別れとこれからへ向けて
―どうして…どうしてこんなことになってしまったんだろう。
ユウタの腕の中でひとしきり泣いた後に、ぼくは呆然としていた。
ピーポー ピーポー
遠くから救急車のサイレンが聞こえてきて、
ぼくは慌ててユウタから離れ近くの茂みに身を隠した。
*****
「なあコトラ、知ってるか?飼い主がいなくなった動物はホケンジョってところに連れていかれるんだぜ。」
ぼくがボンネットで昼寝をしていると、顔なじみの野良猫が話しかけてきた。
「なんだよ、どうしたんだい?急に。でもニャータは飼い主がいなくなっても
そのホケンジョとやらに行かずに、ここにいるじゃないか」
確か彼は元飼い猫で、飼い主一家が遠くへ行く時に置いて行かれたと言っていたはずだ。
気持ちよく昼寝してたのに急に起されてちょっとムスッとして答えた。
「俺はさ、賢いから逃げたわけよ、引っ越しの前に。だから野良猫をやっていけてるのさ。
だけど、飼い主がいなくなっても、その家に居続けたりして捕まえられるとホケンジョってところに連れていかされちゃうんだよ。」
ぼくの不機嫌さには全く気付かず、どうだ物知りで凄いだろと言いたげにフフンとぼくに顔を向けた。
「それで、ホケンジョに連れていかれるとどうなるわけ?」
「そこだよ!そこでのんびり出来るなら行ってみたいじゃないか。だけどそうじゃないらしい。
新しい家に迎えられることもあるらしいが、どうやら一度入ったら出られない…殺されることもあるんだってさ。」声をひそめて話した。
「ホントに?どこで知ったんだい、そんなこと」
「最近、町はずれに来た猫が言ってたんだ。そいつは一度ホケンジョに行ったけど、運よく今の飼い主に出会ってそこから出られたんだってさ。俺もやっぱりあの時に逃げ出しておいて正解だったぜ。」
殺される…ぼくはちょっとゾッとした。だけど、
「教えてくれてありがとう。だけど、ユウタがぼくを置いてどこかに行くなんてありえないから、ぼくには関係のない話かな。」
そう言って、安心した気持ちでまた昼寝に戻ろうとした。
「まあ、普通はそんなことないだろうけどさ、いざって時のために忘れずにいろよ。約束だ。
オレはお前と友達なんだからさ。」
突然真剣な口調でそう言って彼はスタスタ歩いて行った。
全く縁起でもないことを、とぼくはちょっとムッとしたけど
彼の最後の表情の真剣さに、なんだかずっと頭から離れなかった…
*****
その言葉が頭をよぎってぼくは咄嗟に茂みに隠れていた。
そして友達と話した時の事をまた思い出してた。
ユウタがぼくを置いていくなんてありえない、そう信じていた。
それが、まさかこんな形でぼくが独りになるなんて思いもしなかった。
ぼくを置いて行かないで、ずっと一緒にいようよ、ユウタ!!
そう言って救急車に乗せられるユウタのそばに駆け出したかった。
だけどその衝動を抑えて、ぼくはじっと声をひそめて我慢した。
ここでぼくがユウタ達の家族だって分かってしまったらきっとホケンジョに連れていかれる。
それはダメだ。ぼくはあいつと約束したのだから。
それに駆け寄った所でユウタの温もりを感じることは出来ないのだから…
またサイレンの音が鳴り始め救急車は遠くへと走り去っていくのをぼくは茂みの中で眺めていた。
さよなら…ユウタ、ママさん、パパさん
これが、ぼくとユウタ達との最期の別れだった。
どのくらいその茂みにいただろう。何も考えられずそこでただ丸まっていた。
なにもする気もおきずに、なんならこのままぼくも死んでしまえばいいのかなんて考えてた。
すると、ふわっと暖かい風が吹いてきた。
『コトラ、コトラ。そばにはいられなくなっちゃったけど、ぼくはコトラが大好きだよ。
だからそんな悲しまないで。』
そんな声が聞こえた気がした。
さっき枯れたと思っていた涙がまたぼくの目から溢れてきた。
ひとしきり泣いた後、涙をふるい、
ぼくは気力を出して山を下りるために風が駆け抜けていった道をとぼとぼと歩き出した。
その道が正しいのか分からないけど、『こっちだよ』とユウタが道を示してくれたように思えた。
少し歩いたところで突然の空腹に襲われた。
そう言えばもうだいぶ何も食べていなかった。
悲しくてもお腹は空くんだな、と力なく笑った。
道はまだ森の中だった。
ぼくは目を凝らして森の中に入っていった。
今まで飼い猫だったぼくがどうやって食べ物を探すのかって?
ぼくは前から狩りは得意だったんだ。
最初はなかなか出来なかったけど、ニャータにも教えてもらいながら狩りを覚えていった。
まあ、ぼくには狩りのセンスがあったってことだ。
一度、庭の虫を取ってママさんに見せに行ったら、血相変えて叫んだからそれ以降は誰にも見せにはいかなかったけど…
そんなこんなで労力に対して少なすぎる量ではあるけど、森の中で虫やらを探して何とか空腹を満たした。
なんだか、今ここでいられるのはニャータのお陰かも知れないな。ふとそんな事を思った。
もしかすると、アイツにはこんな風にぼくが独りになることが分かっていたのかも知れない。
野生の動物は人間よりも色々な勘が働くものだ。
それでぼくに独り立ち出来るように教えてくれていたのかも…
狩りを教えてくれた時も
「オレは野良になった時に苦労したからさ、コトラは少しでも知っておくといいぜ」
と言っていたことを思い出した。その時は、特に気にもせず、聞き流した言葉だったが
そう思うと、ぼくはまた涙が溢れてきた。
さっきまでの悲しい涙だじゃない。
そうだ、ぼくはユウタ達を別れてしまったけど完全な独りぼっちになったんじゃない。
ぼくには友達がいる。
それを知ったうれし涙だった。




