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玖珂晶3

2026年 9月1日 火曜日 15:22


「あーあ、どうすんスかこれ」


「ど、どうしましょう……」


「今回は玖珂が悪い」


「ま、まぁまぁ……晶も悪気があった訳じゃ……」


「…………」


 工場から放り出された後、全員がアタシを見た。


「……わりい」


「で済むレベルだったら良かったんスけどねぇ……」


「もう少し色々調べたかったのだがな」


「これからどうしましょう……」


 山城がそう言うと、誰かの溜息が聞こえた。

 全員がアタシに失望しているのを感じる。


「やはり玖珂には監視に付いてもらった方が良かったか……」


「んだよ、それ……アタシが要らなかったってことかよ!?」


「そういう意味では……」


「んじゃ、何なんだよ!? テメェら全員、そう思ってんだろ!? アタシは要らねぇって!」 


「晶、誰もそんな……」


 駄目だ、止められない。

 アタシの中で、何かが切れた。


「もういい! アタシは、やっぱり要らない子なんだろ!!」


 そう叫ぶと、アタシは走っていた。

 海芝浦の駅から、仲間から逃げるように。

 アタシの馬鹿さ加減を呪いながら。

 

「はぁ……はぁっ……! クソ、クソ、クソクソクソクソ!!」


 道路沿いの道に人はまばらで、車がアタシの横を走り抜けていく。

 アタシはそんな道を弾丸の様に駆け抜ける。


「ちくしょう……アタシは……」


 走りながら、遠い昔の事を思い出していた。

 かつてアタシの親が、アタシを捨てた日の事を。


─────────────────────────────────────


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさ──」


 壊れたレコードの様に、少女が頬を赤黒く染めながら女に謝っていた。

 少女は彼女を怒りの目で見つめる女に謝りながら、それを怯えた目で見る。


「何度言ったら分かるの晶、ご飯を食べるときは溢さない様にって言ってるでしょ!!」


「ごめんなさい、お母さん!」


「何度も同じことを繰り返して……この馬鹿!」


 バシン、と大きな音を立てて小さな晶の頬へ平手打ちが飛んだ。

 その衝撃に晶は椅子から転げ落ち、食器も机から落ちると彼女の全身に降りかかった。


「ご、ごめんなさい……ごめんなさい……」


「食事までこぼして、本当に愚図でダメな子ね!」


 晶の母は自らの行為によって食器を落としたにも関わらず、その罪を晶へと擦り付けると侮蔑の目で彼女を見る。


「いつまでも寝てないで、さっさと起きて片づけなさい!」


「はい……ごめんなさい、お母さん」


「速くしなさい!」


 晶は母の言葉を聞いて身を起こすと、床に落ちた食器を拾い上げ台所へと持っていく。

 台所へ向かう最中、床に零れていた液体で晶は足を滑らせ転んだ。

 その拍子に手に持っていた食器を落とし、割ってしまう。

 それが母親の更なる怒りを買った。


「晶!!」


 本日、何度目かの平手打ちが晶へ飛んだ。

 そして数時間の後……自宅の扉を男が開いた。


「ただいま~」


 眼鏡を掛けた痩せ型の男……若かりし頃の晶の父、玖珂安男が明るい笑顔を見せながら玄関の扉を開けて帰宅した。


「ちっ……もう帰ってきたの?」


 晶の母はそう小声で呟きながら舌打ちをすると、不機嫌な顔から直ぐに愛想笑いの表情へと変わるのを部屋の片隅で本を読んでいた晶は見逃さなかった。。


「あら、あなたお帰りなさい、今日は早かったのね」


「愛する君達の元に直ぐに戻りたくてね」


「お仕事は大丈夫なの? 最近は忙しいって……」


「大丈夫さ、上司もちゃんと理解してくれてるし」


「あら、そうなの? でも大事な時期なら家庭よりも仕事を優先しても良いんだからね?」


 普段、晶と二人で居る時の様な声色ではなく猫なで声で話す母。

 それを見て、晶は彼女と母の本性に気付かない父に悲しみを覚えた。


「さぁ晶、お父さんが帰ってきたぞ~」


 玄関でのやり取りを終え、居間に現れた父は晶の元へ近づき抱き上げた。


「い、痛い……!」


「痛い? あぁ、ごめん晶、お父さん強く抱きしめすぎちゃったかな?」


「ううん、そうじゃな──」


「んん? なら一体……」


「あなた、いつも言ってるでしょう? 晶は人に触られるのが嫌いなんだから、下ろして食事にしましょう」


 父が晶を抱き上げた時、昼間に母に暴力を振るわれた場所を触られ晶は痛みで声を上げた。

 それを不思議に思った父が晶に意味を聞こうとしたところで、母が現れた。

 先ほどと同じ猫なで声ながら、晶にしか見えない母の表情は憤怒の様相を呈していた。


「そ、そうか、ごめんな晶、嫌だったよな?」


「…………」


 ゆっくりと父から降ろされ、項垂れる晶を見て安男は困った様に笑う。

 そして、妻の作った食事を食べて三時間もして眠るのだった。

 晶の頬に出来た赤黒い傷跡に気付かぬまま。


「それじゃ、家で大人しくしてなさいよ」


 晶の母は、昼間によく家を空ける人物だった。

 夫が仕事をしている間、他の男の家に行く……所謂不倫だ。

 だが晶にとって母が居ない時間帯は至福の時間だった。

 自らに暴力を振るう人間も居ない、誰かの機嫌を取らなくても良い。

 食事は夕食まで取れないが、それでも暴力を振るわれるのよりはマシと彼女は思っていた。


「へぇ~、ここがお前の旦那の家? おじゃま~っす」


「ちょっと静かにしてよ、あいつは居ないけど近所に見られるとまずいんだから」


「わーってるわーってるって」


「…………おかあ、さん?」


 部屋の隅で本を読んでいた晶は、その日父以外の男を連れて戻ってきた母と遭遇した。

  

「おっ、これがお前の子? へ~、かわいいじゃん」


「可愛くなんて無いわよ、馬鹿で愚図で……ほんとあいつが金持ってなかったら産んでなかったっての」


 不思議そうな顔をする晶に男が近づいて顔を覗き込む。

 その肩越しから見える母の表情は、晶をゴミを見るような眼差しで見ていた。


「だ、だれ……?」


「あ、そういや顔見るの初めてか、チーッス、そこの馬鹿女の浮気相手で~っす」


「誰が馬鹿女よ、大体それならあんたも馬鹿男でしょ」


「ひゃはは、ちげぇねぇ! 


 男は笑いながら晶から離れると、そのまま部屋の中を物色し始めた。


「んでどこよ、旦那の通帳とか印鑑」


「ちょっと待って……確か……」


「お母さん、なに、してるの……?」


 ただならぬ雰囲気を感じ、母へ駆け寄る晶だったが彼女から帰ってきたのは言葉ではなく暴力だった。


「うるさいわね、ゴミ屑! 近寄ってこないで!」


「お、かあ、さん……?」


「お~かわいそ、っていうかお前この子に言ってないの? いらない子だって」


「旦那にチクられたら困るから言ってないわよ、でもそうね、今日で最後だからきちんと伝えておいてあげる」


 着き飛ばされ、床に全身を打った晶を蔑みながら母は続けた。


「あたしはね、あの安男とかいうゴミ男もあんたみたいな馬鹿な子供もいらないのよ」


「え……?」


「あいつは単に金持ってたから結婚してやっただけだし、子供も作る気無かったのにしつこいから一回やらしてやっただけ……そしたら偶々あんたが出来ちゃったのよ」


「ひゃははは、運わりー!」


「だから本当はあんたなんて産みたくなかった、子育てだってする気もないし、だから今日あんたとあの男を捨てるってわけ」


 そう言い捨てると、母は晶から背を向け男と一緒に物色を始めた。

 そして数分後には母は金目の物を物色し終えると、鞄にそれを詰め終え晶を見た。


「じゃ、そういうことだからさよなら」


「おっ、この子マジで捨ててく系?」


「そう言ってるでしょ、何度も言わせないでよ」


「そんならよ、俺の先輩がこういう子買い取ってくれる場所知ってんだわ、そこに売っちまうのはどうよ?」


「あら、ほんと? それいいわね」


 晶を見る二人の表情が、より一層邪悪なものになった。


「よかったわね~、あたしの役に立てるわよ? さ、来なさい」


「いや……いや……!」


「言葉で言ったってしょうがねぇ、さっさと連れていこうぜ」


 壁を背に逃げようとする晶に向かって男が手を伸ばす。


「一匹幾らだったかなぁ、500とかだったような……でっ!」


 晶の顔程もある手が彼女の顔を覆った時、男が悲鳴を上げる。

 男の指に、晶が咬みついたのだ。


「てめぇクソガキ!」


「あうっ……!」


 男が手を離し、怒りの形相に変わった。

 小さな晶に向かって男の蹴りが放たれ、晶は宙を舞い大きな音を立てながら家具を倒し床に叩きつけられた。


「ちょっと、静かにしてよ!」


「っと、すまんすまん、こいつが俺の指を噛むもんだから……」


「あぁもう、さっさと逃げるわよ!」


「えー、折角の500万だったんだけどなあ」


 大きな音を立て倒れた家具を見て、母は焦った表情を見せると男と一緒に家から飛び出していく。

 そんな二人の様子を見ていた晶は、そのまま意識を失った。


「な、なんだこれは……晶、晶!?」


 その後、怪我をしたまま倒れていた晶を帰宅した父が発見する。

 

─────────────────────────────────────


「…………クソッ」


 目に溜まった涙を右腕で拭いながら、晶は落ち始めた夕陽を見ていた。

 もうどこまで走ってきたのかも分からない。

 先ほどリープリヒの工場から出てきて、仲間達に注意されて逃げ出した時からもう一時間以上が経過していた。


「馬鹿みてぇ……いや、馬鹿そのものか」


 晶の胸には、母から告げられた言葉が深く残っていた。

 馬鹿な要らない子。

 そう言われてもしょうがないと彼女は思っていた。

 自らの虐待に気付かずその報復にも出ない父へのイラつきから、工場の中で仲間達を省みない行動を取った自らの間抜けさに晶は自嘲した。


「……やっぱアタシは要らない子なのかもな」


「そんなこと無いよ、晶」


「っ!?」


 手すりに前のめりに寄りかかり、そのまま海にでも落ちてしまいそうな晶の背後から男の声がする。

 その声に驚き、振り返った視線の先に彼は居た。


「誠……お前、なんでここにっつーか聞いてたのか!?」


「なんでって、話し合ってる最中にいきなり走り出したら追うに決まってるじゃないか……き、聞いてたって言っても今の一言だけね? 他に何か言ってたんならそれは聞いてない」


 誠は息を少しだけ切らし、呼吸を整えると晶へそう告げる。


「とりあえず、そりゃ今回晶が取った行動はあまり褒められたことじゃないけど……晶の事を要らない子なんて思ってる人は誰も居ない」


「お前……」


「俺は晶に今後も一緒に居て欲しいと思ってる、だからそんな風に自分の事を言わないでくれ」


「い、一緒に!? 今後も!?」


「あぁ、何か変な事言ったかな?」


 誠の言葉に動揺する晶だったが、誠本人は気づいていないのか惚けた表情を作る。


「ばっ、べ、別に……変じゃねえよ」


「そっか、なら良かった。 その上で俺は晶が背負ってる事について知りたいと思う、少しでも晶が苦しんでいることを助けられるなら助けたい」


「…………何で、そんなにアタシに優しくすんだよ」


「晶のことが大事だからだよ、君のお父さんが大事にしてるように俺も晶の事をそう思ってる」


「……そっか」


 晶の目に、自然と涙が浮かんだ。


「馬鹿はアタシだけじゃねえみてぇだな、そんな歯の浮くような台詞言いやがって……どうせ他の女にも言ってんだろ?」


「え? そりゃ女の子だけじゃなくて皆大事だからね、言ってるけど」


「やっぱ馬鹿だな、それもアタシより」


「馬鹿は酷くない!?」


「うっせーバーカ、でも……ありがとな、追いかけてきてくれて」


 目に溜まった涙を再び晶は拭うと、夕陽を背に笑う。

 その表情は、誠にはとても美しく映った。


「誠……アタシの話、聞いてくれるか?」


「あぁ、よろこんで」


 二人はその日、夕陽が落ちるまでの時間を共に過ごした。



【閼伽井 誠 人間性ステータス】

教養 ★★★ 学校でトップレベル

勇気 ★★★★ プロレスラー並み←Rank Up!

慈愛 ★★★★ 被災地にボランティアに行くレベル←Rank Up!

魅力 ★★★ 何処にに出しても恥ずかしくない

ユーモア ★★★ 合コンとかに誘われる

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