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理想型 ディスダンシング

五月二日、連休前の夜。

街はどこか少し浮いていた。

河原町御池の交差点は人であふれていて、みんな少しだけ楽しそうに見える。


さっきまで会議室で残業、PLの資料を二人で片づけた。

外に出ると、五月の夜気はまだ軽く、息が少し浅くなる。


隣を歩く彼は、ネクタイを少しゆるめている。

どこかボーダーコリーの仔犬みたいだ、とふと思う。


かわいい、と思う。

顔ではなく、こちらに向けられる温度のことだ。


「終わりましたね」

彼の声は、少し弾んでいる。


「終わったね」

私は短く返す。それで十分だった。


風が交差点を斜めに抜けていく。こういう夜は、何かが変わりやすい。

彼は無意識に半歩だけ近づく。

距離が、ほんの少し縮まる。


触れられる距離。

でも、触れない距離。


その差を、私は保つ。


「姐さん、今日飲みません?」

軽い言い方だったが、中身は軽くない。


この子は、好意を隠さない。

隠す必要がないと思っている。

それはいいことだ。

だからこそ、危うい。


「今日はいいや」

一拍おいて答える。

理由は言わない。


ここで応じれば、簡単に何かが動く。

連休前の夜は、街全体が背中を押してくる。

誰も止めない。


けれど、それをすれば関係の形が変わる。

今の角度が崩れてしまう。


彼がこちらを見上げるあの視線は、嫌いではない。

むしろ好きだ。

だからこそ、壊さない。


信号が変わり、私は歩き出す。

一歩だけ前に出て、いつもの位置に戻す。


選んで戻す。


「残念っす」

彼は笑っている。

その笑顔はまだ崩れていない。


大丈夫だと思う。


「また今度ね」

軽く言葉を置く。

未来は示すが、確定はさせない。


それでいい。


交差点を渡りきると、街の光が少し増える。

夜はどこか甘く、人を雑にする種類の空気を持っている。


それに乗らないと決める。


「姐さん、ブレないっすよね」

彼が横で言う。


「そう?」

私は前を向いたまま答える。


実際には、一瞬だけ揺れている。

でも戻せる。

それで十分だ。


かわいい、という気持ちは消さない。

ただ、それを使わない。


距離だけを、使う。


「帰るよ」

そう言うと、彼は頷き、後ろで足音を揃える。


その音を、私はちゃんと聞いている。


連休前の夜はやさしい。

何でも許してしまいそうになる。

だからこそ、選ぶ。


触らない。


この関係のままでいいと思うから。


信号の音が背後で切り替わる。

私は振り向かない。


それでいい。

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