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ルーキフェル

私は、まだ西風の中にいた。

もう、とっくに吹き終わっている風だった。


誰もいない会議室で、一人だけ議事録を読み返す。

もう使われない言葉。

もう採用されない考え方。

それでも私は、赤ペンの癖まで思い出せた。


尊敬とは、便利な病気だ。

私の若さを摩耗させる。


相手がいなくなっても、自分の中で勝手に生き続ける。

だから前へ進めない。

私は何度も、自分に言い聞かせた。

あの人は古かった。

決断が遅かった。

あの頃の会社だから通用した。


違う。

全部、違う。


私は、前へ進むために過去を編集しているだけだった。

だから苦しかった。


「君、良いね、数字出して。」

振り返る。

知らない人だった。

資料も持っていない。

肩書きも名乗らない。


私は答えられなかった。


「数字。」

「……わからない。」

その人は笑わなかった。

ただ、空中に見えない線を引く。

「ひの。」

一本。

「ふの。」

二本。

「みの。」

三本。

「ちょんちょん。」

なるほどねぇ


その仕草だけで、不思議と頭の中が静かになった。


「だいたいわかった。」

その人は頷く。

「大丈夫。」


私は、その言葉を何度も聞いてきた。

励ましは、もう効かない。


「面白くなるぜ。」


その瞬間だった。

風が吹いたわけじゃない。

風は、もう必要なかった。

部屋の明るさだけが変わった。


昨日まで見えていなかった出口が、最初からそこにあったように見えた。

私はやっと理解する。


西風は、人を運ぶ。

極光は、網膜に見せる。

風は行き先を変える。

光は世界を変える。


私は立ち上がる。

もう、かつての風を悪く言う必要はない。

あの風があったから、ここまで来られた。

そして今日。

私は初めて、風ではなく光を選んだ。

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