公安警察
2026年 6月19日 金曜日 20:53
「それじゃ、二人とも気を付けて」
「あぁ、お前もな」
「先輩、ちゃんとアモンちゃんと仲直りしておいてくださいね?」
「あぁ、きちんと仲直りしておくよ、ありがとう」
品川駅まで二人を送り、誠は駅の改札で二人と手を振って別れる。
二人の姿が消えると、誠の表情から笑みが消えた。
「はぁ……改心か、今後どうするかは考えておかないとな……俺が決めないと……」
改札に背を向け、溜息を吐きながら駅を出ようとした所で壁にもたれ掛っていた一人の男性に目が止まる。
男性は野暮ったい眼鏡にどこか型崩れ気味の黒のスーツを着用していた。
またその男性の頭髪はボサボサで手入れなどまるでされておらず、無精髭も幾つか伸びている。
「ん……?」
その何処か見覚えのある男性の姿を見て、誠の動きが止まる。
「あの人、どこかで……」
誠の視線に気づいたのか、男性は手に持っていた電子タバコをスーツの内ポケットに納めると誠に手を振ってきた。
そして壁から離れ、ゆっくりと近づいてくる。
「よぅ、誠。 久しぶりだな」
眼鏡を掛けたスーツの男性は、そう馴れ馴れしく誠に話しかけた。
「え、え……? 誰ですか?」
「おいおい、俺の事忘れたのか誠……よく実家に遊びに行ってただろ? って言っても最後に会ったのはお前が中学生になる前だから覚えてないかぁ?」
男は誠の反応を見て、露骨にがっかりした態度を取った。
「中学生になる前……? よく来てた……あっ、もしかして三木おじさん!?」
「おっ、やっと思い出したか誠。 あとおじさんじゃなくてお兄さんな」
「……三木おじさん、父さんの17個下だったよね」
「あぁ、今年で40だな……俺も立派におっさんか」
自分の年齢を自覚し、涙を拭うような動作をすると三木は誠へ顔を向けなおす。
「ともかく久しぶりだな誠、元気だったか?」
「はい、三木おじさんも元気そうで何よりです」
「おうよ、最近は仕事も暇だしな」
「仕事……ってことは三木おじさん、まだ警察に?」
仕事という単語を聞いて、誠は三木について徐々に思い出し始めた。
三木源一郎、誠の父親の後輩であり共に公安に勤める男性である。
三木は誠の父が存命時はよく彼の家に遊びに来ており、誠も三木に遊んでもらう事が多々あった。
「あぁ、まだ辞めてねぇ。 三年前に一旦退職は考えたんだがな……そういうお前も今はちゃんと高校に通ってるんだな」
「うん、って何で知ってるの三木おじさん」
「そりゃお前とお前のお母さん……成華さんが公安の監視対象だからだ」
驚く誠に三木は、そう真面目な顔で告げる。
公安と言う言葉に誠の表情が険しくなった。
「……ここじゃ人の耳もある、これから時間があるならどっかで話さないか?」
「話すって、何をですか?」
「そう怖い顔するな、単なる世間話だ」
誠の脳裏に、三年前の警察による暴行が蘇っていた。
家族ぐるみで付き合いのあった三木とは言え、今突然誠の目の前に現れたのも彼を不安にさせた。
「……三年前、警察の連中がお前に何をやったのかは俺も聞いてる。 辛い目に合わせた事はすまなかった」
訝しむ表情を変えない誠に、三木は謝罪の言葉を述べ頭を下げる。
「そんな、あれは別に三木おじさんがやった訳じゃ……」
「だが同じ警察の不祥事だからな、それにそれを止めらなかった事を悪いとも思ってる」
三木は深く頭を下げたまま、誠にそう告げる。
いい歳の大人が品川駅の改札近くで高校生に頭を下げている姿は世間の注目を買い、周囲を歩いていた人達の視線が誠達に集まってきた。
「わ、分かりましたよ……俺の負けです、今俺が住んでる家で話しましょう」
「おっ、そうか? いやぁ悪いな」
誠の言葉を聞き、三木は笑みを浮かべたまま頭を上げる。
「三木おじさん、そうやって頭下げたら俺が連れてってくれるの読んでましたね?」
「いやいや、同僚によって嫌な思いをした一市民に頭を下げただけだよ俺は」
「全く……おじさんは昔からズルいんだよなぁ、あの時のゲームだって……」
「いやぁ、そうだったか?」
「そうだよ、おじさんはさ──」
と、先ほどまで訝しんでいた誠もすっかり三木と打ち解け二人は共に誠の自宅へと歩いて移動する。
「結構ボロイな」
「結構気にしてるんだから言わないでよ……」
「ははっ、すまんすまん。 今はここで一人暮らしか?」
「聞かなくても知ってるんでしょ、公安の情報で」
「まあな、でも実際にお前の口から聞きたいんだよ。 それに知らない情報もある、さっきの二人の女の子の内どっちが彼女なのかとかな」
自宅の鍵を開けていた誠が、三木の言葉に動揺する。
「べ、別にどっちも彼女じゃないよ、二人とはその……同じ学校の部活仲間」
「にしてはえらく頻繁にお前の家に集まってるんだな? あ、もしかして今流行りのセフ──
「おじさん、それ以上言うなら帰ってもらうよ?」
「おっとすまんすまん、仕事の悪い癖だ」
三木の冗談に誠は不快そうな顔を向け、片目を瞑って謝る動作をする。
それを受け、誠はため息を吐きながら家の鍵を開けた。
「はい、狭くてボロい家ですがどうぞ」
「そんなに怒るなよ……んじゃお邪魔しますよっと」
玄関の扉を開け、誠の後ろに三木が続く。
内部を見て、三木は色々な箇所に視線を移した。
「中は結構いい感じだな、成華さんが掃除してくれたのか?」
「うん、母さんがここに来る前に色々掃除してくれたみたい」
「そっか……あの人も大変だろうに、良い母さんを持ったな誠」
「…………うん」
三木は優しく、誠の頭の上に手を置いた。
彼の手はゴツゴツとして少し痛かったが、その所作がどことなく誠の父を思い起こさせ頬を緩ませる。
「ようやく帰ったか、遅かったでは──誰だ、その男は?」
とそこへ、家の奥から翼の羽ばたき音を響かせながらアモンが玄関へやってきた。
未だ照明の点いていない自宅の中でもアモンの真っ赤な羽色は暗闇の中の太陽のように光を放っていた。
「おわっ、なんだぁ?」
「あぁ、おじさんは知らないのか。 この子はアモン、ペットのフクロウです」
「お、おぉ……そうか、ペットか、いやしかし綺麗な赤だなぁ」
「ペット? 我が何時お前のペットになったのだ」
ペットと言う言葉に不機嫌になりながら、アモンは羽を器用に用いて玄関の電気を点けた。
「おまけに頭も良い、誠より頭良いんじゃないか?」
「はは、そうかもね。 アモン、この人は三木さん、父さんの職場の後輩で良く家に来てたんだ」
「ふむ……何とも胡散臭い顔をしているな」
アモンはジッと三木の顔を見つめ、見つめられている三木はそれを懐かれていると勘違いしアモンの頭へ右手を伸ばした。
「おぉよしよし、お兄さんの事が気に入ったのか……っていてぇ!」
「気安く触るな愚か者め、全く何故こんな男を連れてきたのだ」
ゆっくりと近づいてきた三木の手をアモンは羽で払いのけると、誠の頭の上に飛び乗った。
「お~いってぇ……ったく、誠以外に懐いてないなら教えてくれよ」
「ははは……それじゃ居間にどうぞ、さっきまで人が居たから散らかってるけど」
「あいよ、お邪魔しますよっと」
二人は靴を脱ぎ、居間へと進むと互いに机を挟むように座った。
「それでおじさん、話って言うのは?」
「ん? あぁ……そうだな、何から話したもんか……」
誠はお茶を湯呑にお茶を注ぎながら、三木へと問いかける。
その問い掛けに彼は大仰に悩む素振りを見せながら、少しずつ語り始めた。
「まず理由は分かってるとは思うが、お前とお前の母さん……成華さんには公安の監視が付いてる」
「……はい、分かってます。 父さんの事件のせいですよね」
「そうだ、と言ってもそんなにガチガチじゃあない、お前が一日何処に行って何してきたかってのを纏めてるくらいだ」
「それだけでも結構な内容に聞こえるけど……」
「公安が本気になったらもっとエグイぞ、お前達がこの程度で済んでるのはひとえに俺の努力の賜物でもある」
「おじさんの?」
と、誠は首を傾げた。
「おう、ちょっと上に盾突いてな、色々交渉したって訳だ」
「それは……ありがとうって言うべき?」
「礼を言われる程じゃない、本当は交渉したって言うよりは譲歩で出された条件だったんだ」
「譲歩……?」
不思議そうな顔をする誠に、三木は自身の頭を掻きながら言った。
「あの事件の直ぐ後、俺は先輩の事件の捜査を外された。 容疑者と個人的に付き合いのあった人物は冷静な判断が出来ないからってな」
悔しそうに、三木は言う。
「だが、どうしても先輩があんな事件を起こしたと信じられなかった俺は秘密裏に捜査を続けた……その中で幾つかの証拠を見つけ──」
「ほ、本当ですか!?」
ガタッ、と音を立てて誠が椅子から立ち上がった。
だが三木は興奮する誠を左手で制止して、言葉を続ける。
「話は最後まで聞け、確かに俺は証拠を集めていた、有力な物も幾つか集めたが……全て上層部に握りつぶされたよ」
「そんな! そんなことって……」
「それに、俺は先輩の家族であるお前達の事も大切だった」
「俺達の? 一体どういう……」
歯痒そうに、三木は俯くと拳を握りしめながら言葉を続けた。
「ある日、俺の元に一通の手紙が届いた。 これ以上捜査を続けるのなら次は俺とお前達を殺すと」
「…………!」
「俺は事件の前に先輩から、自分に何かあった場合はお前達の事を頼むと言われていたんだ……だから、もしお前達に何かあった場合俺は先輩を裏切る事になってしまう」
「だから捜査を止めて、代わりに俺達の監視を緩くさせた……?」
誠の言葉に、三木は顔を上げ神妙な顔で頷いた。
「あぁ、笑ってくれても構わないぜ。 情けない男だってな」
「そんな事……三木おじさんは俺と母さんの事を思って……」
「どうだかな、俺もその手紙を読んだ時、かなり焦ったのを覚えてる。 俺は単純にお前達を言い訳にして死なない理由を作っただけなのかもしれない」
「ふむ、中々興味深い話だ」
そう自嘲気味に三木は呟くと、椅子の背もたれに寄りかかる。
「ま、俺の話はいい。 大事なのはここからだ」
「…………」
「お前、最近何か危ないことに巻き込まれてないか?」
「えっ、な、なんで?」
「テレビで見た事あるかもしれんが、芸能人の色山恵子って奴の事件を何故かうちの上層部が追いかけてる」
「その人の事件ならテレビで見た事はあるけど……それが俺に何の関係があるの?」
誠は表情は平静を装いながら、しかし内心焦っていた。
そんな彼を見透かすように、三木は天井を見つめながら言う。
「さてな、とりあえず事件当時近くに居た連中を調べていたらたまたまお前とさっきの二人の名前が出てきたんだ」
「さっきの二人……晶と花ちゃんか」
「あぁ、特にその山城花ってのは事件当時は失踪状態だった。 だが実際はお前と一緒に居て……となると何かしら怪しいと思うのが警察ってもんだ」
天井を見つめていた視線を、ゆっくりと誠に向けながら三木は言った。
その表情は出会った時のおちゃらけたものではなく、公安の捜査員としてのものである。
「さぁ、どうなんだ誠。 お前……何か厄介ごとに巻き込まれてるんじゃないのか?」
「そんなことは無いけど……」
「……本当か?」
「うん、花ちゃんは……少し匿ってあげてただけでそれ以外は本当に何も無いよ」
三木はそれを聞き、後頭部を軽く掻く。
「ふむ…………本当ならもう少し話を聞かせてもらう所だが、今日の俺は公安職員としてじゃなく知人として来てるからなぁ」
「三木おじさん……」
「まぁ色々気を付けろ、お前の行動は誰にも見られてないって訳じゃねえ。 大人しくしてればいいが……もし先輩の事件を追おうとしてるんならやめておけ」
「それは公安としての警告? それともおじさん個人の忠告?」
「どっちもだ、お前達を守れる範囲では守ってやるつもりだが……お前が無茶をしたらそれもできねぇ、個人が国相手に出来ることは何もねぇ」
三木は真面目な顔で誠にそう言うと、居間に備え付けてある時計に目を向ける。
時刻は23時になろうとしていた。
「ま、俺の話はそれだけだ。 最近は変な事件も多いからな……その現場でお前を見たって記録もあったから忠告しに来た」
「ふむ……見た目にそぐわず意外と理知的な男だ」
「おっ、フクロウ君も俺の意見に賛成か~? よしよ──いってぇ!」
机の上で腕組をしながらアモンは三木を見つめ、その視線を感じた三木は再び腕を伸ばし……嘴で突かれ仰け反った。
「ったく、少しは懐けよなぁ……んじゃ誠、もういい時間だし俺は帰るわ」
「あ、うん……送っていこうか?」
「よせよせ、子供がこんな遅い時間に出歩くもんじゃない。 それに俺は女の子を送る側でな、男に送られるのは俺の趣味じゃない」
「はは、おじさんも彼女出来るといいね」
「あぁ……仕事が忙しくて全く出会いがねえからな……って余計なお世話だ!」
誠の冗談に二人は笑いあい、誠は三木を玄関まで見送った。
三木が帰った後、自宅の中は再び静寂に包まれた。
「……中々興味深い話だったな、お前が監視されている事、そしてお前の親の事件が警察に握りつぶされたこと」
「それに、警察が色山さんの事件を追っている事か……」
「どうだマコト、怖くなってきたか?」
「いや……改めて覚悟が固まったよ、立ち止まってはいられない。 もうアモンとの契約は始まっているんだから」
「ククク、中々良い心がけだ。 では先ほどのコモリに対する心配も無くなったな?」
アモンの問い掛けに、誠は頷いた。
「あぁ、極力やりたくはないが……その時になったら躊躇はしない」
「それで良い、これからお前がやる事は山の様にある。 悩み立ち止まっている暇は欠片もないのだからな」
アモンは靴箱の上で、誠に見えぬ角度で悪魔の様に大きく口の裂けたあくどい笑みを浮かべた。
「分かってる……っと、メール?」
アモンの笑いに気づかないまま、誠はポケットから携帯を取り出し画面を見た。
「噂をすれば、か……古森さんからだ」
「見計らったかのようなタイミングだな、ともあれ彼奴からの連絡が来たのは良いことだ」
「あぁ……彼を見定めよう」
誠は携帯に書かれた日時と場所を確認すると、拳を握った。
次の更新は今週日曜になる…と思われます
でもカルドハイムが出るから遅くなっても許して……欲しい!