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カタンドール

正月が終わり、

京都がまた静かな嘘をつき始めた頃。

俺が立ち止まったのは、

誰は彼時――

物も人も、まだ自分の名を思い出していない時間だった。


朝とも昼ともつかない。

空だけが先に目を覚まし、

人間はまだ言い訳の布団にくるまっている。


人形供養の寺。


境内は静かで、

静かすぎて、音が遅れてやってくる。

俺は、こういう時間に弱い。

判断が鈍る。

執着が、理由の顔をして近づいてくる。


包みは、丁寧だった。

供養に送る連中の手つきじゃない。

手放す前に、もう一度だけ

「正しい持ち方」を確認したい形だ。

箱をほどいた。


――赤だ。

深い赤。

血の色じゃない。

祭りの赤でもない。

意味だけが沈殿した、

人の体温を拒む赤。

髪は淡く、

光を吸う。

一本一本が意志を持っているみたいに、

静止しているのに、

止まっていない。

顔は、

幼い。

だが子どもじゃない。

感情を削ぎ落としたあとに残る、

構造だけの顔だ。

目が合った気がした。

いや、

合わされている。


こちらを見ているんじゃない。

俺が、

見させられている。

完成しすぎている。

可動のための球体関節は、

すべて「動かさなくてもいい位置」に収まっている。

ポーズを取らせるための余白がない。

最初から、

この姿で終わっている。


嫌な汗が、

背中を伝った。

こういうのは、

理屈じゃない。

長くやってると分かる。

触れた瞬間に、

「これは仕事じゃなくなる」と告げてくる物がある。


一瞬、

世界が狭くなった。

線香の匂いが遠のき、

柱も、畳も、

全部ただの背景になる。

このまま、

一歩近づけば――

理由はいくらでも作れる。

保管。

管理。

預かり。

誰も文句は言わない。

誰も、知りはしない。

だが、

それをやった瞬間、

俺はもうここに立てない。

この人形は、

所有されることを前提にしていない。

それでも、

引き込む。


所有ではなく、

確認を求めてくる。


――お前は、越えるか。

そんな問いだ。

俺は目を逸らした。

逸らすのに、

意志が必要だった。

欲しいと思った。

はっきりと。

だがそれは、

愛着じゃない。

執着ですらない。

完成度に対する敗北感だ。


俺の仕事は、

こういうものを

欲しがらないためにある。

執着を灰にする手間賃で、

飯を食っている。

灰を懐に入れた瞬間、

次の火は受け止められない。

それが矜持だ。


信仰じゃない。

美学でもない。

シンプルなルールだ。


経を唱える。

声は低く、

意味は追わない。

煙が上がる。

赤は、

最後まで赤だった。

焼かれても、

崩れない気配があった。

形が、

形として終わってゆく。

ああ、そうか。

これは、

供養されるために来たんじゃない。

俺が、線を引けるかどうかを

試しに来た。

京都は、

こういうことを

誰は彼時にやってくる。

街が静かな嘘をついている隙に。

俺は灰を集め、

今日も何事もなかった顔で、

次の包みを待つ。

引き込まれなかった。

本日、了。

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