プライドオブサイレンス
寺町のアーケードをくぐると、四条通の喧騒が背後に遠ざかってゆく。
ほうじ茶の香り、焼き栗の甘さ、観光客の笑い声──
それらすべてを振り切るように、私は裏寺町の細い路地へ沈んだ。
古びた暖簾をくぐれば、秋刀魚の脂がはぜる匂い、
芹のおひたしに染みた出汁の湯気、
そして木のカウンターに吸い込まれるような灯り。
この小さな居酒屋が、今夜の私のハビタブルゾーンだ。
髪を耳にかけながら、私は思わず視線を走らせる。──彼女はもう来ているだろうか。
すでに、彼女は座っていた。
過ぎゆく夏を名残惜しむように、凛とした姿で冷酒を飲んでいる。
盃を持つ指先は白くしなやかで、口元へと運ぶ仕草が美しい。
冷たい琥珀が喉をすべり落ちるのを見た瞬間、
私の胸の奥で、小さな音が弾けた。
外の爽やかな秋風よりも、
その一口の方がはるかに鋭く、涼しく、
私を揺さぶったのだ。
世間では、私たちの「解放」を叫ぶ声がある。
けれど私の気質は、昔から変わらない──
大勢の熱気に近づけば近づくほど、心は冷めていく。
太陽の真下は、私にはまぶしすぎる。
この店のような暗がりで、息をひそめているぐらいがちょうどいい。
群衆の旗に映らない愛を、私は選んできた。
硝子徳利の氷ポケットから響く音をかき混ぜながら、
彼女と秋茄子の煮浸しをつつき合う。
窓の外からは、解放パレードの低い大太鼓の響きが流れ込んでくる。
その音はまるで、「静かにここで息をしていなさい」と
私たちにだけ囁いているかのようだ。
私の解放は祝祭ではない。
見世物でもない。
四条通のざわめきから逃れ、裏寺町の薄暗がりに隠れ、
彼女と盃を合わせ、静かに笑うことだ。
浮世の風は冷たい。
けれど、この小さな居酒屋の隅には、
誰にも奪えない私たちの解放がある。




