ロベティームの虚像
飛行船はぺセニア空港に到着しました。ゆっくりと着陸していく中でジェローム達は、シートベルトを着用しています。ぺセニア空港は、港の近くにある空港である為、青い海が綺麗に映ります。飛行船から吹く風は海面を唸らせます。飛行船が完全に離陸してシートベルト着用のサインが消えるとジェロームとマルコは席を立ちます。ジェロームは座席の上にトランクを開けて荷物を取ります。荷物の中にはジェロームの仕事用具である絵の具が入っています。扉が開くとジェロームとマルコは空港の搭乗ゲートまで歩きます。荷物受け取り所まで行き、スーツケースの荷物を受け取ります。
「さて荷物も届いた事だし、ぺセニアの街をこれから探索する時間にしよう。」
「ジェローム、わしはこの街でお別れだ。また会えたら会おうじゃないか。」
「マルコ、ぺセニア美術館には行かないのか?」
「いや急用が出来た。ロレーヌさんと楽しんでくれ。」
「そうか。ありがとな。また会おう。」
マルコはジェロームへと手を振るとジェロームと別れたのです。さてこれからジェロームは1人で旅をする事になるのですが、1人になったジェロームに女性が声をかけて来ます。
「ジェロームさん、良かったらぺセニアの街を一緒に巡礼しませんか?美術館だけでなくこの街には良い場所が沢山あるのです。」
「ロレーナさん。そうですか。良いですよ。あなたと一緒ならは。あなたと一度美術に関して色々とお話ししたい事もあったのですから。もう直ぐ歩くと馬車がやってきます。私の友人がね、作ったガラスの彫刻が馬車を操縦しているんです。」
ロレーナと共に古びた街並みの道路をジェロームは歩いていきます。ロココ建築で作られた建物が街並みに並んでおり街全体が遺跡のようです。するとジェロームの目の前に馬車が現れました。その馬車を率いているのはなんとガラスで出来たマナティです。まるでジェロームは自分の分身を見ているみたいな不思議な気持ちになります。ガラスのマナティはゆっくりと喋り出しました。
「私の名はラウエンブルク。お客様、ぺセニアの街のどちらまで行かれますか?」
「ぺセニア美術館まで行きたいので、連れて行ってくれ。それから彼女も一緒にお願いできるか?」
「かしこまりました。2名様ご乗車致します。」
丁寧な口調でラウエンブルクは答えます。その口調は落ち着いており静かに低い声でした。古びた木造の馬車小屋の座席が見えるとロレーナは前へジェロームは後ろへと座ります。
「揺れますので気をつけてください!」
するとガラスのマナティのラウエンブルクは、鞭を叩きました。馬車はゆっくりと出発します。馬車は動き出すと一気に周りの景色が見えます。馬車はゆらりゆらりと揺れていく中でぺセニアにある大聖堂や教会が見えています。大聖堂には巨大な時計が飾っておりその時計が定時を指すと鳴るという仕組みになっているのでしょうか。ロレーナは、静かに街の外を見ながら景色を楽しみます。
すると巨大なロココ建築の美術館が見えてきました。ぺセニア美術館です。目の前にはロズワルトという建築者の彫像が建っています。ラウエンブルクは静かな口調で到着の合図を知らせます。
「到着しました。ぺセニア美術館です。足元をお気をつけてお下がりください。」
「すまんな、ありがとう。さあ、ロレーナさん、どうぞ。」
「ありがとうございます。」
ジェロームは先に馬車から降ります。ロレーナも後から馬車を静かに降りていくと前には美術館の大門が見えて来ました。ジェロームとロレーナは大門を通ってゆっくりと歩きます。沢山の客で賑わう中、ジェロームは美術館の入場口に入りました。それぞれロレーナも3000ルーブル支払うと美術館の中へと入っていきます。まず目に入ったのが画家のクーベルが描いた婚礼の絵画です。顔がクジャクで背中に羽が生えた聖母マリアとクジャクのヨゼフの結婚を描いた絵画であります。クーベルはルネサンス期にいたとされる印象派の画家です。奥に大聖堂が写っており聖母マリアとヨセフ、そして中央には仲人の鳥の老人が描かれているのでした。婚礼を眺めるとジェロームは口にしました。
「クーベルが描いたとされる印象派の絵画。宗教画としても素晴らしい。これは価値のある作品だ。特に顔の美しさや羽を表現する色彩などどれも濃い。めでたい祝福なのですな。」
「ジェロームさん、この絵画は聖母マリアとヨゼフの婚礼を描いたとされる絵画ですね。本当によく描かれていますね。なんて素敵な絵画なの。本物を見れただけでもここへ来た甲斐があるわ。他にも見たい作品があるんです。クーベルの描いたパリスの審判です。」
ロレーナはクーベルが描いた別の絵画を案内しました。その絵画には3人のオオタカの女神ヴェナウ、メリヴァ、ユノが立っています。女神の前には羊飼いの青年が座っており杖を持ち粗末な格好をしているのです。青年の名前をパリスというのです。パリスは目の前に立っている3人のオオタカの女神に黄金の林檎を与えてようとしています。パリスの後ろには伝令神ヘルメスが木に巻き付くように立っているのでした。パリスの誕生を見たジェロームはその背景画に感動を覚えたのです。
「これは神話に基づく素晴らしい絵画だ。この黄金の林檎は禁断の果実。クーベルは最初のパリスの審判を描いた。だが、それを後継の画家が3度も描いたのか。」
ジェロームが知識を語るとロレーナは静かに頷くのでした
そして2人は彫刻があるゾーンへと向かうと、ロベティームの虚像という彫刻が置かれています。その彫刻の表情は無表情で何を考えているかわからないような感じがします。ロベティームという彫刻家の自彫刻像です。熊の姿をしたその自彫刻には作者本人により虚像と名付けられたのです。手は腕を組んでいるようであります。表情を気にしたロレーナが言います。
「ロベティームはこの自彫刻を彫った際に、難病であるパーキンソン病に悩まされていたそうなのです。不随意運動により自分の身体が動いてしまう難病に。それ故に心のバランスは乱れてしまったと彼の書記に記されていました。虚な心情をこの彫刻にぶつけた。あちらにある像とはまるで表情が違うと思いませんか。私は、この虚像はロベティームの最高傑作だと考えています。」
「申し訳ないが、私は幻滅したな。ロベティームの虚像なのだという、素晴らしい彫刻かと思ったら正直がっかりだ。青銅製?大理石で作られた彫像ならば作品の価値は上がると考えたのに。それに表情よりも造形美が美しくない。」
「何故そのような事を言うのですか?私は素晴らしいと思いますね。まあ美術品には人それぞれの感じる価値観というものがありますから。ジェロームさんは画家として活躍されている年数が長いですからね。良いですか?美術品の価値というのは素材で決まるものではないと私は考えているのです。例えばバロック建築だって素晴らしい。ゴシック様式だって、ロココ建築だってそれぞれの時代を象徴する一流芸術なのです。」
ロレーナは自分自身の意見を熱心に語り始めました。するとジェロームも少し顔色を変えました。他人の意見を聞き入れたようです。するとジェロームは静かに話し始めます。
「すまない。君がこの作品を素晴らしいと感じていた事を考えていなかった。私とした事が愚かな一面を晒してしまったな。私の価値観と君の価値観が合わない事にはどうしょうもない。」
素晴らしい彫刻を前にして2人の画家の意見のすれ違いが起き始めたのです。ジェロームはロレーナに聞きます。
「そういえば、何故あなたは私についてくるのです?私は不思議でならない。あなたの家はこちらでは無いのでしょう。」
「ジェロームさん、私は旅をしています。もし可能ならば一緒に美術館を巡礼する旅に出ませんか?お互い同じ趣味をお持ちなのですし、画家のお知り合いも多いでしょう。」
「そうですか?分かりました。良いですよ。ただし、私の美術品へのこだわりは強いですよ。今日は、この後、ぺセニアに住む私の兄が営むガラス工房にお邪魔する予定です。先程、ガラスのマナティがこの美術館まで送迎してくれたでしょう。あのマナティも兄が制作してくださったのです。」




