交渉
2026年 6月20日 土曜日 13:00
「やーやー、皆さんようこそっス」
土曜の昼下がり、秋葉原にある廃ビル内にて古森は笑みを浮かべながら右手を上げ、三人と一匹を歓迎した。
歓迎の笑みを浮かべる古森に対して、歓迎される側の三人は浮かない顔である。
「あれ、どうしたっスか皆? 体調でも悪いっスか?」
「はっ、人の事脅しておいてそんな台詞が出てくるたぁ大したイカれ野郎だなテメー」
フランクに話しかけてくる古森に対して、既に切れ気味の晶が食って掛かった。
「脅し……? ははは、嫌っスねぇ、あれは単に取引を持ち掛けたられたから色々お話をしただけっスよ」
「取引ですか?」
「そう、最初に自分に色々なオカルトや変わった事件に関して教えて欲しいと言ってきたのは誠君の方っス」
「それは……」
「まぁ何れにせよ自分が君たちの秘密を握ってるのは確かっスが、言った事をしっかりやってくれるんなら特に何かする気も無いっス」
古森の発言に、誠は訝しげな表情を向ける。
「ではそのあなたの指示に俺達は何時まで従えばいいんですか? 一回従えばそのあなたが例の動画を消してくれるという保証が欲しい」
「それは今回の仕事で自分の君たちへの疑惑が晴れたら保証するっス」
「アタシ等への疑惑だぁ? 一番怪しいのはテメェの方じゃねえか!」
「わ、私達泥棒とか人殺しとか悪いことはしてません!」
「まぁまぁ、落ち着いて最後まで話を聞いて欲しいっス」
誠の問い掛けに、古森の煽りとも取れる言葉に女性二人組が反応した。
だが古森は両手を前に出し、二人を抑えるような動作をしつつ言葉を続ける。
「君達、最近東京近郊で蝗の被害が出てるのは知ってるっスか?」
「蝗……えぇ、知ってます」
「なら説明の手間が省けたっスね、所謂この蝗害は近年日本では全く起きていなかったっス」
「それも知ってるぜ、だから怪しい事件だって色んな奴が調べてるんだろ?」
「その通りっス、素晴らしい情報リサーチ力っスね。 じゃあこれは知ってるっスか?」
質問に対する返答に満足し、古森は頷くと部屋の天井に吊り下げられた古い映写機の電源を入れた。
映写機はゆっくりと光を壁に照らし、ある地図を映し出した。
地図には無数に赤い点が記されている。
「この地図は……?」
「これは蝗害が発生し始めた時期から後に蝗の被害で廃業したり、土地を売った人達を記した地図っス」
「あん、どういうことだ? あのバッタと土地売った連中なんて何も関係ねえだろ」
「う~ん……う~ん…………?」
「俺も、この地図がどう蝗害と関係あるのかよくわからないんですが……」
晶と花の頭の上に?マークが浮かび上がった。
花に関しては両腕を組みながら、難しい顔をして唸っている。
「確かにこれだけだと単に被害が出た地域を記しただけの地図っスが……次の表を見て欲しいっス」
古森は手元のリモコンを操作し、映写機が映し出す画像を切り替えた。
すると壁面には幾つかの表が現れ、その中の一部の地域が異常な率を示していた。
「これは……?」
「蝗によって廃業した地域の地価……つまり土地の値段の推移っスね」
「だーっ、ぜんっぜんわかんねぇ! アタシに分かる様に説明しろ!! つまり何が言いてえんだ!?」
「おこちゃまには少し難しすぎる話だったっスか……じゃあ簡潔に説明するっス」
聞きなれない単語や見慣れない表の出現によって、三人の中で最も勉強をしていない晶が声を上げた。
それを見て、古森はやれやれという素振りをしながら言葉を続ける。
「蝗害が発生し始めたのは今からおよそ一年前、最初は本当に限定的にバッタが発生していただけだったっス」
「一年前? かなり前から発生してるんだな」
「確か飯田さんは最近発生し始めたって……」
「それは表沙汰になり始めたのが最近ってだけの話っス、実際は一年くらい前から被害の報告が農林水産省に提出されてるっス」
以前、バッタ捕獲のアルバイトの途中で出会ったテレビ局のキャスター飯田。
その彼女から聞いていた話と、古森の話の食い違いに二人は首を傾げた。
「このバッタは何故か現れた周囲を食い荒らすのではなく、狙った地点だけを狙った時間帯に荒らしまわり農家や商店などを廃業に追い込んでいったっス」
「聞いているだけだと、かなり変わったバッタですね。 飯田さんが言ってた蝗害とはかなり違う」
「その飯田ってのが誰なのかは知らないっスが、ともかくこの蝗害は普通じゃないっス。 けど一番おかしいのはここからっス」
そう言って、古森は再び先ほどの地図に映像を戻した。
必然、全員の視線が地図に集中する。
「被害にあった地点は東京を中心に半円状っスが……廃業して売りに出された土地の地価がこの一年で五十倍になったっス」
「五十倍!? バッタが荒らした土地なのにか? 普通はやべーバッタが来る土地なんて誰も買わねえだろ」
「良い所に目を付けるっスね、そう、普通はこんな土地誰も買わないっス。 ところがこの土地、実は前から一大商業センター設立の為に不動産屋が粉を掛けていたっス」
「しかし農家の人達は当然それを拒否、そして普通に行けば買えない土地を何故か蝗が荒らして……それを買った人が居た?」
「そう、そいつの名前は会田財、当時帝国銀行の一役員だったその男は廃業した土地をまるでそうなる事が分かっていたかのように即座に格安で買い集めたっス」
「なるほど、話が読めてきたぞ」
鞄の中でジッと話を聞いていたアモンが、鞄から飛び出し誠の頭の上に乗った。
「うわっ、ちょっと飛び出すなら一言教えて欲しいっス、言われてもフクロウの言葉は分からないんスが」
「ふん、一々煩い男だ」
「んでアモン、何が分かったんだよ? アタシにはもう何もわかんねぇ」
「私も分からないです~……」
「要するに、コモリが言いたいのはこの蝗を操っている存在が居るのではないかと言いたいのだ」
突然飛び出したアモンに古森は驚き、不満を漏らすがアモンはそれを受け流すと三人に自らの推測を説明する。
「あ~……なるほど! 確かにそう言われるとそうかもしれません!」
「本当にフクロウと話せるんすね……で、フクロウ君は何て言ってるんスか?」
「アモンはバッタが誰かの指示で動いてるんじゃないかって言ってる」
「なるほど、良い読みっスね、実の所自分の見解も同じっス」
誠の解説に古森は深く頷いた。
「あっ、つまり古森さんの私達への疑惑って……あのバッタを私達が操ってるんじゃないのかってことですか!?」
「あぁ!? テメェそんな目でアタシ等見てたのか!?」
「うーん、まぁ大筋は合ってるっスね。 黒幕は別に居て実働部隊として君達みたいなのが動いてるんじゃないかとは思ってたっス」
「なるほど、でも一年前は俺は東京に居なかったしアモンとも会ってないですよ」
「私はその時は中学生ですね」
「アタシはそもそも学校とかあんま行ってねーし、誠とも出会ってねーな」
花の閃きに古森は頷く。
だが直ぐに否定の言葉が続いた。
「ま、そこら辺は何とでも言えるっス。 だからこそ今回の仕事で君たちが自分の疑惑を晴らしてくれることを願っているっス」
「けっ、偉そうな奴だ。 んでその仕事ってのは何なんだよ、言っておくがアタシ等は人の家に侵入して物を盗むとかはやらねーからな」
「うん、君たちにやって欲しいのは人の家に侵入して物を盗んで欲しいっス」
「アタシの話聞いてたかテメェ!?」
腕組をしながら古森を睨みつけ、警告を発する晶に古森は笑いながら返事をする。
その返答に、晶は思わず突っ込みを入れた。
「もちろん聞いてたっス」
「犯罪をしろって言う事なら、お断りします」
「盗む対象が、他人を卑劣な手で貶めた人間のものだとしてもっスか?」
「……どういう事ですか?」
誠は一歩前に出て、古森に対して毅然と否定の意志を突き付ける。
だが古森はそれを想定していたのか、ニヤリと笑う。
「今回、蝗を操っているのは君達だと仮定してそれで一番得をした人間が自分は黒幕だと思っているっス」
「まぁ普通に考えればそうでしょうね」
「そう、つまり今回の蝗害事件で一番得をした人間、それは……帝国銀行現頭取、会田財」
「えーっと、つまりその会田さんって言う人が黒幕で……バッタを操って皆に迷惑を掛けて土地を無理やり奪い取った?」
「正解っス、仮に自分の読みが合ってるなら正義の味方の君達としては放っておけない案件だと思うっスが? 君たちが会田とグルでないのなら」
「……少し皆で話をさせてほしい」
神妙な面持ちをした誠の提案に、古森は頷く。
それを見た誠は、古森から少し距離を取った場所に晶と花を集めた。
「今の話、皆どう思う?」
「よくわかんねーが、要するにその会田とかいうわりー奴があのバッタの悪魔を使って他人に迷惑かけてたって話だろ?」
「むむむ、許せませんね! 悪い事をする人は許せません!」
「それが本当の話ならね……とはいえ、確かめてみるのは悪くない選択肢に思える」
「実際にバッタの悪魔は存在した訳だしな、関連性が無いとは言い切れまい」
「……分かった、ならこの話は引き受けよう」
誠は逡巡し、少しして口を開いた。
彼の言葉に、全員が頷く。
「答えは決まったっスか?」
「あぁ、あなたの提案を受け入れようと思う」
「おっ、流石は正義の味方っスねぇ、そういうの自分好きっスよ~」
「へっ、勘違いすんな。 困ってる連中を助けるのがアタシ等の流儀なんだよ! テメェの為じゃねえ」
「確かに、自分の為じゃなくて君達が動画をネットに流されない為っスからねぇ」
「一々口の減らねえ野郎だな……!」
握りこぶしを作り、右手を震わせる晶を誠は羽交い絞めにして抑える。
「あ、晶落ち着いて……! 古森さんもあんまり煽らないでください、これから俺達は協力関係なんでしょう」
「おっと、これは失礼したっス。 確かに今から自分たちは一時的に共闘関係っスね」
「だったら仲良くいきましょう、仲良く! ね、玖珂先輩?」
「ちっ……煽ってきたのは向こうじゃねえか、おら、離せ誠」
誠と花に諭され、晶は渋々それに従う。
それを見もせず、古森は再び手に持ったリモコンを操作した。
「じゃあ早速、狙いのブツとそれがある場所を教えるっス」
壁面には、再び地図が映し出された。
地図は東京都中央区のとある場所を示していた。
「狙いのブツはずばり裏帳簿、そしてこれがある場所は東京都中央区日本橋……帝国銀行本店っス!」
「連続暴行犯に人身売買犯の次は金庫破りか……へっ、面白くなってきやがった!」
「裏帳簿って……何のですか? まさか、いけないへそくりとかのですか!」
「ここだけの話っスが、会田は今から一年ちょっと前に運命会という宗教団体に加入してるっス、その加入直後から今回の事件が起き始めたっス」
「運命会!?」
古森の言った運命会と言う言葉に、彼以外の全員が驚愕した。
「知ってるんスか?」
「いや……俺達も色山さんの事件の時に少し名前を聞いただけです」
「そうっスか、ともかく会田がその運命会に加入してから今回の事件が起きてるっス、もし仮にこの二つに関連性があるのなら……其の帳簿を見つけることでより多くの悪人を見つけられる筈っス」
「そのついでに会田の悪事の証拠も見つけられればOKって訳か」
「そういうことなら俺達としても願ったり叶ったりだ、全員で頑張ろう!」
誠がそう言うと、その場の全員が頷いた。
ビルの外から覗いている一人を除いては。
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「どう見ても、怪しい雰囲気だよなぁ」
「ですね、どうします先輩? 上からは怪しい行動があり次第確保しろと──」
「バーカ、高校生に何が出来るってんだよ、監視だけでいい」
「全く、先輩は身内には甘いですねぇ」
「悪うございましたね」
対岸にあるビルの一室から、双眼鏡を用いて誠達を監視していた三木が溜息を吐きながら呟いた。
「やれやれ……揉め事に首突っ込むなって言った翌日にこれとは、誰に似たんですかねぇ先輩……」
胸ポケットから、電子タバコを取り出そうとして……三木はそれを取り上げられた。
「先輩ここ、禁煙です」
「真面目だねぇ……なら代わりに監視頼むわ、俺は本部に報告してくる」
「分かりました、すぐ戻ってきてくださいね」
「はいはい」
取り上げられた煙草を取り戻すと、三木は後ろ手をひらひらと振りながらビルの奥へと消えて行った。
遅れてすまない…今週の更新は多分木曜日位になる予定です




