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セプタギンタ

夜は路上で歌い、

昼間は御幸町通の花屋で働いている。


ドライフラワーと喫茶を半分ずつ置いた、

「何屋か分からないですね」とよく言われる店だ。


歌手志望なんて言うと、

だいたい話が長くなる。

だから最近は、あまり言わない。


火曜日は、花屋を閉めたあと、

河原町のカラオケボックスに籠る。

夜中になって、

喉を休ませるつもりで、あのバーに寄る。


西木屋町の小さなバー。

カラオケのある、穴倉みたいな店。


皮肉だけど、

ここが一番、よく歌を聴く場所になった。


常連のおっさんたちのレパートリーは、

ずっと変わらない。

人の歌って、あたたかい。


十二月のある日、

仕事中、有線に違和感をおぼえた。


YOASOBIの曲が、

MAISONdesが、

緑黄色社会のタイトルが、

井上陽水の声で流れてくる。


なんだ、カバー曲か、と思った。

でも、不思議なくらい、しっくりきていた。


――これはカバーじゃない。

――翻訳だ。


原曲が持っていた若さや切迫感が、

一段階、抽象化されている。

感情は削がれているのに、

意味は、むしろ増えている。


花を乾かすときと同じだ、と思った。


水分を抜くと、

色は少し沈む。

でも、形は長く残る。

生花のときには気づかなかった線が、

急に見えてくる。


悔しかった。


そしてある日、

私はまた、あの穴倉のバーに滑り込む。


そこでは、何かが

静かに変化していた。


理由は単純だ。

井上陽水のカバーアルバムが、

思いのほか売れたからだ。


誰かがマイクを握る。

五十代後半、たぶん。

仕事の話しかしなさそうな声。


それなのに、

歌い出しで、場がほどける。


選曲は「花になって」。


音域が低い。

感情を盛らない。

「わかってほしい」とも言わない。

ただ、言葉が、そこに置かれる。


私は気づく。


この人たちは、

若い歌を“借りて”いるんじゃない。

陽水という共通語に翻訳された歌を、

自分のものとして読んでいる。


だから、歌える。


誰かが言う。

「これ、ええな」


明け方の帰り道、

御幸町通の店のシャッターを思い浮かべる。


乾いた花。

冷めたコーヒー。

歌われなくても、

そこにあるもの。


私がやろうとしていた構造が、

またひとつ、

世界に先に現れてしまった。

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