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モルタリスガールズ


また痩せた

横に並んで歩いているのに、前より少し遠い。

二人で、あんなに痩せたい、痩せたいと言っていたあの頃があった。

夏休みまでに三キロ。

修学旅行までに二キロ。

鏡の前で腹をつまんで、制服のスカートを少し下げて、

「この肉、全部消えればいいのに」

と言っていた。


彼女の肉は消えた。

願いは、叶い方を選ばない。


今日は銀閣寺の近くで護摩木を奉納した。

名前と病名を書いた。


彼女は、小さな字で書いていた。

護摩木は拍子抜けするほど軽かった。

こんな薄い木の板に病名なんか載せたら、重さで折れてしまいそうだった。

でも折れなかった。


彼女は書いた面を胸に伏せて、係の人に渡した。


「見せて」

「やだ」

「じゃあ、治ったら教えてね」

彼女は笑わなかった。


でも、怒りもしなかった。

銀閣寺の参道には、蝉の声とおにぎりとソフトクリームの写真が溢れていた。


山はまだ青かった。

今夜、自分が燃やされることなんか知らない顔をしていた。


夕方。

私たちは出雲路橋の少し北まで歩いて、賀茂川の河川敷に座った。

送り火までは、まだ時間があった。


時間を潰す。

ラウワンは?無いね。

死者を送る火を待ちながら使うには、少し無礼言葉だと思った。


彼女が鞄から菓子の袋を出した。

インドネシア製クッキーサンド。

チョコ。

ストロベリー。

「まだ売ってたんだ」

「百円ちょっとではなかったけどね」

「世界は変わった」

「物価がな!」


私はチョコを取った。

彼女はストロベリーを取った。

昔と同じだった。

彼女は一口だけ齧って、切り口をしばらく見ていた。

「味、変わった?」

「うん」

「クッキーが?」

「私かもね」


そう言って、残りを袋に戻した。

川風が仕事をしていた。

八月の風だから、大した仕事ではない。


それでも、ないよりはましだった。

川の向こうで子どもが走っていた。

浴衣の人が増えていた。

自転車を押す人。


スマートフォンを山へ向けて、まだ何も写っていない画面を確かめる人。

みんな、暗くなるのを待っていた。

「なんで奉納しようと思ったの」

私は聞いた。


「治りたいから」

「直球」

「変化球を投げる体力ない」

「お医者さんは」

「信じてる。薬も飲む。点滴もする」

「じゃあ、護摩木は?」

彼女は少し考えた。

「余った分」

「何が」

「治りたい、が」


医者に言う治りたい。

母親に言う治りたい。

自分に言い聞かせる治りたい。

それでも余った分を、細い木の板に書いたらしい。


「神様なら、全部聞けると思った?」

「神様は返事しないから楽なの」

「それ、信仰としてどうなの」

「病人の信仰にレビューするな」


私は黙った。

彼女は川を見ていた。

賀茂川は流れている。

昔、私たちは鴨川を見ながら、人類史より古い顔をしている、と考えた。

たぶん嘘だと思った。

今日は、本当でも嘘でもよかった。

「人間ってさ」

彼女が言った。

「死ぬって分かったから、文化を作ったのかな」

「急にでかい話をするな」


「小さい話が嫌になった」

「病気は小さい話?」

「私の中では大きい。でも世界には小さい」

「世界の尺度、採用しなくていいよ」

彼女は膝を抱えた。

細くなった腕の中で、膝だけが大きく見えた。

「ホモ・サピエンスって、賢い人って意味でしょ」

「だいたい」

「自称?」

「人類による人類評」

「信用できないね」

「できない」


「だったら、ホモ・モルタリスでいいじゃん」

「何それ」

「死すべき人。死ぬって知ってる人」

「賢いよりは正確かも」

「でしょ」


彼女は少し得意そうな顔をした。

病気になる前と同じ顔だった。

「じゃあ私たち、モルタリス・ガールズだ」

「ラテン語と英語を雑に混ぜるな」

「文明なんて、だいたい混ぜ物でしょ」

「開き直った」


少しだけ笑った。

今日、初めて笑った。

山はだんだん黒くなった。

見物人の話し声も、暗さに押されて少しずつ小さくなった。

「病気になってからさ」

彼女が言った。

「死ぬのが怖いって言うと、みんな、人はいつか死ぬって言うの」

「うん」

「あれ、すごく腹が立つ」

「うん」

「いつかと、今かもしれないは、全然違う」

「違うね」


「死ぬことって、夏休みの課題図書みたいなものだと思ってた」

私は彼女を見た。

「全員、いつかは読まされる」

「うん」



「まだ夏休みあるのに」

「そう」

「しかも鈍器」

「二冊だった」

私たちは笑った。

笑ってから、彼女は目元を指で拭いた。

汗だと言いたい拭き方だった。

だから、汗ということにした。


八時になった。


誰かが、点いた、と言った。

山の中腹に、小さな赤い点があった。

もうひとつ。

その隣に、もうひとつ。

離れた場所で生まれた火が、少しずつ線になった。

線と線がつながって、大の字になった。

河川敷から、低い歓声が上がった。

「火は、ただ点々なのにね」

彼女が言った。

「人間が勝手につないで、大って見てる」

「国家と同じ?」

「国家よりあったかい」

「会社より早く消えるけど」

「それは会社による」


大文字は燃えていた。

巨大な文字なのに、誰かひとりに向けた手紙のようにも見えた。

誰から誰へ送られたのかは、分からない。

「あの中に、私のあるかな」

「あるよ」


「適当禁止」


「見えないだけ」

「見えないものを信じるタイプだった?」

「今日から」

山の上のどこかで、彼女の病名が燃えている。

彼女はここで息をしている。

今だけは、別々のものだった。

「前にさ」

私は言った。

「人間が作ったものは、人間が変えられるって言ったよね」

「言ったかも」

「国家も、お金も、会社も」

「病気は人間が作ったものじゃないよ」

「うん」

「じゃあ、変えられない?」

「医者が変える。薬が変える。あんたも変える」

「火は?」

私は大文字を見た。

「異議申し立て」

「誰に」

「全部に」


彼女も山を見た。

火が少し弱くなった。

大の字の端から、暗闇に戻り始めていた。

「もし、治らなかったらさ」

「その仮定、今はいらない」

「でも」

「理解はしてる」

「何を」

「人間が死ぬこと」

「じゃあ」

「でも、承諾してない」

彼女はしばらく黙っていた。

「それ、ずるくない?」

「異議申し立て中なので」

「いつ結果出るの」

「出るまで毎年出す」


彼女は、ふっと息を漏らした。

笑ったのだと思う。

「治ったら」

「うん」

「三キロ太る」

「五キロでいいよ」

「それは嫌」

「じゃあ四キロ」

「刻むな」


人が立ち上がり始めた。

スマートフォンの画面が、あちこちで白く光った。

大の字は、端の方から点々に戻っていった。


抱きしめたかった。

でも、私が抱きしめたら、

私の方から何かの終わりを始めてしまう気がした。

だから、肩だけを寄せた。

骨が当たった。

痛かった。

知っている匂いがした。

「ロクシタンだね」

「好きだもんね」

山の上で、大の字が崩れていく。

どちらも離れなかった。

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