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プリズム

出町柳の夕暮れって、あんなにも色が重なってるんやって、今日初めて気づいた。

賀茂川と高野川が合流する三角州のあたり、空の青が水に溶けて、

その上に夕日のオレンジがふわっと乗ってくる。

写真では絶対に拾われへん、ゆっくり混ざる色。


レギュラーに選ばれた帰り、胸の奥がずっとざわざわしてた。

嬉しいはずなのに、素直に喜べへん。

——こういう時、うちの心ってすぐ曇る。

「ほんまに自分でええんかな」

「他の子のほうが上手いんちゃう?」

そんな白いもやが、胸の奥でぐるぐる回り続けてた。


ちょっと気持ち切り替えたくて、出町まで歩いてきた。

だいたい自転車で来る場所を、あえて歩くって、なんか特別やん。

川沿いのベンチに座って、ホルンのマウスピースを指でなぞってたら、

あのときの叔母ちゃんの声がふっと思い出された。


「好きなんやろ? ほな続け。あんたの音、うちは好きやで」


ホルンを買ってくれた日のこと。

うちは嬉しいより、申し訳ないが先に立ってしまって、

ほんまは泣きたいくらい嬉しかったのに、

「ありがとう」しか言えへんかった。

でも叔母ちゃんは、なんも言わんでも全部わかってるみたいな顔して、

あの丸いベルを軽く叩いて、「ええ色やなぁ」って笑ってた。


その記憶を思い出した瞬間——

川の向こう側から妙な歌が聞こえてきた。


「朝には歌、夜には恋、なまけものの、人生万歳」


見たら、ギターをつまんで弾きながら、

コウモリ人間みたいに背中丸めたオッサンが、

すごい顔で歌ってる。

ほんまに“つまんで”って感じで、

コードでもメロでもなくて、ただ弦をつまんで音を出してる。

ああいうのって、観光客が動画撮ったらバズりそうやのに、

今日に限って誰も気にしてへん。


その姿がなんか可笑しくて、

でもちょっと羨ましくて。

「この人は、誰になに言われんでも歌うんやなぁ」

って思ったら、急に胸のざわつきが溶けていく気がした。


世界って、おもろい。


叔母ちゃんが買ってくれたホルン、

出町でコウモリみたいに歌うオッサン。

全部がつながるなんて思ってなかった。


でもその時ふっとわかった。


——あ、世界は変わってへん。

変わったのは、うちのほうなんや。


ホルンはずっと同じ音を出してる。

出町の夕日は毎日沈む。

オッサンはたぶん昨日も歌ってた。

でもうちが今日だけ世界を“きれい”と思えたんは、

心の中のプリズムが、ちょっとだけ透明になったからや。


レギュラー決まる瞬間、

うちは怖くて、自信なんか全然なかった。

でも音を出したとき、

胸の奥がスッと一本に通って、

“出したい音”と“出る音”が重なった。

あんな瞬間、初めてやった。


叔母ちゃんがくれたホルン、

あれは楽器そのものやなくて、

“信じてもらえた”っていう気持ちが詰まってたんやと、

今日ようやく思えた。


川沿いでぼんやり空眺めてたら、

コウモリみたいなオッサンの歌が妙に優しく聞こえてきた。

下手とか上手いとか、そんな次元やない。

ただ「歌いたい」って気持ちの塊みたいで。

それを見てたら、

うちの中のぐちゃぐちゃした不安が

すこーしずつ色に分かれていくような感覚になった。


光って、白色やと思ってたけど、

ほんまはいっぱいの色が重なってるだけやんな。

心も同じで、

整ったらちゃんと虹になるんや、と気づいた。


家に帰ったら、叔母ちゃんにメールしよう。

「今日、レギュラー決まった」って。

でも「ありがとう」だけは、大会のあとに言う。

ちゃんと響く音を鳴らせた時に。


今日の出町柳の夕暮れは、

世界そのものが輝いてたんやなくて、

うちがようやく、光を受け取れる形になっただけや。


それでもええ。

それがめっちゃ、嬉しい。

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