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もしも俺が若い女性が1人で切り盛りしているカフェのカウンターにいつもいるおっさんになってしまったらそのときは躊躇わず殺してくれ  作者: 梅野飴


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4/12

スーパーの片隅でジジイババアのケツに電流を流して飯を食う謎の組織に8カ月潜りこんだ話③

ひろちゃんの講義は拍子抜けするほどいつも通りの様子ではじまった。

その日のありがたいご説法は、人間の平均体温が一度下がると癌になる確率が十数%上昇してしまうという恐ろしい話だった。

色とりどりの文字で彩られた手作りの模造紙を使い、いつも通り淀みなく元気に健康トークを繰り広げるひろちゃんの語りに、電気椅子の虜になってるご老人達は「まぁー」「怖いわぁ」などと月並みの反応を見せている。

期限までもうあと一カ月というのにこの平和ボケしたぬるい空気はなんだ。これじゃお前、まるで善人じゃないか。どうしたんだひろちゃん。お前はそんなじゃないだろ。その張り付いた笑顔の下には人の生き血を啜るための牙を生やしているんだろう。さあ早く、噛みついてくれ。お前を信じて、緩み切った顔で電気椅子に並んで腰を下ろしているジジイババアの首元を嚙みちぎって血祭りにする、そんな悪魔の所業を見せてくれ。


【悪魔の誘いは突然に】

しかし、講義が始まって10分以上が経過してもワクワクランドはいつもと変わらなかった。

「えっ、マジでこのまま本当に一年弱かけてジジイババアを健康にしただけで終わるの?」

などとあるはずもない想像すらし始めていたその時、ひろちゃんが突然声のトーンを落とした。

「実は、皆さんに残念がお知らせがあります……このワクワクランドは今月一杯をもって終了となります」

えぇー!という悲鳴にも似た声が店内に次々と上がる。

そうか、俺は契約の事情をひろちゃんや店長から聞いて知っていたが、ここに座る老人達は何も知らなかったのか。

自分がジジイババアの群れにポツンと紛れ込んでいる異質な存在であることを改めて思い知らされた。

そして、老人達の動揺の声が落ち着くのを待ってひろちゃんは続けた。

「以前から、この店舗はあくまで無料でサービスを提供して、何も売らない。それをモットーにやってきました。この機械(電気流し箱)を家でも使いたいから購入させてくれないか、という強い要望を何度もいただきましたが、その度にお断りさせて頂いておりました」

ガタッ、と思わず椅子から身を乗り出しそうになった。

身体がソワソワする。きた。ここだ。直感がそう言っている。ひろちゃんが束の間纏ったあのどんよりとした空気、妙な声のトーン。間違いない、ここだ。ここしかない。くる。くるぞ。

これまでその笑顔のマスクを剝がすことなく、8カ月もの間ひたすら積み上げてきた完璧な布石。その証は、今目の前に座る大量のジジイババアの信用しきった笑顔とバキバキの目。

その石を、彼は崩す。

労働基準法ガン無視の無休労働も、俺みたいなクソガキにも笑顔を崩さず腰を低く接してきたことも、ジジイババアのアイドルとしてこの小さな店舗のステージに立ち続けたことも、すべては


この瞬間の為に。


静まり返った部屋の中でひろちゃんは続けた。

「しかし、皆様は本当に我が社の製品を愛して下さって、毎日熱心に足を運んでくれていました。そんな皆様からの強い希望を本当に無碍にしていいのか。このままあと一カ月で本当に皆様がこの製品を使えなくなっていいのか。私は考えました。そして、私自ら、本社に直談判に行き、社長に頭を下げてお願いしました。なんとか〇〇市の皆様がこれからもこの製品(ジジイババアに電気流し箱)を使えるようにしていただけませんか!と。そして、」

ひろちゃんは、そこで言葉を切り、一瞬だけ間を置く。

その場にいる全員が、固唾を飲んで次の言葉を待った。

そして、彼はここまでの8カ月間で一番の笑顔と明るい声で高らかに宣言した。

「なんと!今回だけ特別に!一カ月限定で!この製品を売ってもいいということになりました!」

一瞬の静寂、後、わっと巻き起こる歓声と拍手の嵐。

ところどころから聞こえる「よかった!よかった……!という安堵の叫び。

それはさながら、指揮者がタクトを下ろした瞬間の歓声のような、感動の爆発だった。湧き上がるスタンディングオベーション。フロアは一瞬にして最高潮に。こだまするブラボー!の声。ごめん盛った。

ともかく、ここには8カ月もの間培ってきた俺達だけの絆がある。何度もあった(3カ月目くらいからなんか消えた)消滅の危機を乗り越え、俺達は勝ち取ったんだ。あの、なんかよくわかんない安っぽい木箱を購入する権利を。

俺も思わず胸に熱いものがこみ上げるような気がして、あろうことか涙がこぼれそうになり、ここぞとばかりに左隣の電気椅子に座るババアと抱擁したい気分になったりなどした。流石にそれはやめた。

大歓声の中、更にひろちゃんは俺達の感動に追い討ちをかける。

「更に、本来この製品(なんか電気流すらしい木の箱)は98万円(税抜)なのですが!なんと今回、74万円(税抜)の特別価格で提供させていただくことになりました!」

ザワつく電気椅子メンバーたち。そのザワつきは衝撃の割引率からくるものなのか、衝撃のぼったくり価格故なのか、絶妙にわからない空気だった。

しかし、ここはひろちゃんのテクニックが光った。定価の説明部分は彼はかなり早口だったのだ。

その為、ババア達の脳が(えっ、高くない?)と認識する前に割引を前面に押し出すことによって、その脳みそを(わっ、割引がすごい!)に上書きし、彼女たちの思考を置き去りにした。

帰り際、アシスタント君からカタログを一部貰った俺は、期待にワクワクしながらそれを開く。

そこには、98万円の部分に線が引かれて、キャンペーン特別価格として74万円と赤文字でプリントされたあのしょーもない木箱がデカデカと載っていた。

俺はその美しさに思わずため息をついた。

この店舗での発売は急遽決まったはずなのに、なぜか数千部は用意されているっぽいという事実、ひろちゃんが交渉してくれて実現したはずの値引き額と「限定割引!」の文字が派手に印字されているそのデザイン、なんか色々科学的なことが書いているけど全部雑誌の裏みたいに抽象的で要領を得ない説明文。100%存在していないモニター(女性/70代)の声。

それらすべて、俺が期待していた通りのものだった。

ちなみに「わたし、ああいうずっと笑顔の人、信じとらんけん」と言っていた俺の恩人である彼女にこのカタログをプレゼントしてあげると「うわぁ」と、とても喜んでくれていた。


【その後】

このエッセイ的には、最後の一カ月間を見届けて、ワクワクランドの終焉を描いた方が当然おもしろいのはわかっているけれど、17年前の17歳の俺は、まさか将来こんなものを書いて飯を食おうとしているほど未来の自分が追い詰められているなんて想像もしていなかったので、そこで満足してしまった。

ここまでひろちゃんと二人三脚で8カ月の道のりを歩んできた俺だったが、最後の最後で飽きてしまったのだ。本当にもったいないことをしたと、今になってめちゃくちゃ後悔している。でも飽きちゃったんだもん。しょうがないじゃん。大量のご老体と並んで8カ月電気椅子に座ってだけで偉いでしょ。ほぼ拷問じゃん。

それゆえ、俺はワクワクランドの最終売上と収益を知らない。いや、まあ最後までいたところで知ることはできなかっただろうが。

しかし、一つだけ情報は得ていた。

ワクワクランド閉店の三週間前、つまり信者からの回収フェーズにはいって一週間経った頃、俺は閉店作業中のバックヤードでひろちゃんと会った。

いつものようにバッキバキの目で「お疲れ様でーす!」と低姿勢で挨拶してきたひろちゃんに、俺は思い切って聞いてみた。

「どうですか?あれ、売れました?」

この聞き方は、恐らく失礼だったと思う。

社会と商いのなんたるかをこれっぽっちも知らねえ17歳のクソガキから出た「お前の詐欺商品どうなの?売れてんの?なんかがんばってたけど。人を騙して食う飯は美味いか?」という蔑みの副音声を滲ませたセリフだったと思う。

しかし、それが功を奏した。

ひろちゃんは相変わらず笑顔のまま。

「そうですねー……とりあえず5台ほど」

この言葉に、尋ねた俺自身が一番驚いた。

今までの彼だったらそんな具体的なビジネス臭い数字を出すことはなかった。

それは、ここまで完璧に仮面を被ってきた詐欺師が初めて覗かせた僅かな隙だった。

9カ月にも及ぶ長い仕事がようやく終わるという安堵と疲労、そしてクソガキの言葉につつかれ刺激された詐欺師としてのプライド。そんなものが折り重なって、ほんの一瞬だけ彼の仮面の下が見えた。そんな瞬間だったと思う。

『おうクソガキ。見たか俺の仕事を。これが社会ってやつだよ覚えとけ』

そんな言葉を脳みそに直接流された。俺は確かに聴いた。

「じゃっ、お疲れ様でしたー!」

と、再び仮面を付けなおしたひろちゃんが去っていく。

それが、俺が彼を見た最後だった。

俺はそんな彼を見送りつつ、理系の頭脳をフル回転させ『5』という数字から売上額の概算をはじき出した。

ええと、たしか74万だったから、かけることの5で、えっと……まあ70万ってことにして、5×7がしちご35だから、35万?……あっいや、10倍の70万だから350万?の、4万ずつ上乗せだから……えっと……クソッ、暗算できねえ……まあ…370万……くらい?みたいな感じで。

つまり、概算にはなるが一週間で約370万円という売り上げのペースのままなら一カ月で1480万円の売り上げになる。実際にそのペースが一カ月続くかはわからないし、反対に最後に駆け込み需要で10台くらい売り上げることもあるかもしれないが、少なく見積もっても売り上げ1200万円は下らないということだろう。

対して経費は、おそらくあのスペースが月15万円くらいなのでそれの×9カ月分、あとはひろちゃんとアシスタント君の9か月分の人件費くらいだろう。

もちろん、その他諸経費はあるだろうが、とりあえず表面的に見えるのはそれくらいだ。講義には大きな模造紙にカラフルなマッキーで手書きした、小学生がお楽しみ会で使うプログラム表みたいなものを使っていたためほとんど金はかかっていなかったと思う。それに、最初の半年はひろちゃん一人だったし、3カ月目くらいまではレジ裏の狭小スペースを借りていたのでその辺はもう少し少なくなる。

とか、考えたらめっちゃ面倒くさいので、もう経費の計算はやめる。

とりあえず、ワクワクランドは9カ月の営業で500万~600万ほどの経費を使い、1200万以上を売り上げ、700万円くらいの利益を上げたという感じだろうか。

いま、大人になり自分で商売をやりながら改めてこの事実を考えると、素晴らしい商売だ。倫理観にさえ目を瞑れば。

しかし、やはり俺はカタギだ。自分を信じてくれた見ず知らずのババア達の腹を笑顔のまま食い破る胆力は俺にはない。

しかし、ひろちゃんだってやはり人間だ。

さんざ詐欺師詐欺師と紹介してきたが、あの笑顔の仮面の下にあるのは悪魔の瞳でも吸血鬼の牙でもなく、結局そこにあるのは人の顔のはずなんだ。

ババアの人生や、家族のことを全く想像しないはずはない。なけなしの年金で70万を超えるインチキ商品を購入したジジイババアのその後の人生を想像しない訳はない。

それでも彼らは自己の利益の為に他人の人生を喰らっている。

もっと言えば、彼らにだって家族や恋人はいるだろう。愛するジジイババアもいるだろう。

それでも彼らは他人の尊厳を踏みにじっている。

ジジイババアの人生を踏みにじっている。

あの頃の俺は、その気持ちが全く理解できなかった。

彼らはどうして他人を傷つけて飯を食うことができるのだろうか。

17歳のクソガキは心底彼らを軽蔑し、社会に出る前に出会えた反面教師として、俺はあんな奴らのようにはならない。という志を掲げて生きてきた。


【今、思うこと】

しかし、あれから17年の時を経た今、曲がりなりにも社会に揉まれて俺の考えは少しだけ変わった。

結局のところ、彼らはただ入った会社に与えられた営業活動を愚直に行っていた。つまり仕事をしていたにすぎないのだ。

老人潰したくてたまんねえからワクワクランドに入ったのではない。たまたま就職したワクワクランドが老人潰したくてたまんねえ会社だったというだけだ。

勿論、仕事ならば他人の人生を壊していいわけではない。

しかし、意識は薄まっている。組織に属していることで、彼らは人を喰らっているという意識が薄まっているのだ。

俺だって目の前の豚さんを殴り殺して食うことはできないが、いくつもの工程と人間を挟むことで罪の意識を薄めて今日も豚こま切れ肉をグラム112円で喰らっている。

そう考えると、俺は自分の為に誰かを喰ってはいないだろうか。

仕事に限らず、自分が自己の為にした行為が、本当に誰の人生も邪魔していない。誰の尊厳も踏みにじっていないといえるだろうか。

正直、俺は自信を持ってそうだとは言えない。

俺に限らず、どんな聖人であってもこの俗世に身を置く限り自分が他人を食ったことが絶対にないとは言い切れないのではないか。

ただ、ひろちゃんの方が、より直接的であった。というだけのことかもしれない。

だからといって、彼らのやることが許されるとは思っていない。

しかし、人は善人と悪人、被害者と加害者の二つにはっきり分けることができるほど単純ではない。

善と悪のグラデーションの中で自分の中の正しさに従って、ポジションを取って生きているに過ぎない。

あの日、世間知らずのクソガキだった俺にも、ついに先日ガキが生まれた。

まだよちよちとこの世界の中を泳ぎ始めた彼が、誰かの喰い物にされないようにすることが親の役目だ。

そして、彼が気付かぬうちに他人を喰い物にする人間になってしまわないように導いていくのもまた親の役目だろう。

最終的に彼の中の正しさは彼自身が決めることになる。が、そこに大きな影響を与えるのが親だ。

気負いすぎず、笑顔を忘れず、彼が世界に溺れてしまわないように見守っていきたい。


そういや話変わんだけどさ、来月近所で赤ちゃんフェスティバルというなんとも幸せな名前を冠したお祭りがあるらしいんよ。

んでね。なにやらそこではベビーマッサージ体験やビンゴ大会などのレクリエーションに参加できてさ、協賛のハウスメーカーやウォーターサーバーの会社や幼児英語学習教材のブースをめぐるスタンプラリーをしてプレゼントをもらえたりもするんだって。しかも全部無料だよ?やばくね?赤フェス。まぢ?やば。

無料でこんなにも至れり尽くせりしてくれるなんて、この世界はなんて優しさに満ち溢れているんだ。

最高だね。赤ちゃんフェスティバル。最高。

あぁ、我らの赤フェス。赤ちゃんフェスティバルに光あれ。

あれ?なんだろう……無性にワクワクしてきたな。


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小説短編集・コント集・詩集もあるから読んでね
― 新着の感想 ―
エッセイだなんてまたまた〜。って思いながら読ませてもらってましたが本当にエッセイだったんですね。 ニヤニヤして読んで、あれ? 笑って読んじゃダメなヤツ? って思ってみて、でもやっぱり笑ってしまいました…
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