ある猫の成長ものがたり
僕の名前はコトラ。悠々自適な野良猫だ。
え?なんで野良猫のくせに名前があるのかって?
そう、僕は根っからの野良猫じゃない。でも捨て猫でもない。すごく愛されてたんだ。
でも、彼らと別れなければいけなくなってしまった。
それには悲しい経緯があるんだ。
ぼくは6匹きょうだいで生まれた。
生まれてからしばらくは、ぼくは母猫やきょうだい達と一緒に育った。
暖かい薪ストーブのある家で、そこのおばあちゃんがぼくらの飼い主だった。
優しい目をしたおばあちゃんで居心地の良い家だったな。
たまに見知らぬ人がやってきて、きょうだいがどこかへ連れていかれることが何度かあった。
そんなある日、彼がやってきた。
ぼくやきょうだい達を一通りじーってみてから、ぼくの前にやってきて
「ボクの名前はユウタだよ。よろしくね!
君はこれからぼくの家で一緒に暮らすんだよ。
君の名前は…うーん、縞がトラみたいだから、コトラにしよう。よろしくね、コトラ!」
キラキラした瞳でぼくに話しかけた。
「単純な名前の付け方ね。」と隣の女の人が笑うと
「え?かわいいよ!いいでしょ?ね?コトラ!」と嬉しそうに笑った。
それがぼくとユウタの出会いだった。
「おばあさん、ボクこの子を大切にするね!」そう言ってぼくを抱っこした。
おばあさんはうなずき、僕とユウタの頭を撫でた。
そうか、今度はぼくがこの家とお別れする番になったのか。
ストンと、そのことをぼくは理解した。
突然、お母さんやきょうだいやおばあさんと離れることになったんだけど、
不思議と寂しくはなかったんだ。
だってユウタの笑顔がとても嬉しくて、ぼくはすぐにユウタを好きになったから。
ユウタの家はユウタとパパさんとママさんの3人暮らしだった。
みんな猫好きみたいで、ぼくをすごく可愛がってくれた。
ペットじゃなく家族の一員としてぼくを迎えてくれた。
パパさんはこっそり美味しい缶詰をぼくにくれたし
(ママさんに見つかると怒られていたけど。)
ママさんはぼくをよく膝の上に乗せて撫でてくれた。
そしてユウタはぼくの一番の友達だ。
たくさん一緒に遊んで寝る時だっておんなじ布団だった。
そんな風に快適に生活を送っていたけれど、
ドアを開ける瞬間を見計らってぼくはよく外へ出ていた。
もちろん、賢いぼくは危ないから家の庭から先には出ないけどね。
特にお気に入りはユウタの家の青い車のボンネットだ。ポカポカして昼寝に最高の場所なんだ。
だけど、いつもこっそり外に出るから、ぼくを探してユウタが大騒ぎだった。
よく「ママー!またコトラがいなくなっちゃったよぉ。」泣きそうな声で叫んでいた。
ユウタは大好きだし、泣かせたくはなかったけど、ボンネットの上のお昼寝はぼくにとって
至福の時でもあるから、それでも何度も抜け出していた。
そうしているうちに、いつもぼくが遠くに逃げていかないって分かるとママさんが
「コトラ、絶対に遠くには行っちゃだめよ。」と外に出してくれるようになった。
最初のうちは心配したユウタがぼくの隣でボンネットに寄りかかってじっと見張っていたっけ。
そのうちぼくがどこかに行かないと分かって一緒に外に出ては、ユウタは庭で遊んでいた。
天気のいい日は外に出してもらってボンネットに乗って昼寝をした。いつもユウタが乗る助手席側で。
ぼくがボンネットに乗ってるときはユウタが車に乗ってるってことはないんだけど、
助手席を見つめて乗っているユウタの笑顔を思い浮かべると幸せに昼寝が出来た。
そんな風にしてぼくはユウタ達と幸せな日々を送っていた。
そしてずっと続くものだと信じて疑わなかった。
ぼくらはその青い車で一緒にお出かけもたくさんした。
季節ごとにいろんな場所に行ったんだ。
楽しかったな。いつも笑い声でいっぱいの自慢の家族だ。
その日は暖かい春の日で、家族みんなでちょっと遠くまでピクニックに向かっていた。
お弁当を持って、ぼくには美味しい缶詰をもって。
車の中ではゲージに入れられちゃうこともあるけど、
その日はこっそりユウタに抱っこされて乗っていた。
車の中でも相変わらずみんな楽しそうで、ぼくもウキウキしていた。
ユウタは今年から「しょうがっこう」ってところに
行くようになって、そこでの出来事を話してくれていた。
今までよりもユウタが出かけている時間が長くてちょっと寂しかったけど
ユウタが楽しそうにしょうがっこうの話をしてくれるからぼくも嬉しかった。
ーだからまさか、あんな事になるなんて思いもしなかったんだ…
道幅の狭い山道を進んでいると突然反対側から大きなトラックがこっちに向かって突っ込んできた。
パパさんが慌ててクラクションを鳴らし、避けようとハンドルを切ったんだけど、
そのままガードレールを突き破ってぼく達は谷底へと落ちていった…
気を失っていた僕が気付くと、ユウタにギュッと抱きしめられていた。
辺りを見回すと車はぐちゃぐちゃになっていた。
頭が真っ白になった。一体何が起こったんだ!
ぼくはユウタの顔をなめていっぱい鳴いた。でも3人とも全く動かない。
どうしようもない辛い感情が込みあげてきて、
もうユウタもパパさんもママさんもこの世にいないとぼくは悟った。
そしてぼくは鳴くのをやめて、ひとりユウタの腕の中で泣いた…。




