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群体の処世術

世界史の授業で、NHK『映像の世紀』を観た。

モノクロの映像の中、パリの解放の日。

広場で丸刈りにされる女性たち。

泣く人、罵る人、笑う人。

夏の光の粒が、刃物の金属をやわらかく照らしていた。


「裏切り者だからね」

隣の席の男子がつぶやく。

その声が、冷たくて、まるで正解のように響いた。

先生は何も言わず、映像が終わっても誰も息をつかなかった。

私は理由もなく胸がざわついた。

あの人たちが罰せられたことよりも、

笑っている群衆が“健康そう”に見えたことが怖かった。


怒りを分け合うと、あんなふうに人は軽やかなるのかもしれない。

でも、もし誰かがそのルールから外れたら?

その時、群れはどんな顔で笑うんだろう。


京都から東京に来て二年。

この街のことばにようやく慣れた。

最初は、自分の声の端っこが浮いて聞こえた。

「やん」や「〜しはる」が舌の奥で引っかかって、

出るたびに空気が変わるのがわかった。

だから、言わないようにした。

関東弁はまるで犬語のようで、

慣れるほど、自分の形が削れていく気がした。


でもそれが、みんなの中で息をする方法だった。

違う音を混ぜないほうが、きっと“生きやすい”んだと思った。


放課後。

隅田川の土手を歩く。

空が赤く溶けて、桜橋の向こうに夕日が沈んでいく。

ああ、綺麗だな、と思う。

でも、何か少し違う。


隅田川は、タプタプと音を立てて、

まるで巨大な“舞台装置”みたいに均質だ。

誰もがその流れに合わせて歩き、

スマホの光だけが個性の代わりみたいに揺れている。


鴨川が恋しい。

あの、ざわめくような水音。

石と石の隙間に風が入って、

呼吸のように光っていた。

あの不揃いの流れの中には、

“他人”という生命のリズムが生きていた。


隅田川には、それがない。

私にはまだ見えないだけなのかもしれない。

整いすぎて、粛々として息をする場所が見つからない。


帰宅すると、母が夕飯を作っていた。

なんかを炊いたん。

お出汁の香りに空腹が生き返る。


テレビでは、アイドルの謝罪会見。

「丸刈りになって謝罪です」とアナウンサーが言う。

母が笑って、「いけずやなぁ」と言った。

私は、リモコンを押して、画面を暗くした。


その静寂の中で、さっきの映像がよみがえる。

あの女の人たちは、どんな気持ちで髪を失ったんだろう。

怒りでもなく、悲しみでもなく、

もしかしたら“禊ぎ”を願っていたのかもしれない。


夜、ノートを開いて書く。


群れの正義は体温でできている。

罰するたびに、少しだけ安心する。

忘れることは、治ること。

でも、治るたびに、少しずつ鈍くなる。


人は群れで生きる。

群れは痛みを分け合って、

そのたびに、形を変えていく。

人殺しは嫌だから、死なない意地悪でぶん殴る。

女が死に絶えたら終わりやからね。


ペンを置き、鏡を見る。

机の上のランプが髪の輪郭を照らす。

ふわっと一房を指でつまんで、少しだけ引く。

切ったらどうなるだろう。

痛みはないだろうけど、

きっと少し寒い。


鏡の中の自分が、ゆっくり笑った。

その笑みが誰のものなのか、少しわからなかった。

でも、その曖昧さの中に、

人間が生き延びた理由がある気がした。


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