コピーライツ
この店には音楽がない。
少なくとも、意図して流されている音楽はない。
最初に来た日、マスターは朗読をしていた。
声は小さく、客に向けられていない。
途中から、聞いたことのない文章になった。
誰も顔を上げなかったし、マスターもこちらを見なかった。
僕だけがわかった。
トリストラムシャンディかよ。
それがこの店の普通になった。
壁に貼り紙が増え始めたのは、その少し後だ。
※当店では音楽を流しておりません
※朗読は演出ではありません
※実況は実況です
実況、という言葉が何を指しているのかは、その時は分からなかった。
ある午後、マスターがカウンターの奥で独り言を言っていた。
「ここはホワイトランですね」
「今、衛兵に話しかけました」
「戦闘音楽が鳴っていますが、私は関与していません」
画面は見えない。音も聞こえない。
説明だけが、きちんとした文で、空気に置かれていく。
僕はコーヒーを飲んでいた。
深煎りで、特別なことは何もない。
マスターはよく説明をする。
誰に向けてかは分からない。
「今の咳は私のではありません」
「この沈黙は意図的ではありません」
「今日は、何もありません」
“今日は何もない日”というのは、常連の間で自然に通じる言葉になった。
朗読がある日は朗読日。
実況が始まる日は実況日。
何も起きない日は、完全無音モード。
誰も名付け親を名乗らない。
天気みたいなものだ。
新しい客は、最初は戸惑う。
店内を見回し、貼り紙を読み、マスターを見る。
でも、だいたい帰らない。
理由はたぶん、説明できない。
音がないからでも、朗読があるからでもない。
ここでは、
起きたことが、起きなかったことになる。
マスターが鼻歌を歌いかけて、途中で止める。
代わりに、朗読が始まる。
途中で止まり、実況になる。
途中で止まり、何もなくなる。
どれも、続かない。
続かせないように、しているようにも見える。
ある日、インフルエンサーが来た。
何かを確認して、コーヒーを飲んだ。
「落ち着きますね」
マスターは何も言わなかった。
ただ、うなずいて、カップを下げた。
その直後、カウンターの奥から小さく、
「……ドラゴンが来ました」
という声が聞こえた。
マスターは無言でイヤホンを自分の耳に差し込んだ。
誰も笑わなかった。
誰も困らなかった。
僕はコーヒーを飲み干した。
今日は、実況日だったらしい。
この店は、
何もしていない人が、
必死に「何もしていない状態」を
維持している場所だ。
だから、安心して座っていられる。
音がなくても、
説明が多くても、
ドラゴンが来ても。
ここでは、
全部、起きていないことになる。




