聖域
朝からなんとなく気分が上がらない日。
仕事で失敗したわけじゃないけど、何かずっと「薄い」感じがする。
同僚と話してても、どこか話が噛み合わない。
笑顔が空転している。
みんなそれぞれ別の“好き”を持ってて、共有できるものがない。
──でも今日は違う。
午後から休みを取って、高島屋の刀剣乱舞カフェに行く。
思えば、こういうイベントって昔は特別だった。
アニメイトとかコミケに行くのも、ちょっと勇気がいった。
あそこに行く自分を、外の世界に見られたくなかった。
“オタク”って言葉が、まだ刺さる時代だったから。
でも今は、百貨店の中で、堂々と刀剣男士のパフェを食べられる。
時代が変わったんだと思う。
……いや、もしかしたら私たちの方が変わったのかもしれない。
コラボカフェって、不思議な場所だ。
料理は正直、普通のカフェより高い。
味だって、「そこそこ」。
でも行く。
何度でも行く。
あの空間に入った瞬間、
普段は全然噛み合わない“好き”が、ちゃんと噛み合う。
生活の違う人たちばかりなのに、
その日だけは、みんな同じ世界を見てる。
知らない人が隣の席でキャラの名前を呼んでも、
自然に頷ける。
それだけで、心が満たされる。
わかる、うん、わかるよ。
「推し活」という言葉ができてから、
私たちの“好き”はどんどん軽くなった。
コンビニでもガチャでも、アニメグッズが手に入る。
昔みたいに“探して見つける”という苦労は、もうない。
だけど、その代わりに“出会う瞬間の特別さ”も薄れていった気がする。
だから、コラボカフェみたいな“非日常ハブ”が必要なんだ。
あの場所では、“今だけ”“この瞬間だけ”がちゃんと残る。
スマホの画面越しじゃない“手触り”がある。
限定メニューも、限定コースターも、
全部が「ここに来た証」になる。
周りの人の話を聞いていると、
「まだアニメ観てないけど好きなんです!初恋なんです!」って人もいる。
最初はちょっとびっくりしたけど、
今はもう“そういう時代”なんだと思う。
コンテンツは多すぎて、全部追えない。
でも雰囲気が好き、キャラが好き、世界観が好き。
それで十分。
このカフェに来る理由は、きっとみんな同じ。
“ちゃんと観てる”かどうかなんて、誰も気にしてない。
ふと、財布の中を覗く。
多分、今日もグッズを買ってしまう。
限定コースター、トレーディング缶バッジ、
シークレット目当てで2、3個は……うん、買うな。
わかってる。
でも、いいんだ。
ここでお金を使うのは、罪じゃない。
ここは、日常の外側にある“聖域”だから。
ここでだけ、自分の「好き」を肯定できる。
財布がゆるむのは、理性が崩れるんじゃなくて、
ずっと乾いてた場所が一瞬で潤うから。
多分、私が刀剣乱舞カフェに行く理由はひとつじゃない。
推しを感じたいとか、グッズが欲しいとか、
写真を撮りたいとか、
どれも正しいけど、どれも少し違う。
本当はきっと、
“空転した好きが、たった一日だけ、他の人と噛み合う瞬間”を求めてる。
その幸福を知ってしまったから、私は今日も行く。
高島屋の中にできた一時のトライブ、その火のまわりへ。




