサンが勝手に改造したのか?
心の中でぼやきながら、何とか出口を探す。
すると、暗がりの奥の方に、椅子に座った人影が見えるではないか。
こんな場所に人がいる。
不審以外の何物でもない。
オッサンの関係者か?
俺は恐る恐る、顔が見える距離まで近づいた。
それは、椅子に座ったダッチワイフだった。
乳首が弾丸に改造されている。
「マニアックすぎるだろ!!」
無理だ。
なんなんだあのオッサン。
なんでこの世界来てダッチワイフなんか作ってるんだ。
いらだちのせいで余計に疲れる。
ムダな消耗をしてはいけないと決めたばかりだというのに。
……いや、もしかしてこれも銃?
背中のあたりを触る。
明らかに硬い部位があった。
ガチャン
意図せず、その部位が押し込まれる。
瞬間、丸太ほどの太さのレーザー光線がダッチワイフの口から放たれた。
正面の壁は軽々と貫通し、おそらくは地下であるこの場所に無視できない穴を空けてしまった。
なぜダッチワイフをこんな兵器に……?
理解しようとするだけ無駄だった。
天才と変態は紙一重と言うが、ジンもそれに類される存在だろう。
しかし、こんなものを見つけても根本の問題は解決しない。
このまま本当に外へと出られなければ、再生能力など関係なしに餓死してしまう。
俺は唸りながらダッチワイフを蹴り飛ばした。
≪でぐち≫
「は?」
股間。
ちょうど陰毛の当たりに、ひらがなでそう書いてある。
俺はもう限界だった。
「まさか……ここが出口に繋がってるって言うのか?」
確かに、材質はゴムに近く、やわらかい。
無理矢理体をねじ込めば、入れなくもなさそうだが——
——嫌すぎる!
仮にもダッチワイフの股間。
しかも、ウン十年もオッサンが暮らしていた場所にあったもの。
そんなところに、体を突っ込むとは。
人を食べる以上に、生理的に受け付けない。
だが、外に出るには覚悟を決めねば。
【生きろ】
先生も応援してくれている。
俺は腹を決め、一気に顔を突っ込んだ。
すると、中にも何か書いてある。
≪ほんとにつっこむなよ、ばか≫
俺はもう限界だった。
数分間、その辺にあった銃でダッチワイフをハチの巣にした。
たまにビームが暴発したがどうでもよかった。
参った。
万事休すだ。
かくなる上は、ここにある銃を積み上げて梯子代わりにするしかない。
だが、そんなことをしていたら一体何日かかる?
それまで俺の体力は持つのだろうか。
俺は頭を抱えた。
その時。
「誰かいるの?」
突如、頭上から声がした。
見やれば、誰かが覗き込んでいる。
子供だ。
子供でもこの世界に送られてくるのか?
それとも、この世界で生まれた子供か?
なんにせよ、助かった。
子供であれ、救いの手に変わりはない。
とりあえず、警戒させぬように笑顔を見せねば。
「すまない、少し助けて……」
「——」
声にならない叫びがつんざく。
子供の顔は恐怖に歪んでいる。
「ひ……人食いゴリラ……」
人食いゴリラ?
周囲を見渡すが、そんなものはいない。
……俺か?
ここで、冷静に自分を客観視した。
身長、198。
体重、89。
元暴力団員。
服装、全裸。
口周り、先程人を食べたせいで血まみれ。
右手には銃。
足元にはダッチワイフ。
終わった。
まず子供に見せていい絵面ではない。
だが、この子供はチャンスそのものだ。
これを逃せばいよいよ脱出は絶望的になる。
どうにかして、あの子供を足止めしなくては……!
「こ……こわくないよ」
「こわいよお!!」
そりゃそうだ、怖いだろう。
俺は何を言っているんだ。
こんなことを言っても安心なんてさせられるわけがない。
「お……おかし、たべるかい」
「おかしな人だよお!!」
お菓子なんて持ってるわけないだろうが。
まずい。
俺は子供を相手にしたことがない。
口を開けば開くほど、墓穴を掘っている。
人生のほとんどを、俺は喧嘩と殺しで埋めてきた。
だから、子供と触れ合う機会なんてものがそもそも回ってこなかったのだ。
子供は後ずさりを始めている。
せっかく足らされた蜘蛛の糸が、しがみつく前に回収されようとしている。
そんなことがあってはならない!
考えろ、空傘レイジ。
どうやって、この窮地を乗り越える……?!




