ガラスの動体芸術とロレーナの肖像
ぺセニア美術館を回ると、ジェロームとロレーナは、美術館の出口へと回ります。多くの来客が賑わう中、ジェロームへと声をかける1人の男がいます。男は灰色のうさぎの男でした。
「ジェロームさん、ぺセニア美術館に来てくださったのですね。今年でリニューアルして3年という月日が経ちました。ジェロームさんの絵画を展示して頂きたいという館長からの願いなのですが、お考えは如何でしょうか?」
「館長からの伝書鳩かい、ミラノ?久しぶりだな。私は大衆に見せびらかすような作品は似合わないと考えるよ。私はどちらかと言えば、自分のアトリエに飾るような作品を描くのがモットーさ。アルリオンに伝えてくれ。それにこれからは知り合いのガラス工芸作家の工房にも行かなきゃならないからな。」
「また是非お越しくださいね。そちらのお客様も一緒に。」
ジェロームはミラノに挨拶をするとロレーナと共に美術館の出口へと向かいます。美術館を出て階段を降りていきます。ぺセニアの街の時計の鐘が鳴るとジェロームは喫煙所へと向かいます。ジェロームはロレーナへと聞きます。
「ロレーナ、君は喫煙者かい?」
「ええ、私も喫煙はしますよ。だから煙草は平気です。私はこの匂い嫌いでは無いですよ。」
喫煙所に向かうとジェロームは煙草をゆっくりと吸い始めます。ロレーナも煙草を箱から出すと煙草の先にゆっくりと火を付けます。煙草は静かに燃え始めるとロレーナは語り始めました。
「私には、子供がいません。実は公には発表していませんが、夫のカーチスとは前年に離婚しました。それにより私は独り身なのです。孤独から解放されようと旅に出ようと決意したのです。資産はあったのでレッドツェッペリンのような各地を巡る飛行船に乗りたいと思いました。」
「そうか、だから私について来たのか。あの有名なカーチスと破局して、ようやく私という寂しさを埋めてくれる存在と出会ったというわけか。美術は確かに心を埋める不思議な深みがある。なあ、君の肖像を描かせてくれないか?
私からのプレゼントとしたい。」
「なんて素敵なのかしら。お願いします。肖像を描いてくれるのを楽しみにしています。」
喫煙所に行ったロレーナとジェロームは喫煙所から美術館前の馬車の送迎所まで向かいます。ロレーナは自然とジェロームの優しそうな雰囲気に惹かれたのでしょう。階段を降りると目の前には川が流れているのです。ジェロームはスマートフォンを出すとロレーナに問います。
「ロレーナ、写真を撮らないかい?」
「ええ、一緒に撮りましょうか。」
ロレーナはジェロームのスマートフォンを撮ると自撮りの画面にしました。スマートフォンの中央部にあたる写真のシャッターを押すと音が鳴り写真が撮られました。ジェロームはロレーナに言います。
「ありがとうな。お嬢さん、さてこれから行くガラス工房は凄いぞ。色々な動物が飾られている。もうそろそろ迎えが来る筈だ。」
ジェロームが言うと向こうの方からぺセニア美術館まで迎えに行ってくれた馬車が現れました。その馬車を送迎していたのはあのガラスのマナティのラウエンブルクです。ラウエンブルクは馬車を降りるとジェロームに挨拶をします。ジェロームはラウエンブルクに言います。
「ジェローム様、美術館の巡礼は終わりましたか?次はどちらへ向かわれますか?」
「お前さんのご主人の所へと連れて行ってくれないか。確かぺセニアのタルディ聖堂の近くのガラス工房にいるはずだ。それからこのロレーヌも一緒だ。彼女もこの世界の動体芸術に不思議を覚えていてな。勿論、お金はお支払いするぜ。3000ルーブルでどうだい。」
「かしこまりました。」
すると馬車の扉が開くとジェロームはロレーナを先に乗せるのでした。ロレーナは前に行くと階段を静かに駆け上がっていき馬車の奥の窓側の席に座ります。窓側の席からはぺセニア川のゆったりとした流れが見えるのです。そして馬車は静かに出発していきます。ラウエンブルクが馬の鞭を叩くと馬はゆったりと動き出し馬車は発車しました。ぺセニアの街の景色が静かに見えていきます。馬車はぺセニアの街から離れると少し郊外に出ました。郊外に屋台が現れました。屋台では動物達が賑やかに売店をやっています。ゲルース通りに行くと今度は動物達が楽器を奏でて音楽を演奏しています。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの室内楽でしょうか。ジェロームは、ラウエンブルクに質問をします。
「ラウエンブルク、あの室内楽を奏でている音楽家達はぺセニア音楽大学で活躍をしているブラウスカルテットの皆さんか。きっと素晴らしい演奏をするんだろうな。」
「そうです。あの大学でもぶっちぎりの演奏技術を誇る楽団員達の者ですよ。私も時々演奏を聴きに行くのですが、非常に素晴らしい演奏なのです。さてあれがぺセニアの有名な時計台であるノイスヴァンの時計台です。あのノイスヴァンの時計台の音には不思議な力があるのです。動体芸術に息を吹き込んでいるという。」
時計台が鳴ると時計台から不思議な光が放たれる事にジェロームは気が付きませんでした。その光はぺセニア美術館にて静かに佇むロベティームの虚像を照らしていました。馬車はガラス工房の前に辿り着きました。ガラス工房に到着すると、馬車の扉が静かに開きます。ラウエンブルクは降りるとジェロームとロレーナは馬車を降ります。
ラウエンブルクは工房の中に入ります。すると中にはジェロームにそっくりなマナティの姿をした男がガラス工芸を作っています。ラウエンブルクはそのマナティの男に声をかけます。
「ラグターン様、客人がお見えになりました。
ジェローム様とロレーナ様です。」
「おう、ジェロームじゃねえか。暫くだな。おいもしかして恋人かい。」
「兄さん、元気だったかい。いや違うよ。彼女は一緒に旅をする旅仲間だ。レッドツェッペリンで偶然出会ってね。
一緒にぺセニアの美術館まで行って来たのよ。ぺセニア美術館で見た。兄さんは相変わらず凄い数のガラス工芸品だね。あのラウエンブルクというガラスのマナティは動いていたから例の魔法の液体の力かい。」
「そうだ。ラウエンブルクは俺の作った最高芸術だろう。それだけじゃねえぜ。うさぎもいる。ガラスのうさぎエイルースだ。それにガラスの犬デスネードだ。まだ動いた事はないが、彼らが動いたらそれはそれで凄い事になるぞ。」
「あら、可愛らしいうさぎさんとお犬さんですね。始めまして私は画家でモデルのロレーナと申します。弟様の作品を鑑賞しました。素晴らしい作品ですね。」
「ジェロームの才能は父譲りなのかなぁ。是非ゆっくりしていってくれ。」
そういうと、ガラス工房の奥にある客室に案内されるのでした。客室に上がるとテーブルもガラスで出来たガラス家具です。ロレーナが言います。
「ねえ、もしかしてジェロームさんのご実家なのならば、絵画もきっとあるのでしょうか?」
「ロレーナ、そこに座ってくれないか?君の肖像を描きたいんだよ。急に悪いね。ここは落ち着いていて素晴らしい空気なのだよ。」
ロレーナはそう言うと、ジェロームの方を静かに向きます。
ジェロームはスーツケースを開くとスーツケースの中にキャンバス油絵の具が入っています。油絵の具を塗るパレットを出すと灰色の油絵の具に薄い黒色の油絵の具を混ぜていきます。少し水を垂らして色を作っていくのです。地塗りを開始していきます。時塗りで下地を作っていくと今度はその上に色を重ねてロレーナの肖像画を描いていきます。ジェロームの絵を描く速さはとても早いです。ロレーナは心の中ではジェロームに対して少し馬鹿にしたような気持ちがありました。
(このおじさんは本当に私の美貌に引っかかっているんだから。本当にこれで私を満足する絵画が生み出せるのかしらね。)
その様子を見ていたラグターンはふふふと笑いを浮かべました。ラグターンは子供の頃からジェロームが必死に絵に取り組む姿を何度も見て来たのです。
「ジェロームの奴、本気になってやがるじゃねえか。ああなったあいつの本気はすげえぞ。誰にも負けねえからな。」
やがて途中まで描いてジェロームは疲れてしまったのでしょうか。ふぅとため息をつきました。ロレーナは、ジェロームに言います。
「ジェロームさん、疲れたからまた今度にしましょう。肖像画はいつでも描けるので、今日は美術館にも行ったしお疲れでしょう。私の肖像は今度ホテルへ行った時にでも作りましょう。続きはいつでも書けますよ。」
ジェロームの前にガラスのうさぎが現れて水を持って来ます。ガラスのうさぎは、水が入ったコップを静かにジェロームとロレーナの方に渡します。するとガラスのうさぎは礼儀正しくお辞儀をします。
「ジェローム様、お疲れ様です。僕はラグターン様に作って頂いたエイルースと申します。お疲れのようですのでお水をどうぞ。」
「まあ可愛いガラスのうさぎが喋ってるし動いているわ。」
「君は兄さんが作ったガラスのうさぎエイルースなのかい。もしかしてあの水のお陰かな。ありがとう。神秘的なものだよ。」
ジェロームは静かにコップの水を飲むのでした。




