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もしも俺が若い女性が1人で切り盛りしているカフェのカウンターにいつもいるおっさんになってしまったらそのときは躊躇わず殺してくれ  作者: 梅野飴


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スーパーの片隅でジジイババアのケツに電流を流して飯を食う謎の組織に8カ月潜りこんだ話②

【あの日から3週間】

俺はもうすっかりワクワクランドの虜だった。

最高だ。ワクワクランド。最高だ。自然治癒力すごい。なんたって肌の調子がいい。クラスメイトにも褒められた。髪が伸びるのもいつもより早い気がする。そういえばなんだか体調もいい気がする。ジャンケンの勝率まで上がってる気がする。あっちむいてホイでは負け知らず。最高だ。自然治癒力万歳。ここからの俺の人生にワクワクが止まらない。あぁ、ワクワクランド。我らのランド。栄えよワクワク。ワクワクランドに光あれ。


そんな話を、一緒にワクワクランドに通う後輩バイトにしたら、なんと彼も「俺もこの前怪我したのに一瞬で治ったんすよ!今の俺、マジで自然治癒力半端ないっす!ワクワクランドやべーっす!」

と、バキバキにキマッた瞳で興奮して語ってくれた。わかる。わかるよ。自然治癒力やばいよね。

俺達はあれからほぼ毎日ワクワクランドに通っていた。なんてったって無料なのだ。無料で健康になって美容にもいいなんて最高だ。毎日のひろちゃんの健康講義も最高だ。あの屈託のない笑顔と明るい声で「はい!今日は便の話ですよー」なんて言われた日には誰だって釣られて爽やかな笑顔で、健康的なうんこの形についての講義に聞き入ってしまうだろう。すごい。ひろちゃん。最高だ。あぁ、ひろちゃん。ひろ様。


そんな目一杯キマッたワクワクライフを送っていた俺を目覚めさせてしまったのは、サクラ初日に一緒に体験をした同級生の女子バイトの子だった。

「完全にミイラ取りがミイラになっとーやん。あんなんインチキなんに」

俺の大切なものを袈裟斬りで一刀両断したその言葉に俺は憤慨した。

インチキだと。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。お前に、ワクワクランドの、ひろちゃんの何がわかる。

「インチキにきまっとーやん」

二度も言った。流石に堪忍袋の緒がふっ飛んだ俺は、顔を真っ赤にして反論した。

「でも、風邪とか引かんくなったし!」

「元から全然引かんやん。学校休んだことないやろ」

「でも、髪が伸びるのが早くなった気がするし……」

「気がするだけやろ。変わってないよ」

「でも!肌がきれいになったってクラスの子から言われたし!」

「他の人にも言われたん?」

「いや……」

「ほらね。全部気のせいなんよ。何にも変わってないんよ」

「いや、でも!自然治癒力は医学的にも証明されていて……!ワクワクランドではそれを」

「目、ヤバいよ」

カウンター一閃。俺は吹っ飛ばされて二回転半してリングに沈んだ。後にも先にも「ぐうの音が出ない」という体験をしたのはこの瞬間だけだ。

小1の頃から俺のことをよく知っている彼女の「お前頭湧いてんのか(意訳)」という言葉は、どんな拳よりも強く俺の心をシバき倒した。

正直、ショックよりも「俺、10代にして社会の闇とか全部わかっちゃってるから」感を常に出して生きてきた、ニヒルを気取った自分が、こんなウシジマくんの債務者のような愚行を犯してしまったということの恥ずかしさが何よりも先行していた。


この俺が、カモになっていたなんて。

絶望の心持ちでワクワクランドに目をやると、ぼちぼち増え始めた客達を前に、巻きグソが一番健康だと語るひろちゃんの爽やかな笑顔が飛び込んでくる。

俺の、俺達のひろちゃんが、あんなに優しいひろちゃんが俺を騙してたっていうのか?ううん。そんなわけない。そんなこと、信じたくないよ。

「わたし、ああいうずっと笑顔の人、信じとらんけん」

そう言って去って行った同級生の後ろ姿が、いつもより大人びて見えた。

その背中を見て、俺は大切なことを思い出した。

そういえば俺、別に健康とか興味なかった。


あっという間にひろちゃんの営業力に魅了されてしまい、知らぬうちにカモミイラになっていた俺だったが、友人にぶん殴られてなんとか人間に戻ることができた。

ちなみに後輩君はなんかいつの間にか飽きて行かなくなっていた。

そこで俺も止めておけばよかったのだが、自分が被害者になりかけたことで俺の好奇心はますます増大し、ワクワクランドに通うことになる。

うん。多分、ちょっと意地になってたこの頃。だってダサすぎたから。だまされかけた自分が。なんとかしてワクワクランドの実態を暴くことで地に落ちた自己肯定感を取り戻したかった。

しかし、もしまたミイラ化してしまったら今度こそもう人間には戻れない気がする。

この潜入捜査は俺自身も命がけだった。


【最初の期限到来】

ワクワクランド開設から20日ほどが経過したころ、15分の電気椅子体験を終えた老人達がひろちゃんを囲んでいた。

「いやー今回は1カ月だけなんですよー。本当にごめんなさい」

そう、たしかにひろちゃんは最初の講義の時に言っていた。この場所は1カ月限定だと。ひろちゃんを囲んでいた常連のババア(通称:ひろちゃんギャル)達は、とても残念そうに悲嘆の声を漏らす。

本当に終わるのか?たしかにこの1カ月、ひろちゃんの営業力と巧みなトークでそれなりの数の常連はできていた。彼女たちの中には電気椅子よりもひろちゃん目当てとおぼしき人らもちらほら見受けられた。

しかし、だからなんだ。20代中盤と思われるひろちゃんが老人会のプチアイドルになることになんのメリットがあるんだ。そういう趣味なのか。いるわけねえだろそんな人間。

なんて考えながら観察していると、このタイミングでひろちゃんが、サラッと面白いことを言った。

「まあでも、皆さんがここをお友達に紹介してくださって、お客さんが増えたら、1カ月の延長は可能かもしれません」

ここか!俺は思わず膝を打った。

そう。ひろちゃんの狙いはハナからここにあったのだ。

どれだけスーパーマーケットで声をかけても集められるカモは数が知れている。

しかし、老人があの強固な老人コミュニティでひとたび声をかけると、途端に大量のジジイババアが動員されることとなる。その爆発力はドラッグストアに併設されているジムを見れば一目瞭然だ。

この日を境にババアが新たなババアを呼び、ものの一週間でレジ裏の小さなスペースは内科の待合室さながら老人の寄り合い所となった。

そして、約束の一カ月目の日。ひろちゃんは、電気椅子に座るババア達と、それを取り囲み電気椅子待ちをしているババア達の前で高らかに宣言した。

「というわけで、このワクワクランド本日が最終日となっておりました……が!なんと!皆さんが沢山のお友達を紹介してくださったおかげで、もう1カ月だけ延長できることになりました!」

巻き起こる歓声と拍手。そこら中から聞こえる「よかったー」と心底安堵する声。

その拍手の雨の中で、前列の右から二番目の電気椅子の上で俺は感動していた。

皆が一体となって、なにか大きなことを成し遂げたような空気。まるで、体育祭や文化祭を彷彿とさせる、俺の17年には無かった青春がそこにはあった。

「やりましたね!」

俺は思わず隣のババアに話しかける。

ババアも嬉しそうに

「ほんとにねー。ここは本当にいいところだもん!こんなところ潰させるわけにはいかないわ」

そう言って俺に笑顔を向ける。

その上がった口角とバキバキの目を見て俺はハッとした。

ッッッぶねえ……またやっちまうところだった。何やってんだ俺マジで。なに老人会に交じって喜びをわかちあってんだ。

ちがうちがう。目を覚ませ。これは潜入捜査だ。

洗脳はされたフリだけで十分だ。

俺はもう一度己を戒めてキッとひろちゃんを睨みつけた。


【半年が経過】

社会主義の決起集会のようなあの日(通称:ワクワクの奇跡)から5カ月、スーパーの片隅にワクワクランドが生まれて半年が経った。

1カ月限定スペースから、老人達のたゆまぬ努力によりもう1カ月だけの延長を勝ち取ったはずのワクワクランドは、延長延長を繰り返して当然のように6カ月が経過したその日も元気に営業していた。

それどころか、日に日に増えていく電気椅子大好きババアと付き添いで増え始めたジジイを収容するために、ワクワクランドはスーパーに併設するかなり広めのテナントスペースに移転していた。

レジ裏の小さなスペースで、たった8脚の電気椅子から始まったワクワクランドは、今や飲食チェーン店舗くらいの大きさの部屋の中に30脚の電気椅子を並べる一大電気椅子座り老人博覧会と化していた。


週7日、朝9時から夕方5時までほぼ休憩なしで大量のジジイババアが15分単位で入れ代わり立ち代わりひっきりなしにこのワクワクランドに吸い込まれていく。

外に並べられた椅子には今回の15分の電気椅子体験に溢れてしまったババア達が、次の15分を待っている。勿論ババアだけじゃなくジジイもどんどん増えてきている。

そして、その大量の信者達の前に立って、まるでスタンダップコメディアンのような身振り手振りで健康について語り、時にはジョークを織り交ぜ、羨望と憧憬の眼差しを一身に集めるのが、そう、我らがひろちゃんである。

この時期のひろちゃんを、俺はあれから二十年経った今でもまだ純粋に尊敬している。

あれほどエネルギーを放出し続ける人を俺は他に知らない。バケモノだ。人は老人を騙すためならこれほど頑張れるのか。と思い知らされた。

さっきサラッと書いたが、彼の稼働日は週に7日だ。つまり、彼は休まない。休まないんだよ。マジで、一日たりとも。意味わからん。人間かあれ。

とんでもない数のカモを捌く必要があるため、3カ月目あたりからアシスタントが一人追加されたのだが、彼はババア達を電気椅子に並べてそのスイッチを入れる等の裏方仕事だけで、あくまでこのワクワクランドのフロントマンはひろちゃん一人である。

ひろちゃんがずっと一人で舞台に立ち続け面白おかしく軽快なトークをし続ける。丸一日ずっとだ。とてもじゃないが常人の仕事量ではない。どう考えてもシャブかなんかをキメてるとしか思えない。あぁだから目バキバキなのか。

ある時、仕事を終えて事務所に挨拶にきたひろちゃんに、いつ休んでいるのか、と尋ねてみた。

裏でも一切手を抜かない彼は、カモ達に見せている笑顔を張り付けたまま元気に答えてくれた。

「9カ月は無休で働くんですが、それが終わったら3か月休みがもらえるんですよ。そういうサイクルの仕事なんです!」

なにそのべーリング海のカニ漁みたいな働き方。めちゃくちゃおもろいやんけ。

つまり、彼らの仕事のサイクルは4月から12月までを無休で働き倒し、年明けから3月いっぱいまで休む。そして4月になれば彼らはまた日本のどこかのスーパーの片隅に電気椅子を並べ始める。

彼が言うにはその3か月という超長期休みの中で毎年海外旅行に行く社員もいるらしい。

そんな働き方もあるのか、と、平日仕事に土日休みの世界しか知らない高校生三年生の俺は世間の広さにひどく感心した。

あの衝撃が個人事業主として生きている今の俺に繋がっている気がする。俺を構成する100人の偉人の中にひろちゃんが入る。なんか嫌だな。


お先に失礼します!と高校生の俺達よりも元気よく言って帰っていくひろちゃんを見送りながら、

「いやちょっと待てよ。今サラッと12月とか言ってたけどよく考えたらその期間決まってるんなら最初の1カ月限定だのなんだのって茶番何だったんや、そういやあれ延長延長って最初の3カ月くらいは言ってたけど最近は言わなくなったし」

などと考えていた。

人は老人を騙すためなら普通に笑顔で嘘をつくということも当時の俺には衝撃だった。


【最後の一カ月】

それから更に1カ月が経ち、凍てつく木枯らしが吹きはじめた12月。

客足が伸びる一方のワクワクランドは、ついに本当の期限、つまりテナント契約の期限である最後の1カ月を迎えることとなった。

この日、俺は「どら、バイト前にちょっくらワクっとくか」とワクランの外に並べられた椅子に座っていた。

藤原基央よろしく首元にたっぷりと巻いたマフラーの隙間から漏れる息は白く、チラつく雪とかじかむ指先は本格的な冬の訪れを感じさせた。

「寒いねえ……あなた高校生?若いのに健康のこと考えてこんなとこ通って偉いねえ」

俺の右隣に座ったでけえババアが親しげに話しかけてくれた。冬が寒くって本当に良かった。

考えたこともなかったが、そうか。高校生が制服のままこんな老人の集まりに顔を出しているのはなんだか貴いことかもしれない。

しかし、俺は忘れていない。俺がここにいるのは健康のためではなく、もっと下衆な理由。はっきり言えば、8カ月間ついに一度も笑顔を崩さなかったひろちゃん、もはやこの町のジジイババアのトップアイドルとしてその地位をほしいままにしている彼が、最後の一カ月で何を見せてくれるのか。それが見たいためだ。


携帯のインカメでアイロンでビターってした前髪を整える。うん。大丈夫だ。俺の目はもうキマッていない。あの頃の俺とは違う。となりのでけえババアとも違う。

ひろちゃんは、最初に俺がカモとしてあの椅子に座ったその日から一貫して「ワクワクランドは無料だ。何かを売ったりすることは絶対にない」と言い続け、その言葉通りここまでは一日も休まずただただ無料で老人達へ奉仕をしてきた。

しかし、俺もバカではない。世の中に金が絡まないサービスなんてものは存在しないことくらいウシジマくんで知っている。カイジも読んでるし。

この最後の1カ月であのひろちゃんがどう豹変するのか。

自分を妄信している信者たちに対してどんな風に牙を剥くのか。

そんな妄想にワクワクしながら、俺はもう何度目かもわからない電気椅子へと腰を下ろした。



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小説短編集・コント集・詩集もあるから読んでね
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