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もしも俺が若い女性が1人で切り盛りしているカフェのカウンターにいつもいるおっさんになってしまったらそのときは躊躇わず殺してくれ  作者: 梅野飴


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高校時代のバイト先で浅瀬の底辺を見た話

俺はさ、てめえのガキには高校卒業まではアルバイトをしてほしくないと思ってんのよ。

仕事なんて、お金稼ぎなんて、社会に出てからいくらでもできるからさ。というかやらざるを得なくなるからね。嫌でもさ。

仕事なんかしなくても許される、モラトリアムに守られた10代の頃にわざわざそんなことはしなくてもいいのよ。部活とか恋愛とか勉強とか遊びとかそんなのをもっとやるべき。そんなのやってるだけで許されるは10代だけなんやから。特に部活なんてマジで10代しかできねえからさ。あと学生同士の恋愛ね。

悲しいかな、俺自身は愚かで大事な高校三年間をバイトに捧げちまったからなおさらそう思うのよ。マジ意味なかったわあの時間。

しかし、人生というゲームの社会人ステージのプレ編を体験するという意味では、少しだけ意味があったのかなとも思う。無理矢理あの頃の俺を肯定すればね。

というわけで、ここからはそんな不要な体験をして大切な10代の時間を無駄遣いした俺の人生に少しでも意味を見出して自分自身を慰めるために当時のアルバイトの話をしたい。

何の意味もなかったけどエッセイのネタになったなら、まあ良しという事で。そう思わんとやっとられんからね。


【社会の底辺の集う場所】

当時の俺は、とあるお弁当屋さんでバイトをしていたのよ。

時給は648円だった。今の最低賃金が千円を超えていることからするとマジで信じられねえ金額やけど、当時だから仕方ない。いや、仕方なくない。だって俺の人生で一番キツかった仕事がこれだもん。いまだにあれより体も精神も辛い仕事はなかったよ。なのに一番安かった。筆舌に尽くしがたい1時間の重労働に耐え、残ったのが648円。何だよ648円って。牛丼も食えやしねえ。いや、食えるか?でも大盛は無理かも。

ただ、この経験のおかげで報酬や給与と仕事のキツさは決して相関関係にないということに気付けたので、これを知れただけでも役に立ったと言えるんじゃないかな。言わせてくれよ。せめてもの慰めにさ。

で、そんな1時間648円の地獄で出会った大人達の話を今日はしたい。

まあさ、ろくでもなかったよ。田舎の時給648円の弁当屋にいる大人達、マジで全員ろくでもなかった。この世の浅瀬の底って感じだった。決して深くはない。膝くらいの深さの底。まだヤドカリとかいるあたり。

15歳までの俺はさ、まだ大人と言うものに希望を持ってたんよ。

別に大人になりたかったとかじゃなくてさ、大人ってまともな生き物だと思ってたんよ。

おじさんはしっかりしているし、おばちゃんは優しい。それが15歳までの俺のイメージだったよ。浅はかなね。

そんなイメージを見事に壊してくれたのがこの地獄の住人達こと、愉快なバイト先の仲間たち。

今日は彼らを紹介するよ。ネタがないからね。

ていうかあの時の弁当屋にいたお前ら全員エッセイのネタになれ。あんだけ迷惑かけたんやから。


【セクハラ店長(仮)】

俺の人生の中で、中学生の頃までのステージでは出てこなかった敵の代表格がセクハラおじさんなんよ。ほぼハンマーブロスみたいなもん。ステージ進んだら急に出てきた。結構手ごわい。

ガキの頃はセクハラと言えば、ドラマに出てくるようなOLの肩をもみもみする部長ってイメージだった。

だから身近にいるとは思っていなかったし、なんなら、あんなあからさまに相手が嫌がっていることをやり続ける人間がリアルにいると思っていなかったのでほぼフィクションの存在だと思っていた。

だってありえないでしょ、嫌がってるOLの肩揉むとか。意味わかんねえよ。いるわけねえよそんな生き物。どう考えても気持ち悪すぎる。

しかし、ツチノコやクネクネやミャクミャクと同種の都市伝説だと思っていたセクハラおじさんは本当に存在していた。

それもなんかでっかいオフィスのハゲた貫禄のある部長さんではなく、バイト先の結構渋い感じのおじさんだった。

それが今回ご紹介いたします、セクハラ店長。

ちなみにあの生き物が本当に店長だったのかどうかはいまだに不明。

なぜなら、その店のボスはマネージャーと呼ばれる鬼のように怖い若い女性で、誰から見てもあの人が店長だったんだけど、マネージャーはあくまでマネージャーであってどうやら店長ではないらしい。

となると見た目と年齢、あと出勤頻度と時間、勤務歴の長さ的にはこのおじさんが店長っぽいので、実は店長なんじゃないかという共通の認識だった。

正式に明言されてはいないけど、みんなが店長だと信じているから店長。首都東京みたいな。公用語日本語みたいな感じ。

で、この店長風のおじさん。鬼軍曹のマネージャーとバイトの板挟み役だったから、学生バイトやパートのおばちゃん達からも割と好かれていた。

厳しいことも言うけど基本的には優しく、背が高く顔もシュッとしていて、イケオジというほどではないが、ロマンスグレーの髪でハゲてもないしそれなりに清潔感のあるし、マネージャーの虫の居所が悪い日は俺達の替わりにサンドバッグになってくれるし。で、少なくとも俺は嫌いじゃなかった。主にサンドバッグの部分で。

そんな店長風のやさしいおじさんが、ある日出勤していなかった。

冷蔵庫に貼ってあるシフト表には名前が書いてあるのに、俺が夕方に出勤したらなんか普通にいない。そして、同じ時間に入っている1個上のフリーターの女の子も、マネージャーもそのことについて一切触れない。3人での謎の気まずい時間が流れる店内。

俺より後に出勤した夜シフトの人たちもみんな「あれ?いなくない?」って感じだったが、軍曹がなんかピリピリしているし誰もとてもその件について触れることがきないでいた。が、その時点でみんな気付いていたと思う。

「あの野郎、逃げたか」と。

理由はどうあれ、バックレをかましたのだろうということは多分全員が直感していた。

時給648円の底辺の職場にいた人間なら誰しも知ってる、あのバイトがバックレた時のボスのイライラした空気みたいなものをマネージャーが纏いまくっていたし、なによりもこのバイト先の店舗は他店のバイトの子から「軍隊みたいな店」と揶揄されるほど厳しく忙しく、ここを辞める人間というのは99%はバックレ、というか脱走だったので、ある日突然人がいない=脱獄というイメージだった。時給648円だったのにね。普通にやめりゃいいのに。


【衝撃の理由】

店長のバックレの理由を聴いたのはその日の二日後だった。

なんとあの日、一緒に入っていた一個上のフリーターの女の子が、マネージャーに「二人きりの時におっさんからセクハラされるから注意してくれ」と言ったようだ。

そして、その旨をマネージャーに怒られた店長風のおっさんは恥ずかしさと怒りでその後の仕事を放棄しておうちに帰っちゃったらしい。

他でもないその当事者の女の子からそれを聴いた俺は、頭をぶん殴られたような衝撃を受けた。

あの、なんやかんや優しいシュッとしたおじさんがセクハラ?あのドラマでみる部長みたいなことを?本当にそんなことが現実であるの?と、流石に言葉には出さなかったが、頭の中はその疑問でいっぱいだった。

ちなみにどうやらセクハラの中身は「200円あげるからおっぱいさわらせてよ」というような内容を毎日のように二人きりの時に冗談交じりに言っていた。ということのようだ。うわあ。小物だぁ。ちゃんとキモいのに小物だぁ。「冗談ですやーん」って言い逃れられるラインのギリギリ手前からセクハラしてる小物のセクハラおじさんだぁ。どうせやるなら「ええい!生チチ揉ませぇ!」くらいの純度100%のセクハラの方がまだ潔くてマシ。

ちなみに同僚にもう一人女の子がいて、その子は俺と同い年のギャルだったのだが、その子も店長と二人きりの時に全く同じ被害を受けていた。

「ウチはどうでもよかったから『そんな安くないっすよー』って笑って相手にしてなかったけど、まあ二人きりの時はいっつもそんな感じだったよあのおっさん」

と、店の裏でタバコをふかしながらヘラヘラと笑うその子の横顔を俺は直視することが出来なかった。だって、本当にショックだったから。

なんというか、そのおじさんへのショックと言うより、いつも仲良く話して鬼軍曹の悪口を言ったり軽口を叩きあっていた女の子たちが、俺の知らないところでそんな被害を受けていたことにショックだった。

俺はまだ15歳でそのバイト先では子供のように扱われていたのに、同じ15・16歳の女の子たちはまるでドラマのOLのような社会の性被害を受けていて、そんなことをおくびにも出さずに俺と接していたのだ。

別に言ってもらえなかったことがショックだったわけじゃないよ。

彼女たちが俺なんかよりもずっと社会の悪い洗礼を受けていて、それを同級生の男子には隠しているような大人だったことがショックだった。自分が恥ずかしかった。

当時の俺は自分の事すげえって思ってた。すげえ賢いし、すげえ客観視できるし、すげえ冷静だし、すげえ大人なすげえ奴だと当時思っていた。なんなら今もちょっと思ってる。全然思ってる。超思ってる。

しかし、同級生の女の子は当時の俺なんかよりもずっと大人だった。

更にいえば同級生の女の子たちが当たり前のようにそんな被害を受けているという、女の子がそれほど生きづらい社会であるということにも絶望した。

そして、そのあとに「いい歳したおっさんがセクハラ(200円あげるからおっぱいさわらせてよ)を注意されて恥ずかしくなって仕事を途中で投げ出してお家に帰っちゃった」という衝撃の事実にも気づいてそこにも更にショックを受けた。もうショック中毒よ。

そんな大人がまさかこの世界にいるなんて思っていなかったね。機嫌を害して拗ねて帰るなんてのは小学生か小学校教師にだけ許される愚行だと思っていたのにさ。いやまああの教師のやるコントもどうかと思うけどさ。

結婚もしている白髪交じりのおじさんがそんな子供みたいなことするだけでもショックなのに、ショックはさらに続いた。もう俺の肉体は電気帯びまくりだ。自然治癒力とか上がりそう。あれ、なんかワクワクしてきたな。

ほとんどの飲食店やチェーン店がそうであるようにうちの弁当屋にも制服があってさ、そして、給料がすべて手渡しだったんよ。

となると、辞めた場合はその制服の返却と給料の日割り分を貰いにくる必要がある。

円満退職の場合はいいけど、バックレた時が問題なのよこれ。

給料は最悪諦めたらそれでいいけど、制服は返却しないと流石になんかマズそうじゃん?なんか訴えられたりしそうじゃん?

だからかつて脱獄していった囚人達もマネージャーがいないタイミングを見計らって制服だけしれっと返しに来てたのよ。火曜日は休みだったからマネージャー。火曜の夜は囚人たちの同窓会になりがちだった。

んで、若い子の場合は母親が給料の受け取り制服の返却をしにくることもあって、その時の「うわぁ」といういたたまれない空気と言ったらなかったね。


【仕上げはお母さん】

そして、店長風優しいおじさんあらためバックレセクハラクソオヤジが消えてから一週間後、悲しいことにバックレセクハラクソオヤジの母親が制服を返しに来た。

白髪交じりのおじさんの、その母親よ。

悲しいね。いやほんとに。こんなに悲しいことはないよ。見ず知らずのおばあちゃんがさ、自分の息子よりもずっと若い、なんなら孫くらいの年齢のマネージャーに、ひたすら頭を下げながら涙ながらに息子のセクハラとバックレについて謝罪するあのバックヤードの雰囲気はもういたたまれないなんてものじゃなかったよ。湿度が高かった。

マネージャーも俺達囚人相手には鬼軍曹とはいえ、別に自分の部下でもないおばあちゃんを怒鳴りつけるわけにはいかず、ひたすら悲しい顔でうなずくことしかできてなかった。

この日の光景は人生で見た他人の悲しい瞬間のトップ5には入ると思う。


という思い出ぽろぽろが本日のお話でした。

特にオチなんてないんだけどさ。

みんな、店長になりすましてセクハラしてバックれてお母さんに制服返しに行って貰うような大人になっちゃダメだよ。って寓話よ。

「うさぎとかめ」とか「はなさかじいさん」と並ぶ、ガキに読み聞かせたい現代の寓話「せくはらばっくれくそおやじ」ぜひ寝る前にご自宅のガキに読んであげてね。


【みんな仲間】

あまり治安のよくない土地に在る、あまり治安のよくない人たちが集う場所。

そんなところに青春の1年半を捧げたことは俺の中の強い後悔のひとつなんだけどさ、まあこうやって改めて書き出すとあれはあれで俺の中の青春だったのかなって思えるかもしれない。

いや、やっぱ嫌すぎるわ。おっさんのセクハラバックレが俺の青春って。もっとあってもよかったろ。あるはずだろ。え、ないの。

とはいえ、この底辺の地獄にはまだまだ沢山のカスがいたのでこれからもネタに困ったら書いていきたいなって思う。

頼むよあの頃のみんな。俺たち648円仲間だもんな。親友だもんな。喜んでネタになってくれるよな。てめえがバックレたくせに何故か警察に通報したおばさんも。バックレた後にバイクに乗って店に復讐の落書きしにきたヤンキーも。バックレた次の日になぜか土下座して戻ってきて2日後にまたバックレたお兄さんも。みんな仲間だもんな。いつか俺のガキもみんなの仲間になるかもしんないからさ。まあ、そうならないように育てるけどさ。でもそうなっちゃったら、その時は優しくしてよ。


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小説短編集・コント集・詩集もあるから読んでね
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