ワインは死の香り
深夜二時、西木屋町通り。
私はいつものように、休みの夜の帳尻を合わせるみたいにして、グラスを傾けていた。
そこにいたのが、彼女だ。
美しい女だった。
輪郭のはっきりした顔、骨ばった指先、喋りながらカウンターを軽く叩く仕草。
華やかなのに、どこか脆い。
そして、彼女の酒の飲み方は、見ればすぐにわかった。
――破滅的な飲み方だ。
黄疸が出始めた目。
わずかに血走り、濁りがある。
髪は艶やかに巻いているのに、水分量がない。
肌は化粧で隠しているが、くすんでいる。
そして何より、内臓が荒れているのがわかるような、微妙な呼吸。
職業柄、人の体が壊れていく様子を何百と見てきた。
だから、彼女がいまこの瞬間も、内側から変容しつつあるのが見える。
緩やかな自殺。
それでもまだ、自分の中の何かが保っているうちに、街の光に浸かろうとしている。
彼女は、よく通る声で人生や仕事について笑いながら語った。
「まあ、順調よ」
「ストレス?ないない。そんなの自分で消化するから」
そう言いながら、白ワインを注文し、平然と飲む。
心の中で、私は言い返した。
――人生や仕事の話をしている場合じゃない。
いまは、そのグラスの向こう側にいる死神と話すべきだ、と。
だが、私はそれを口にしない。
そんなことを言えば、彼女の世界が壊れてしまうからだ。
この女が保っている仮面の均衡を壊すのは、私の役目じゃない。
私は、人の死を見てきた。
その重さも軽さも、わかっている。
だからこそ、助けたいとは思わない。
人には、それぞれ選ぶ死に方がある。
そして、彼女はそれをもう選んでいる。
グラスの中で氷が静かに鳴った。
私は彼女に微笑み返しながら、ただ静かに酒を飲む。
それ以上でも、それ以下でもない。
彼女の破滅は、彼女のものだ。
そして、私は破滅の美しさを眺めるだけだ。
深夜二時、西木屋町の暗い灯りの下で。




