キアロスクーロ 八戸せんべい汁
課題はうまくいかなかった。
教授は何も言わなかった。
斜めから紫外光を当てる。
出てくるのは、色じゃない。
凹凸だ。
「そこ、残ってるな」
それだけ言われた。
光の当たらないところに、線が続いていた。
足が北へ向く。
半分だけ開いたシャッター。
もう迷わない。
屈んで入る。
「いいですか」
「ああ、座れ」
今日は、鍋が違う。
白でも赤でもない。
澄んでいるのに、底が見えない。
欠けた丸いものがいくつか入っている。
稲荷山に登る半月を思い出す。
「何これ」
子どもが言う。
「せんべいだ」
「え?」
笑いが少しだけ起きる。
器を受け取る。
鶏の出汁がやわらかく立つ。
ごぼうの土の匂いが、遅れてくる。
シメジの気配が、その間にある。
もう一口。
せんべいは、形を残している。
噛むとほどける。
手の中で、少し重い。
「……」
言葉にならない。
子どもが言う。
「うまい」
「だろ」
もう一人が言う。
「普通じゃない?」
笑いが少しだけ揺れる。
もう一度、すくう。
さっきと同じはずなのに、
少し違う。
皿を拭く。
「手伝うならそこ」
「はい」
言われた通りに動く。
考えなくていい作業は、楽だ。
スマホを出す。
写真を撮る。
湯気。
器の縁。
――今日のごはん
少し考える。
――やさしい味
もう一つ足す。
――家族
投稿する。
いいねがつく。
知らないアカウント。
子どもたちは投稿を見ない。
でも翌日、見慣れない顔が一人増えたりする。
皿が動く。
音が重なる。
水の音。
泡が流れていく。
スマホを見る。
既読がついている。
鍋を見る。
一瞬、さっきの形を思い出そうとする。
思い出せない。
誰も、さっきの位置を覚えていない。
マッサン、今日やさしいな。




