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もしも俺が若い女性が1人で切り盛りしているカフェのカウンターにいつもいるおっさんになってしまったらそのときは躊躇わず殺してくれ  作者: 梅野飴


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19/20

駅前ヤクザ見学ツアー(エサやり体験つき)

「駅前に組事務所が出来たらしいよっ!」

地元の子供達の間にそんな爽やかな噂が走ったのは、青春真っただ中の高2の夏だった。


駅から徒歩3分。アクセスが良く、買い物帰りの主婦や放課後の子供たちが気軽に立ち寄れる素晴らしい立地にヤクザが巣を作ったらしい。マンションという事なので眺めもよさそう。


地域で一番の底辺高校に通っていた俺達は、すぐさま体育館に集められた。

「男子!お前らは絶対にあの事務所に近づくなよ!スカウトされるから!」

と、何度も檄を飛ばす先生。いつも俺達と同レベルでやる気ゼロ授業を披露している先生のその必死の様相から

「生徒がヤクザと関わったらマジでめんどい。ほんま勘弁して」

という熱い気持ちが伝わってきた。

その想いに感動して思わず俺の胸にも熱いものがこみ上げる。


生徒たち(主に男子)はヤクザの巣接近禁止の命が下され、その日の全校集会は終わった。



というわけでその日の放課後、早速行ってみることにした。

だって、生ヤクザだよ生ヤクザ。観たくないわけないじゃんね。「見る」じゃないよ「観る」だよ。生ヤクザは鑑賞に値するよ。


俺は底辺高に通っているとはいえ、ただシンプルに頭が悪いだけで、とってもおとなしくて真面目な生徒だったので、まずスカウトされる心配がなかったし、原付で行くから最悪追いかけられたら逃げたらいい。それにヤクザって基本的にスーツで木刀持って走るでしょ?流石に原付には追い付けないでしょ。いけるいける。


それよりなにより、生のヤクザが観たい。生ヤクザ。焦がし生ヤクザ。食べちゃいたい。

それに、駅前には交番があり、駅周辺をよく警察様がパトロールしてくれているわけやから、いかにヤクザといえど、この平成の時代に無理はしてこないはず。俺達まだ未成年だし。モラトリアムに守られてるし。


ね?そんなもろもろ考えてみれば、これは大チャンスなのよ。

生のヤクザが基本無料で、しかも安全に観測することができる。

パンチパーマとかいるかもよ?頬のところに傷がついてたりするかもよ?

もしかしたら「テツゥ!灰皿持ってこんかい!」みたいな声が聴こえるかもしれない。

テツの頭、なんかあのでっかいクリスタルの灰皿で殴られて血が出てるかも。

携帯を持っていけばそんなヤクザの生態を撮影して記録できるかも。

ほら、ワクワクしてきたでしょ?

こんなチャンスは、長い人生今後二度と訪れないかもしれないよ?


というわけで、友人を誘ってヤクザを観に行くことにした。

学校の目の前に新しくできたローソンに行った時に近いワクワクだった。


ところが、待ち合わせの我が家に現れた友人は、なんかいつもと違う見慣れない格好をしていた。

白いポロシャツにスラックス、黒縁の眼鏡までかけていた。

いつも、ガラシャツに謎のごついバックルのベルト、というクソダサい彼らしからぬファッションに、俺は思わず気でも狂ったのかと尋ねた。


「気でも狂ったん?」


「だって……やっぱり怖いやん」


怒るでもツッコむでもなくそう溢す彼に、俺らみたいなガリ勉くんがスカウトされるかいな。あひゃひゃひゃひゃ。と言いたかったが、彼としてはスカウトよりも一年の頃に体操服姿でタバコを吸いながら下校していた時に、後ろからきたワゴンRに乗ったチンピラに因縁付けられて土下座させられたあの日のトラウマがまだ癒えていないのかもしれない。あれおもしろかった。またやってほしい。


緊張は伝播する。謎に彼が怖がっているせいでなんか俺まで緊張してきた。

着替えたほうがいいのか?と自分の姿を改めて確認したが、お母さんが買ってきたトライアルの部屋着のTシャツを着ていた俺が絡まれることはまあないだろうと判断してそのまま行くことにした。ヤクザにだって相手を選ぶ権利はあるよ。


ともあれようやく生ヤクザ体験ができる、とワクワクしながら原付を走らせていると、信号待ちで隣に並んだ友人がフルフェイス越しに話しかけてきた。


「なあ、やっぱ通り過ぎるだけにせん?」


「えぇ!?なんで!」


「なんでって……」


信号が青に変わって走り出した俺達だったが、またすぐ路肩に止めて話し合いをはじめた。


「なんなん!ふたりでヤクザ観に行こうねって約束したやん!」


「いや、見に行くよ。行くけど、通り過ぎるだけでいいんやない?」


「でもそれやったらちょうどいい時間にヤクザが外に出てるかわからんやん」


「それならそれでいいやん。サファリバスだって通り過ぎるだけやん」


「ヤクザが巣にいたら見れんやん!餌もってないやろ!」


そんな風に俺達はヘルメット姿で口論した。ごめん。会話はほぼ今創作した。でもこんな内容ではあったよ。ごめんね。エッセイってそんなもんやから。20年前の細かい会話なんて覚えてるわけねえから。


俺は絶対安全だと思っていた。だって今は平成よ。そんな仁義なき戦いみたいな世界ないって。ないよ。俺達みたいな一般人がヤクザをちょっと眺めたくらいで殺されたりはしない。ヤクザだって仕事でヤクザやってんだからそんな意味のないことはしないし、そもそも目が合っただけで噛みついてたらそれもうヤクザがどうこうじゃなくて人として生きていけないでしょ。ジャンガリアンハムスターじゃねえんだからさ。


しかし、ヤンキー漫画が大好きだった友人は頭の中がクローズとかワーストでできていた。怖い奴は因縁をつけてくるものだという思い込みがある。因縁付けてきて土下座させられてると思い込んでる。ああそれは実体験か。

結局、俺は彼を説得することはできず、それどころかもうこのツアー自体が中止にしたい。帰りたい。みたいなことすら言い始めたので、俺は帰りにマックを奢る約束をしてなんとかそれだけは阻止した。


というわけで、ヤクザ組事務所体験ツアー(おさわり有り)は、ただのバスツアーにマイナーチェンジしてしまった。

左手に見えますのがヤクザ。ヤクザの事務所になります。あー出てきませんね。この時間はまだ寝てるのかな?ヤクザ。

そんなのなにも面白くないのに、彼はそれでいいと引かなかった。エサやり体験とかしたかったのに。


悔しかった。こんな一生に一度のチャンスをみすみす逃すことになるなんて思ってもみなかった。

じゃあ一人で観に行けばいいじゃん。って話なのだが、そんなん怖いじゃん。アホかよ。

いや怖いよ。俺はビビってないとかそんなんじゃないから。めちゃくちゃ怖いから。だから一人では絶対に近づかないよ。でもまあ二人いたらなんとかなるでしょ。いざとなったら俺の原付の方があいつの原付より速いし。生贄がいればヤクザも満足するでしょ。一匹拉致すればメンツが立つでしょ。


しかし、そんな夢よりも俺は彼との友情を取ったよ。だって俺は友達思いだから。友情に厚い男だから。友達、大事。仲間とは宝。

というわけで、若干予定は変わったが俺達は再びヤクザを見に原付のアクセルを回し走り始めた。


7月の空は青く澄んでいて、太陽は青春真っ盛りの小さな俺達の道の先を、まるで祝福するように熱く照らしていた。




駅前のロータリーを東に折れ、三カ月前に整備不良で捕まえられた交番をチラ見して、その存在をアピールしつつ、俺達は組事務所へのラストスパートを切る。


うん。なんだかんだ興奮してきた。

バスツアースタイルとはいえ俺達はヤクザの組事務所を見ることが出来る。

NYで自由の女神を見る時、パリでエッフェル塔を見る時、ドイツでノイシュヴァンシュタイン城を見る時、きっとみんな同じ気分なんだろうな。

恐らく一生に一度の光景がそこにはある。


創作の中では何度も見た。映画や漫画で何度も見たけれど、自分の生活にはおよそ関係のない物、人生には登場しないだろうと思っていたものがもう目と鼻の先にある。

胸が高鳴る。この胸の高鳴りは、歓喜か、それとも恐怖か。まあ多分普通に恐怖の方だとは思う。


「あ、あれじゃね?」

前を走っていた友人が振り返って左手前方を指さした。

彼の人差し指の先に灰色のマンションが見える。

俺のモンサンミッシェルが、そこにあった。


が、


「はーい行って行って」

アパートの前でアクセルを緩めかけた俺達は、待ち構えていた警察の誘導であっさりと流された。


組事務所の入ったマンションの前にはすでに警察が張っていたのだ。

暴力団追放のノボリと共に。


すごいね。現代。漫画とは違ったよ。

俺達みたいなクソガキが見に来ることなんてとっくにお見通しだったよ。

結局ヤクザの生態を確認するどころか大量の警察の背中しか見ることはできなかった。んで、マック寄って帰った。

俺の夢のヤクザ見学ツアーの終わりはあっけなかった。

1200円(ビックマックセット×2)という大金を払って、警察が囲んでるマンションの前を通り過ぎるだけの超ぼったくりツアーになった。ふざけんな。


その後、俺は1人で何度か見学にいったのだが、いつ行っても警察が事務所のマンションの前を取り囲んでいて、ついぞ生ヤクザを見ることはできなかった。

テツも、アニキも、パンチパーマも、入れ墨も、みんな巣にこもりっぱなしで、俺達人間の前に出てきてはくれなかった。怖くないのに。


そして、そのヤクザはものの一カ月で撤退したらしい。まあそらそうだ。あんな様子じゃテツがコンビニにチョコパイを買いに行くことすらできない。

すごいよ。警察。すごいよ。うちの自治体。ヤクザが安心して道を歩けない街だよ。



あの日から20年。


今、これを書いていて思うけど、俺アホすぎやろ。

なんやねん。生ヤクザって。生キャラメルみたいに言いやがって。

どう考えても危ない。危なすぎる。

ほんと良かったよ警察様がいて。

だって俺、携帯でヤクザ撮影しようと思ってたんだよ?死ぬって。


「テツぅ!こいつ博多湾に沈めぇ!筑後川に流せぇ!」

ってなってたらどうすんの。Tシャツ買ってきてくれたお母さん泣いちゃうから。

自分のガキがこんなアホに育ったら俺も泣いちゃうよ。


というわけで、俺はもう生ヤクザを見る機会はマジで一生要らないので、こないでね野良のヤクザ。エサあげないよ。寄ってこられても。しっしっ。あっち行きなさい。


ちなみに、一緒に行った彼はその後なんか理由忘れたけど退学になって、なんやかんやで本物のヤクザになったとかなってないとか聞いた。

そう考えると、ふんわりもち食感生ヤクザこそ見れなかったけど、結果的にはあの日の俺はヤクザにエサやりだけはできたってことかな。


マック奢ったし。


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小説短編集・コント集・詩集もあるから読んでね
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