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指令型 ゼピュロスコンクエスト

五月の連休前、

鴨川は、下流に向かうほど深くなる。

竹田橋のあたり、流れは遅く、色も少し濃い。


表面は穏やかなのに、底だけが重い。


橋の欄干に触れると、昼の熱がまだ残っている。

指先に、遅れてくる温度。

未練がましくて、少し萎える。


最初は、ただ少し高い場所にいる人だった。

言葉の選び方も、判断の速さも、

どこか一段、上にある気がしていた。


見上げる距離が、ちょうどよかった。

手を伸ばせば届きそうで、でも触れない。

その未完成さが、心地よかった。


ある日、ほんの小さな場面で、

世界の向きが変わった。

あなたが迷ったところで、私は迷わなかった。

あなたが言葉を探している間に、

私はもう答えを持っていた。


それだけのこと。

でも、その“それだけ”で、

見上げていた角度が消えた。


それからは、ひとつずつだった。

あなたの癖を覚え、

思考の順番をなぞり、

判断の角度を自分の中に移していく。

盗んでいるわけじゃない。


いいものは全部、血に変わるだけ。

小さな優位が、点になって増えていく。

やがて線になり、面になり、

気づけば形を持つ。


今、私は見上げていない。

隣に立って、同じ流れを見ている。

同じ景色のはずなのに、

なぜか、少しだけ鮮明に見える。

その差が、怖い。



風が、止んだ。

水は動いているのに、運ばれている感じがしない。

表面だけが均されて、底の流れが見えなくなる。


凪だ。


好き、だと思う。

でもそれは、寄りかかるためのものじゃない。


流れを測るための、好き。

あなたの言葉が落ちる位置、

視線が滑る角度、

沈黙が続く秒数。

ひとつずつ拾って、

水面に印をつけていく。

このままいけば、

私はあなたを越える。

越えてしまえば、

この好きは、形を保てなくなる。


だから今は、越えない。

凪の中で、立ち止まる。

次の風を読むために。


ときどき、水面がわずかに揺れる。

誰かの声。

遠くの自転車。

橋を渡る足音。

どれも風にはならない。

でも全部が、兆しに見える。


風が弱くなったんじゃない。

この風から、もう受け取れるものが減っただけ。


それでも、あなたはまだ愛おしい。

だから私は、ここに立っている。

終わりを選ばず、

次を始めず、

ただ、測り続ける。

ふいに、背中側の空気が変わる。

振り向かない。


まだ名前のない、わずかな変化。

それでも、わかる。

風は来る。

まだここには届いていないだけで、

もうどこかで立ち上がっている。


私は、あなたの隣に立ったまま、

その方向だけを、静かに読んでいる。

恋の形をしたまま。

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