ピーマンは世界をすくう
世のガキってさ、やたらとピーマンを忌み嫌うやん。もうさ、町の変わり者くらい避けるやん。ピーマンのこと。
まあたしかにあれは不味いよ。味が悪いだけでなく見た目も最悪、ピーマンという名前を発音することにすら若干の抵抗を覚える。
しかし、と俺は己がガキの頃から考えていた。
みんなさ、本当に心の底からピーマンが嫌いなんかな。
いや、たしかに俺も嫌いだけどさ。それにしても嫌われすぎじゃない?
ピーマン、なんかした?そんなみんなに嫌われるようなことした?
たしかに苦い、けど、あの程度の苦みの食べ物ならほかにもあるやん。
たしかに見た目が悪い、が、野菜の見た目なんぞ大概悪いやん。野菜って時点で食物ルッキズムのカースト最底辺やん。
むしろそんな野菜軍の中でピーマンのグリーンの鮮やかさは美しい部類に入るんじゃねえかな。下の上やん。教室の端っこでナスビとかカボチャとかとつるみながら「俺はこいつらよりマシ」って思ってるってピーマンも。
ゴーヤって野菜あるやん。沖縄特産のウリ科の野菜、野菜?まあ野菜でいいよな。
あいつの見た目なんてピーマンよりもずいぶんと気持ち悪いよ。苦みは体感で5倍はあるよ。名前もピーマンのほうがキュートよ。ゴーヤってなんだよゴーヤって。怖すぎ。ゴて。
だのに、あいつは子供の嫌いな野菜の代表格にはなっていない。まあ勿論、沖縄特産という希少性と入手性の低さからピーマンほどの市民権を得ていないという大前提はあるにしても、それにしてもこの扱いの差はちょっとおかしくない?
それどころかむしろゴーヤは「ちょっととっつきにくいけど、そういうところがかっこいい。メロい」みたいな好意的な評価を受けてるよね?ちょっと一匹狼のカッコいい不良みたいな。なんか一目置かれてんのあいつ。配役オダギリジョーみたいな立ち位置にいんの。
なにそれ。おかしいって絶対。
なんでゴーヤはアウトローでピーマンは町の変わり者なの。ピーマンが何したってんだよ。かわいそうだろピーマン。馬鹿にしやがって。俺のピーマンを。
しかし、ここで俺の頭に電撃が走った。
なあ、もしかして俺達、刷り込まれてねえか?
だって俺達ってさ、ガキの頃からあらゆるメディアに「ピーマンは不味いもの」「ピーマンは子供の、ひいては人類の敵である」と植え付けられてきたやん。その洗脳がこの過剰なピーマンに対する憎悪、嘲笑、差別、暴力につながっているんじゃねえかな。
みんな罪の意識なくピーマンのことを傷つけてきたでしょ。イライラしたらとりあえずピーマンの顔殴ってたでしょ。
そういえば、洋画で子供がピーマンに苦しんでいる姿は見た覚えがない。いや、あるんかもしれんけど。少なくとも俺は知らん。だから反証があっても胸にしまっておいて。
ともかく、日本ではあれだけ子供の敵とされているピーマンを海外の創作物でお見掛けする機会はあまりない。
しかし、子供の味覚に生まれる国による差異があることはあまり考えづらい。
ということは、俺達は日本のテレビに、アニメに、マンガに、絵本に、ピーマンのネガティブなイメージをプロパガンダされていたんだよやっぱし。
犯罪者が出るたびに「容疑者の部屋には大量のピーマンが」「捕まった○○君は暗くて目立たなくてピーマンを好んで食べていて気持ち悪かった。いつかやると思っていた」って報道されるでしょ。ほらね。やっぱりね。
私の心の中の中学生が、これは陰謀だと唱えている。きっとピーマンに恨みのある何者かが画策した陰謀であり洗脳だ。と。
そりゃ何年もこんな暗示を掛けられたら人間誰でもおかしくなるよ。
それは数あるカルト宗教が証明しているでしょ。
だからさ、若き日の俺は考えたのよ。
もし、将来自分に子供が出来たとき、逆にその子に「ピーマンはおいしい」「ピーマンは人類の味方」「ピーマンを家の四隅に置くと幸せになれる」などとプロパガンダし続けることが出来たなら、今まで何者かの陰謀によってパブリックエネミーとされてきたピーマンの不当な評価をひっくり返せるんじゃないか。
この国に蔓延るピーマンに対する認知の歪みを矯正されたファーストチルドレンに、まだ見ぬ我が子が相成ることが出来たらならば、親としてこれほど誇らしいことはない。
きっとその子は、俺の想いを継いでこの世界の歪みを正していってくれるはずだから。
そして、ついに俺の元にピーマンと世界の命運を握った玉のようなガキが生まれた。
この歪な世界に革命の鐘が鳴る。
弾圧されたピーマン達の、牢獄からの叫びが俺にはたしかに聞こえた。
待っていろ同胞。今お前たちをバルミューダ牢獄から救ってみせるよ。いや、なんか違うな。パン焼けそうだなその牢獄。ああそうだ。バスティーユだ。お前達をバスティーユ牢獄から救い出してやる。俺がお前たちのオスカルになってやる。いや、俺の子がやる。
本来平等なはずの食物社会に勝手に身分制度を持ち込んで、不当にお前たちを差別してきたこの国の闇に、俺達親子が大砲を打ち込んでやる。
俺達はこの世界を巣食うカルトに屈しない。
そんな決意の日からから1年と6カ月経った。
細切れの麗しいピーマン溢るるスプーンを前に我が子はそっぽを向いている。
肉、魚、米にはニコニコと天使のような笑顔を見せて歓迎する癖に、ピーマンへの蔑みの目線はまるで中学の頃の俺を見る女子だ。
なんで?どうしてなの?ピーマンはこんなにおいしいのに。
ピーマンは人類の味方なのに。
何度も言ったじゃない。ピーマンは世界の闇と戦っているの。私達家族を幸せにしてくれるの。ほら、今日も手を合わせて。ピーマンさんに己の恥を懺悔して赦しを乞うの。
そこまで言い聞かせても我が子はピーマンを食べようとはしなかった。
俺は絶望した。
この一年半もの間これだけ懇切丁寧に世界の真理を説いても彼には伝わらない。
未来のオスカルになるはずの我が子は、この腐敗した世界に染まってしまった。
かつて人間に階級を設けた中世の貴族のように、食べ物を差別するような人間に堕ちてしまった。
それも、こともあろうに尊きピーマン様を。
いつからだ。いつやられた。
この一年半、彼が我々夫婦の手を離れたタイミングはほとんどなかったはず。
しかし、密閉したはずの窓の僅かな隙間からも入り込む虫がいるように、我々の隙をついて我が子にピーマン様の悪評を吹聴した悪魔がいたのだろう。
我々の愛しい子の魂はこの悪魔により穢されてしまったのだ。
しかし、今ならまだ間に合う。
この毒が身体を巡りきる前に、私達の手で正しい道に導くことができれば、彼はこの世界をピーマン様と共に救うことができる。
その手を引いていくことが光の子を産んだ我々夫婦の役割なのだろう。
私たちは絶対に洗脳を許さない。
あぁ、もう22時だ。
北の方角に設置したピーマン像に向けてのお祈りの時間なのでここで失礼する。
皆様にピーマン様のご加護があらんことを。




