千の手
私の娘は、普通の子ではありません。
人並みな言い方をすれば「優秀すぎる」。
でも本当は、そういう言葉では収まらない。
あの子心は名工の鍛えた刃物のように、冴え冴えとしている。
ひとたび手に取れば、必ず切れる。
間違いなく、人を驚かせ、震えさせる力を持っている。
けれど、そういう力はね、世間様には“迷惑”なんです。
目立つもの、鋭すぎるものは、時として恐れられる。
理解されずに、拒まれる。
だから私は、あの子に枷をかけてきました。
親としての勝手な願いです。
社会に溶け込め、誰かに嫌われるな、普通でいろ、と。
それがどれほど不自然なことだったか、自分でも分かっていました。
けれど私は、間もなく終わります。
病が魂にまで入り込んで、立っているのもやっと。
それでも、あの子の将来だけは、どうしても祈らずにいられなかった。
だから、最後の旅に三十三間堂を選びました。
あの千の手、千の顔に――
娘のこれからを託すために。
観音様、
どうかこの子が、自らの内からあふれる声に突き破られませんように。
どうか、その手で抱きしめてやってください。
この子が振るう心が、誰かの命のかたわらにありますように。
そして、たとえ世界に理解されなくとも、
せめてここに来れば、赦される場所があるのだと、思えますように。
祈りとは本来、弱き者が天にすがる行為です。
でも、私は知ってる。
三十三間堂の観音様は、そんなふうには笑わない。
千の目で見ている。
千の手で、受け止めようとしてくれている。
だからどうか――
この冴えすぎた刃を、守ってやってください。
あの子が、あの子のまま生きていけるように。
私は、もうすぐいなくなる。
でも、観音様――
あなたは、千の手を広げて、ここにいてくださる。
どうか、お願いします。
この子がこれからも、「己という暴力」を、正しく振るっていけますように。
それを、あなたが見守っていてくださいますように。
あの子の背中に、どうか千の目が宿りますように。
そして、疲れたときは、どうか千の手が支えてやってくださいますように。
私は、それだけが願いです。




